FC2ブログ

日ユ同祖論から考察する複合的な日本語形成

今月の頭に友人二人と一緒に伊勢旅行に行った。
その道中の車内の会話で、
日本人とユダヤ人との共通点についての話題になり、
まあ色々と話をしていたのだ。

その後、伊勢神宮に参り、
俺はこれまでに感じたことがないほどの心地よさを感じた。
伊勢神宮の雰囲気に飲まれたのは間違いない。

その後、色々と調べるうちに面白いことが分かり、
色々と妄想が浮かんだので、
考証を含めたトンデモ論として記しておくことにする。
かなり長くなるので、興味のない人は読み飛ばしてください。

俗説では日本のルーツのひとつに、
ユダヤ人の失われた十支族の渡来があるのではないのか、
という考証があることはご存知の方もおられるかと思う。

日本語とユダヤ人が使うヘブライ語の共通点については、
詳しくは以下のサイトなどをご覧になって頂くのが早いだろう。

Renaissancejapan:日本語とヘブライ語
言葉の杜

上記のサイトの日本語とヘブライ語からの一例をあげるならば、
ミカド (帝)     - ミガドル (高貴なお方)
サムライ(サムライ)  - シャムライ(守る者)
コマル (困る)    - コマル  (困る)
スム  (住む)    - スム   (住む)
ツモル (積もる)   - ツモル  (積もる)
コオル (凍る)    - コ-ル  (寒さ、冷たさ) 
スワル (座る)    - スワル  (座る)  
アルク (歩く)    - ハラク  (歩く)
ハカル (測る)    - ハカル  (測る)
トル  (取る)    - トル   (取る)
カク  (書く)    - カク   (書く)
ナマル (訛る)    - ナマル  (訛る)
アキナウ(商う)    - アキナフ (買う) 
アリガトウ(有難う)   - アリ・ガド(私にとって幸福です) 

等など、列挙しだすとキリがないほどである。
しかも酷似した言葉と意味が多すぎる。
これほど類似した言語体系を持つというのは、
果たして偶然なのだろうか?

冒頭の伊勢神宮のイセという言葉も
ヘブライ語にイェシュという似た言葉があるようで、
イェシュ=神の救いという意味だそうだ。

これはイエス・キリストのイエスにも通じるものがある。
そのイエス自身はもともとはユダヤ人であり、
ユダヤ教の完成を目指した宣教師であったと言われている。
また国によってはイエスのことをイセと発音する国もあるそうだ。

俺の中に渡来したユダヤ人の遺伝子が含まれているとして、
本能的に伊勢神宮を特別な場所であると感じるのは、
不思議なことではないのかもしれない。

また、日本の青森にキリストの墓というものがあるが、
これは流石に無理があるように感じる。
インドのカシミール地方にもキリストの墓と呼ばれる場所があり、
恐らく他の世界各地で同じような説があると思われる。
村おこしや町おこしの一環と考えるのが自然だろう。

ただし紀元前722年にイスラエルはアッシリアとの戦争に敗北し
イスラエルの十支族は東方へと逃げ落ちたという説があり、
その一部が東方の島国である日本へと辿り着いた。
というのは考えられない話ではない。

これは北側から攻め込まれ地中海や砂漠方面へは逃げられない
という地理的要因を考えればあり得ない話ではないようだ。
つまりこれが序盤で述べた
ユダヤ人の失われた十支族の日本渡来説の源流である。

さらにアッシリア侵攻以前の
ダビデ王に統治されていたイスラエルというのは
12の部族からなる王国であり、
その息子のソロモン王の死後、
南北に分裂し北王国イスラエルの十支族と
エルサレムを首都とする二支族に分けられたようである。

また北王国イスラエルは、ユダヤ教のような
一神教を奉じていなかったと考えられており、
これは日本神道の八百万の神の考え方にも通ずる所がある。

しかし一神教であるユダヤ教と
日本神道にもかなりの共通点がある。
塩での清め、神輿とアーク、三種の神器などなど。

さらに日本の皇室で使われる16枚の菊の紋も、
似たものがエルサレムのヘルデ門という所に刻まれているようだ。
これはユダヤだけではなく、
シュメールやバビロニアなどの王朝に使われていた紋のようで、
現在では16枚の菊紋を家紋とする王家は、
日本の皇室のみのようである。
ここに何らかの関係性を見いだすのは深読みだろうか。

さて、なぜ一神教を奉じていなかった失われた十支族と、
一神教であるユダヤ教の両方との類似点が、
日本神道の中には含まれているのだろうか?

一説には弥生時代の出雲族と日向族の対立は、
失われた十支族とエルサレム二支族との
対立構造に似ているとも言われる。
さらに出雲族と日向族はもともと同じ部族であり、
海の向こうから来たと言われている。
これが失われた十支族と
エルサレム二支族であったのかどうかは分からないが。

日本の先住民族は倭人と言われたが、
そのうちの『隼人』と呼ばれる民族は
インドネシア系の部族であったのではないかという説もあり。
その先住民族達もまた、
外から日本に渡来した民族であった可能性がある。

それら多種多様な民族が入り混じった島国において、
当然多くの戦いが起こったが、
やがてそれらは時代と共に融合、融和していったと考えられる。
それが日本神道における十支族と二支族の、
宗教的融合へと繋がったのではないかと俺は推測する。

また日本が他国の文化を取り入れるのが上手いのには、
そのような様々な民族が古代から入り混じり混血されたが故に、
多種多様な文化様式を受け入れる土壌ができ、
世代を重ねるごとに自然に溶け込んでいったのではないだろうか。

ユダヤ人は最も知的な民族集団の一つであるとされ、
また言語に優れた人種であることも知られている。
その為、現在でもイスラエルでは
数ヵ国語の言語を使うのは珍しいことではないらしい。

これが聖徳太子が十人の言葉を一度に聞いて理解した、
という逸話の元になっているかもしれないという説がある。
つまり聖徳太子は帰化人で、
十の国の言葉を使うことができたのではないか?
とする説があるのだ。

また、日本語が複雑で難解であるということは、
日本人自身も理解していることだろうとは思うが、
日本語の最も難しい所は文字種の多さと、
さらに読みのパターンの多さであろうと思う。

漢字やひらがなカタカナなどの多様な文字種、
なおかつ、それらを複合的に組み合わせつつ、
50音の表現領域ですべて結実させてしまっている。

音読み、訓読み、というのも日常的に使い分けているが、
普通に考えれば難解な言語であることは疑いの余地が無い。

これは日本語という言語自体が長い年月をかけて、
あらゆる民族と言語を取り込んで成立した
複合的な統一言語であるからだとは考えられないだろうか。

カタカナは漢字から作られた文字だという認識が一般的だが、
ヘブライ語を起源とした文字である可能性が示唆されている。
カタカナでコカコーラと書かれた看板をみたユダヤ教団の人が、
ヘブライ語を読んでいるのかと勘違いした、という話もあるそうだ。
さらにそれがヘブライ語でもコカコーラと読めなくもなかったらしい。
詳細は以下のサイトにて。
日本語の「仮名」とヘブライ文字の関係

漢字は古代中国から伝来した象形文字である。
右と左の書き順が違うのは、
右が右手を、左が左手をそのまま表しており、
それぞれ指の部分から書き始めるという法則がある為に、
左と右の書き順が異なるということになってしまう。
これを分かりやすく絵で説明したサイトがあったので以下に。
左と右の書き順の違い

少し話は戻るが、聖徳太子についてもう少し。
聖徳太子は馬小屋で生まれたと言われ、
その為に厩戸皇子と呼ばれた。
これはキリストの出生の逸話とほぼ同じであるが、
そこらへんのことは聖徳太子を神格化しようとした人間たちが、
後から付け加えた逸話であるとも考えられる。

そのキリストと日本の関係については、
象形文字である漢字が非常に面白い見解を示唆してくれる。
日はそのまま太陽を。
本を分解して考えると、一と人で大。
大は両手を広げた人間を表し、
その下に十という字がつき本に。
十は十字架をあらわし、
本は十字架にかけられたキリストを表す文字だというのだ。
眉唾ではあるが漢字自体も、
キリストの使途の末裔によって作られたなどという説もある。
当然真偽は定かではない都市伝説の類であることはご留意願いたい。

日本では秘伝書のことを虎の巻などと呼ぶが、
これは一般には中国の兵法の秘伝が記された
「虎韜の巻」が略されて虎の巻と呼ばれるようになった。
というのが通説である。
しかしエルサレムのヘブライ大学で大人気の、
日本の歴史を教える講義を行うシロニー教授によれば、
虎の巻のトラとは「トラー(モーセ五書)」ではないかという。
トラーとは巻物であり、知恵と霊感の源だそうだ。

俺にはこのどちらが虎の巻の語源であるかは分からない。
しかし全ての言葉というのは真理に近づく暗号であるという
自説を持つ俺にしてみれば、
そのどちらもが語源であると言えるのではないかと思える。

「断る」は断つことを意味する。
バベルの塔の話を思い出して欲しいが、
もともと世界中の言葉は統一されていたと考えられていた。
それが天へと届く高い塔を作り、
神の領域へと到ろうとした人類を罰するために、
神が人類の言葉を分けたという神話伝承がある。
これはつまり「言(こと)・割る」である。

しかし逆説的に考えれば「言」を「割る」ことで、
「言・割り」は「理(ことわり)」
つまり真理へと到る糸口でもあると俺は考える。

もし日本語が多民族の複合的な
言語統一が成された言語であるとした場合。
その言葉を深く探求することは無意味なことではないと考える。

ただし。
気をつけなければいけないのは、
日ユ同祖論の裏側には、
何者かの意図のようなものがあるかもしれない。
という可能性を頭に入れておかなければならないということだ。

日本人の国民性というのは享受と発展にある。
徹底的にオタク気質な国民性を持っている為に、
観点という指針を与えられてしまうと染まりやすい。
あらゆる物事を多角的に見て、
自分で考え捉えていくということが最も重要であろう。

しかし日本語とヘブライ語の共通点には目を見張るものがあるし、
今回では書ききれなかった多くの共通項が日本とユダヤにはある。

調べれば調べるほど、奇妙な共通点が見つかるのだ。
それゆえにエルサレムのヘブライ大学では、
日本の歴史の授業が立ち見が出るほどの満員の講義となるのだろう。
これらはもっと多角的な検証によって、
より明確にそれらのことが明らかになっていくかもしれない。

非常に興味深い。
かなり長くなってしまったが、
これでもまだ書き足りないことが山ほどある。
研究的に論理立てて考察するだけではなく、
娯楽としてこういったものを考察し妄想することこそ、
学問の楽しさというものではないだろうか。

そう思う今日この頃だ。

参考資料、及び参考URL
Wikipedia
Renaissancejapan:日本語とヘブライ語
言葉の杜
日本語の「仮名」とヘブライ文字の関係
左と右の書き順の違い
古代日本、ユダヤ人渡来伝説 (著:坂東誠、PHP研究所)

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

自己紹介
  • 世界の住人である証として


  • プロフィール
  • 円山寛貴
    Maruyama Kanki
  • コミュアプリ
  • YOSHIOO

  • コンタクト
  • mixi
    gooホーム
    Twitter

  • メッセ系
  • skype名:円山寛貴
    MSNメッセンジャー
    mpe_code@hotmail.com

  • 紹介

  • HI-KING / Rhyme Viking

    ちぐはぐ
    Cheekbone / ちぐはぐ

    boost
    DJ KAZUNARI / Boost

  • Amazonショップ
  • Circle Mountain Cycle

    受けた恩は忘れたくない人たちの為に。
  • タイ洪水への寄付(paypal)

  • タイ旅行交流会

  • トルコ地震の義捐金受付先

  • ぼやきくっくり さん

  • ひとこと
  • YOSHIOOをよろしくお願いします。

Amazonアソシエイト
最近の記事
ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
ブロとも一覧
深いふかい森の中
過去ログ倉庫:黄金の金玉を知らないか?
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

つぶやき
写真
カレンダー
Google AdSense
リンク
カテゴリー
月別アーカイブ
RSSフィード
QRコード
QR