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心の罪

同胞のブログにて。

我々が地球のためにできることは死ぬことだ。

という言葉を見つけ、
深く思考に潜り始める。
真理といえるような結論で、
反論をしようにも自らの愚かさを省みれば、
それができない自分にもどかしくなってしまう。

傲慢にも数を増やし、
大地を、大気を、海を汚し、
他を蹂躙し。

その行為が及ぼす異変に気付きながら。

怠慢にもすべてをやめず、
エコロジーなどという言葉に隠し、
同じ過ちを繰り返し続ける。

この愚かさのどこにも救いはない。

そうだ、分かっている。
恐らくは誰もが分かっている。

死というものは、地球という例外を除けば、
ほぼ全宇宙に共通する普遍的な概念である。
今の我々にとっては地球という箱庭においてのみ、
生きるという概念が存在している。

それ以外の場所には死が満ちている。
当たり前に。

人は死ぬと星になるというが、
それは哲学的に非常に腑に落ちる感覚だと思う。
地球の外は死の世界。
死という字と外という字は、
そっくりに作られていることにも何かを感じる。

ここからはじき出されたものは、
すべて外へと帰るはずだ。

死という概念が当然に存在する場所へ。

だが、我々は不幸にも生まれてしまったのだ。
世界の忌み子として。
愛されえぬ世界の子として。

そして我々は自らを慰めるために、
生まれた意味を求めるのだろう。
意味などないと知っていても。

何のために生まれてきた?
その意味は?

世界から呪われ続けることなのかもしれない。
それこそが「忌み」なのだろうと思う。

生まれた瞬間に死を約束されたソレは、
心というものに悩み続ける。
自我が目覚めると共に、苦しみ続ける一生を歩き始める。

己の心と書いて忌むと読む。
この言葉こそが自我というものを否定している。
心そのものが「生命」ということなのだろう。
そしてそれは世界にとって必要のないもののようだ。
「死」こそが世界にとっては当たり前なのだから。

愚かな心こそが、すべての元凶なのだろう。

けれど。
だからこそ、考え続けなければならないのではないのか?
世代を重ねる意味を。
子を愛する意味を。
全てに呪われているこの世界で、
人はなぜ我が子を愛すのか。

すこしでもマシな世界を子供らに渡してあげたいと、
強く「死」を切り裂いてゆく途方もない力の源を。
その先に何も残らないとしても。
たった一人、
我が子しか生き残らない世界が来てしまったとしても、
親は子を死なせたくないと願うだろう。
精一杯のエゴで。

子が親を亡くしたくないと思う心よりも、
遥かに想像もできないくらい強い思いで。

そしてまた愚かに僕は息を吸い続けるのだ。
けれど僕はそれを愚かだと知っていても、
それでも生を尊いものだと感じられている。

「忌み」たる心の罪を抱えて生きることに忌憚はない。
己の心を憚ることは息を吸わなくなる事と同義だ。

我が同胞に対する反論になってはいないが、
これでひとつの答えにはなっただろうか。

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