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現状に感謝するとこれまでの人生がパズルのように組み上がる。

ひょんなことから親交の途絶えていた幼馴染と再開し、
あれよあれよという間に一緒に仕事をすることになった。

といっても全く新しいことをやる訳ではなく、
自分がこれまでやってきたことを活かして協力しあえる形になっていて、
今現在の仕事の方とも一緒になってやっていける。

親父さんである社長も昔から家族ぐるみで付き合いをさせて貰っていただけに、
俺の家の状況を理解してくれて最大限に配慮してくれている。

さらに唯一メカに詳しいという理由で期待を込めて
会社から携帯IS06と、タブレット端末MOTOROLA XOOMを支給して頂く。
正直、両方とも気になっていたものだったので死ぬほどありがたかった。
携帯機種変更を迫られていたので、
これでメインは安心して無料の端末を選択できる。
つまり諸々のあらゆる出費ゼロ!!

神様仏様ご先祖様お母上様
親友方皆々様この場合のおかねを司ったお金の神様
いやもうね、
あまねくすべてに
ありがとうございます

色んな人や神仏や先祖のような見えない力に助けられて、
オヤジの面倒をみながらでも、なんとか良い形で仕事が成立する形になってきた。
これは本当にありがたい状況です。
感謝するというのは跳ね返すということでもあるかと思います。
受動的な能動とでも言いましょうか。
ブログのタイトルでもあるサインオブリアクションとでも言いましょうか。

世界から当たり前に貰いっぱなしで貰うことに不感症になると、
世界の方からそっぽ向かれてしまうんじゃないかなと思いやす。
人もまた同じでしょう。
(突然ハルシオンランチをやりたくなった訳で。)

いや、だからボク言ったでしょー!
どんなに苦しい状況も打開する鍵は自分しか持っていないってー!
それは自分だけの力で全て解決できるって意味じゃなくて、
自分を取り巻く全ての環境に対する責任は自分にあるんだってことだと思います。
ゆえに心と縁を調えれば、自分を取り巻く環境は必然的に改善されていくはず。

素直に今の自分を取り巻く現状に対して
「ありがとうございます」と感謝するのは精神衛生上も非常によろしい。
マイナス方向に思考が傾いていると、
自分を取り巻く素晴らしい現状にはまったく気づけなくなる罠。
これはマジで罠だよ。

俺だって現状を悲観しようと思えばいくらだってマイナスに考えられてしまう。
だがそんな状況の中でも感謝できることは
マイナスな要素をはるかに凌駕する数で起こっていることに気づいたら勝ち。

価値観のコントロール権はあなたにあります。
お金や流通なんてものは物の価値を
ある一定の水準で統一するための規格にすぎません。

そんなものより「縁」というものは本当に大事にしておかないと
自分を取り巻く状況や環境は簡単にいびつになって行く気がします。
「縁」とは自分自身を縁取る最もわかりやすい形です。
心にウソをついた縁を大切にしたままだと心は摩耗していくばかり。

例えば薬物をやっている者同士は集まりやすく、
薬物をやっていない者は本能的に薬物をやっている者を遠ざける傾向にあるそうです。
パーティなどで複数人が同時にドラッグを使うものと、
一人だけでドラッグを使用するものでは、
依存度合いがまるで違うという臨床結果も出たそうですが、
これは人が完全なスタンドアローンの端末ではないということを示しているかと思います。

自と他は空間や電波や精神を媒介にして密接につながりあっていると考えていい。
縁とはすなわちそういうものではないでしょうか。
自分の魂に影響を与えるものでしょうから大切にしたい所なんですけどね。

学校、会社、自治体、多くの場所でいびつな人間関係による軋轢が生まれている。
それは根本的な構造に問題があるということなのだろうけど、
抜本的な解決はもはや不可能だろうということでで半ば解決は諦められているかのようだ。

まるで知らず知らずのうちに
多くの人が「当たり前」という概念に縛られることに慣れて、
世界の根本構造にフタがされてしまっているみたいだね。

追記: 何か大切なことを書き忘れていた気がしたので。

前より少し勇気を持って自分の心に素直に生きてみようとするとか、
たぶんそういうあたりからコンボがつながっていくというか。
変化や兆しを感じられるようになって感度が上がった気分みたいな。

他の人がどうだとか世間ではどうとかもうそういうのはあまり気にせず。
人には常識的なレベルで他人と会話できるだけの人間性と、
相手を自分と同等の人として尊重できる品性さえあれば、
それで十分だと思うんです。

なんというか恐らく仏教的な考え方の順番としてはこんな感じだと。

解脱する為には俗世を離れる必要がある。
それはつまり煩わしい、しがらみからの解放を意味するだろう。
しかし寺社会にも人はおり同志であっても軋轢は生まれ、
再び煩悩の渦中へと放り込まれる。
そこでようやくあらゆる出来事の原因を外ではなく
自らの中に求めることで、
自らの煩悩を断ち悪しき因果を駆逐しようとする心を手に入れられる。

そうすると感覚的にいうと目に見えない壁が立ちふさがってくるので、
そいつらを焦らずゆっくり確実に駆逐していけばいいんじゃないかと。

決してわがままに生きるんではなくて。
銀魂で見た言葉をかりるなら「自分のルールで生きる」
まさにそういう気概を持つ感じで。

世の中のルールなんてものが、いかに大衆に向けたものじゃないかというのは、
今この日本を取り巻いている状況がはっきり証明してしまったのでね。

法や文言が人を縛るのではなく、
人が法と文言の力を借りて
人間性と品性のもとで判断を下すのが人の在り方であって欲しい。

つまり自分のルールも持たないものが
借り物のルールで生きてきた結果が今の世の中であるということ。
これは理解しておかないといけない。

「ありがとうございます」は伝えておかないとね

いやはや、お久しぶりです。
ブログ放ったらかし状態が長らく続いてしまい、
再開するタイミングを完全に見失っていました。 はっはっは。

定期的に見に来て頂いて方々には申し訳ない次第です。

それで、なぜもう一度更新しようと思ったのかというと、
9月5日の朝10時前くらいのことなんですが。
徹夜明けというのもあってハイになっていたのかもしれないのですが、
カーテンを開けて太陽の光が部屋に充満していくのにあわせて、
自分の中で何かがズドンと爆発したような気がして、
無意識というか衝動的に「よっしゃあ勝った!」と言ってしまってからは、
溢れるように「己」が解放されていくような感覚に自分自身戸惑いました。

しかしここ最近、太陽活動が活発だったということを思い出して、
自分の身体にも何らかの影響があってもおかしくないかもしれないと考える。

地球に向けての大規模フレアは
9月7日にX2.1、そして8日にX1.8のものが観測されており、
太陽風がそろそろ地球に到達している頃だろうと考えられます。

個人的な感覚では太陽活動の影響を受けて
身体の状態が変化していると感じることは結構あります。

地震がどうのこうのという噂も絶えませんが、
どれだけ警戒しても強い地震は来るときは来てしまいます、
そんなことよりも降り注ぐエネルギーを自分にためこんで、
感覚を研ぎ澄ましておいてください、
身の周りで普段と何か違う事が起きているなという風なことに気づけるように。

怯えすぎず、うがちすぎず。
大切なのはやっぱり感謝の心だと思います。

自分のサイクルを良き方向へ導く世界の王道ですな。

きっと自分が何に感謝すべきかも自分が知っているはず!




こんなブログですが読んでくださって本当にありがとうございます。

水のなかで揺れて響いて

喉と胸の間、鎖骨と鎖骨の間。
胸の少し上、何かが交差する場所、血液と呼吸の交わる場所。
そこがキュゥウっと絞めつけられるような瞬間、
心の反応が分かる。

自分の心の居場所を知るような。
感情の理由を感じるような。
そんな気分。

病室で寝ている母のことを思い出す。
白い部屋で一人の時、あの人はどんな想いでいたのだろうかと、
それを考えると未だにやるせなくて込み上げてくるものがある。

悲しみはそんな所に溜まっている。
なくならない。

多分、俺の全身には
そんな風に心が散りばめられていて、
見つけると反応して感情が動く。

そして多分そういう所に誰もがまだ生きている。
いなくならない。

いつかの思い出を抱いたままの素粒子が俺の中にあるのならば。
俺はその思い出の欠片たちに暖かい感情を伝えるべきなのだ。
優しく心穏やかでありたいと願う理由はそれだ。
感情の振動は何かを伝える為にある。
どんな場所にでもそれはきっと届いている。

母の命日が近いので、そんな風に思ったのかもしれない。

にこやかであること。

そういえば家の環境というか、
二人きりの親子関係は最近はまあいい感じにやれています。

十分に自分がやれているかと言えば、そうではないでしょうし、
親父は自制しないので身体の具合はあまり芳しくもないですが。
それでも人間というのは新しい環境に少しずつ慣れていくものです。

あとは気分の問題です。
変な話ですが、
俺の人生の中では最も親父と仲の良い時期と言えるかもしれませんね。

弱音を吐きたくなってしまう時もあったり、
同じことを何度も何度も言われてノイローゼ気味になったりもしますが、
そこは常日頃から培う関西のノリで笑いにしたりシカトしたりで、
状況の割にはテンション高めでやらせてもらってます。

結局、どんな環境になろうとも、
それを打開する鍵は自分しか持っていないんだと思います。
自分の人生ですから。

せめて暗くて嫌な雰囲気にならない為の努力くらいはしないとね。
じゃないと本当に暗いところに落ちてしまうから。

星供養

人は瞳で星に何を映すのか。

消えてしまった命。

もう聴くことの出来ない声、触れることのできない温もり。

輝いた思い出。

そうしたものを忘れないように、星に墓標をたてたのだと思う。

いつから続いているかも定かではないけど。

それは九曜からなる供養のはじまりではないだろうか。
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