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多面的俺

他人の数だけ自分がいる、とは良く言ったものだと思う。
大学の友人アイくんから見ると、俺はこのブログでキャラ作りをしているらしい。
本当はこのブログに書いているような事は思ってもいないのに
キャラ作りの一環でそんなことを書いていると、アイくんは思ったらしい。
個人的にはこれが結構おもしろい反応だった。

俺が、このブログを始めたきっかけは
より自己開放度の強い場所を求めていたからである。
本家である「肩甲骨を砕く為の傾向と対策」の方も
かなり自己開放度の強い場所だったのであるが
更新がかなり面倒だった。
メモ帳で日記書いて、タグで改行したり、リンク張ったり。
さらにFFFTPでUPしたりと、けっこうな面倒臭さだったのだが。
ブログはその点かなり便利だった。

自己開放度を強くする、というのは
すなわち、普段友人にすら見せていない自己を解放する訳だから
仲のいい友人が「こいつ、こんな奴じゃない!」
と思うような、考え方や発言がポロポロこぼれるのは当たり前の話だ。

しかし、だからといって大学の友人アイくんが
俺を見誤っているかといえば決してそうではない。
彼が見ている俺は、紛れも無く俺である。
どんな色眼鏡で見られていても、それは俺だ。
俺にとっての俺とは違うだけであって
アイくんにとっての俺は多面的な俺のひとつだ。

極端な話、社会に出れば
俺にとっての俺など、俺でなくなる可能性すらあるのだ。
社会はレッテルを貼りたがるから、
俺は他人にとっての俺であり続けなければならないような時が必ず来る。

なぜ、より強い自己開放を求めたのか?
それは「俺を見て欲しい」からではない。
俺が俺であった証、この世界の住人であった俺は
俺にとって紛れもなく俺であったと俺自身が確認する為である。
そして俺の死後、俺という人間の一部を
この世界に残しておきたいと感じたからでもある。

社会に出て、恐らく最も大変なのは
確固たる己を保つことである。
自己というものを意識できないほど、働き、働き、働く。
そうしている内に、周囲からはレッテルを貼られ
溶け込むために、自分もそのレッテルどおりに振舞う。
そして溶け込んで、自分自身がその自分に慣れてしまったら
他人の作り上げた自分に、自分が侵食されてしまう。

何もそれが決定的に悪いわけではない。
自己の変化は悪いことではない。
しかし、それは自分自身が望んだのなら、という前提でだ。
他人に求められたから変化する、というのでは辛い。
自分にとっての自分は、絶対的なものではないが
だからといって知らぬ間に他人にとっての自分に侵食されるのだけはゴメンだ。

自分は自分として、確固たる己を持ち
その中で他人の中の自分と向き合えるだけの度量を持ちたいものだ。
そしてその為には、己を見つめるということが
何よりも重要で大切なことになってくる。

多面的な自分を、すべて自分自身が掌握できるはずもない。
自分にとっての自分すら持て余すのだから。
ならば、自分にとっての自分だけでも深く知っておく必要があると思うのだ。

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