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真実という仮定

僕という基点がある。
そう思っていた。
僕を中心として、世界は無限の方向へと向かっていると信じていた。
内側へも、外側へも。
すべては僕という基点から始まっているのだと、
これまで生きてきた経験が漠然とそう思わせていた。

しかし、考えてみると、
そうでないことも知っていた。
言葉にしていないだけで、
そうではないことも分かっていた。
世界とはもっと複雑で奇妙な形をしている。

僕という基点と並列的に、
僕以外の誰かの中にいる僕もまた、
僕の世界を形成する上で重要な基点であるのだ。

それは子供の頃には想像もつかないことだった。
幼い世界では、自分の無限だけで十分だったからだ。
しかし歳をとり、さまざまな経験をつむと、
人というのは欲張りになっていく。

自分以外の中にある『自分』すら、
自分自身であろうとするのである。
これはどの人間でも無意識的に行っていることである。
他人にどう思われているかどうかではなく、
当たり前に、他人の中に自分という存在があると、
仮定して世界を考えてしまっているのである。

自分だけの無限では満足できずに、
他人の中にまで自分という存在を置きたがる。
無断で侵食するのである。
自分という存在を他に見せ付けるだけで。
なんという横暴か。

自分が存在しているのだから、
他人の中にも自分がいる。
これは誰が決めたという訳でもないのに、
世界に住まう人々の絶対の真実となりえている。
我々は真実に依存している。

僕は、僕自身に依存している。
それはとりかえしのつかない病だ。
僕という存在を真実たらしめている要因はなんだ?

それは、僕と、僕以外だ。

では僕とはなんだ。
僕とは、僕以外の影響を受けて形成された基点のことだ。
心という概念で世界に浮かんでいる点だ。
では世界とはなんだ。
世界とは、僕を基点として存在する、
僕を含む僕以外のことだ。

その僕と、世界の因果関係はどこにある。
それは僕という存在でも、
僕以外という存在でも、世界そのものでもない。

すべてが真実だという仮定こそが、
この僕を世界に定着させている。
たったそれだけのものが、
僕と世界をつなぐ最も強い理由だったのだ。

そしてそれを疑うことこそが、
僕が僕を逸脱した高みから見つめるきっかけとなりえる。

真実というものが真実でなかったとしたら、
僕の存在なんてものは簡単に崩壊してしまう。
では真実が真実でなくなったとしても、
僕は僕であれる何かを探しておく必要がある。
僕が僕に依存するために。

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