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からくりサーカス -感想-

さきほど、3度目の「からくりサーカス」全巻を読了した。
やはり感動して泣いてしまったことはおいておくとして、
これから感想を書こうと思う次第である。
ネタバレを含むので、現在読んでいる途中の人、
またはこれから読もうと思っている人は、続きを読まないでくださいな♪
というか長文すぎるので、全部よんだ人はエライ!

さて、何を話そうか…
そうそうキャラクターだ。
俺を感動させやがった登場人物たちと、
なぜ俺がそいつらに感動したのかっていうのを書こうと思っていたのだ。
もちろんメインのナルミやマサルやしろがねたちにも、
愛着はあるし好きなのだが、
俺が感動したキャラは別にいる。

フランシーヌ人形
ギイ・クリストフ・レッシュ
パンタローネ
アルレッキーノ
ジョージ・ラローシュ

そしてフェイスレス。

フェイスレスの作った自動人形からエレオノールを守るために、
井戸の中で死んでいったフランシーヌ人形。
心がなく、笑えなかったフランシーヌ人形が、
アンジェリーナの出産に立会い、エレオノールと触れ合うことで、
少しずつ心を知り、感情を持っていく。
『私はエレオノールに指を握ってもらいました』
感情のなかったフランシーヌ人形が、
そんな暖かな言葉を話せるようになっていく過程は、
すごく好きな場面のひとつだ。
そして井戸の中で生命の水に溶けるフランシーヌ人形は、
最後までエレオノールを守り続ける。

怖がるエレオノールの為に、
おどけてエレオノールを笑わせて、
そして微笑みながら死んでいくのだ。

俺はこのシーンにすごく心を打たれた。
「からくりサーカス」という作品において一貫して貫かれているのは、
『笑う』ということだ。

心がないはずだったフランシーヌ人形は、
自らが相手を笑わせてあげたいと思い、自らがおどけた。
それをエレオノールは感じ取り、笑い。
そしてそれを見てフランシーヌ人形は微笑んだ。
心のやりとり。
それが初めてできたフランシーヌ人形は、
満足して死ねただろうか?

俺は満足できた分だけ、
途方もない後悔をフランシーヌ人形は背負ったのだろうと思う。
もっとエレオノールの笑顔を見たい。
エレオノールを笑わせてあげたいと、
そう願って、悔しさの中で死んでいった。

パンタローネやアルレッキーノもそうだ。
笑えなかったフランシーヌ人形を笑わせるために作られた人形。
彼らもまた「心のやりとり」を知らなかった。
しかしアルレッキーノは、
リョーコに『ありがとう』とお礼を言われたことで、
心の揺らぎを知る。
フランシーヌ人形を笑わせられないまま二人は死に瀕していた。
そしてフランシーヌ人形が溶けた生命の水を飲んだエレオノールが、
ナルミに笑っているのを見たアルレッキーノは、
そこで自らの悲願を果たし、かつてのフランシーヌ人形と同じように、
喜び微笑み、満足した。
そして同じようにその微笑みを与えたのが自分たちでなかった悔しさも、
彼らの中には生まれただろう。

ギイもまたそうだ。
クールで感情が表に出ない彼にも、大切な存在はある。
母のかわりとなってくれたアンジェリーナの娘エレオノール。
彼にとっては妹のような存在。
彼はエレオノールをずっと守ってあげたかったのだ。
しかしそれが叶わないと知った時、
彼は自分の役を作った。
愛する妹を自分が信じられる男と一緒にいさせてやりたい。
『幸せにおなり…』と背中を押す。
それは優しく力強い、兄のような、
そして父のような心境であるのだろう。
その役目に満足したギイではあるが、
彼もまた、幸せな妹の姿を見ることはできない。
後悔を残しながら死んでいくのだ。

それでも愛しい人の幸せを祈って。

しろがね-Oのジョージ・ラローシュもそうだ。
冷徹な存在だった彼も、
最後に子供たちにピアノを弾いて拍手を貰う。
『子供たちが、こんな私にピアノをまた弾いてねって言ってくれたのだ』
『こんな私にだぞ!』
彼もまた、満足を得て、死んでいく。
また子供たちにピアノを弾いてあげたいと悔しそうに。

もう俺の涙腺は崩壊しっぱなしなのだ。

すべての黒幕であるフェイスレスは、少し違う。
彼は最後まで満足することはなかった。
なぜなら彼の欲望は何よりも深く、何よりも単純だったからだ。
彼の心は子供のままで、
誰よりも大人になれなかった。

それゆえに全ては複雑になり、どうしようもなくなり、
破綻し、整合性がとれなかった。
だからこそこの物語は成立しうる。

からくりサーカスという漫画に対立の構造があるとするならば、
マサルとフェイスレスの対立の構造以外にはありえない。
ナルミとフェイスレスでは成立しえない、構造があるのだ。

それは子供同士の対決という構造だ。
かたや「子供の心のまま大人になったフェイスレス」
そして「子供だが、いつだって大人になろうとあがくマサル」

フェイスレスとの最終決戦にナルミが行っていれば、
それは白銀と白金の兄弟対決のようになったかもしれない。
フランシーヌを奪った兄[白銀]と同じように、
エレオノールを奪った男ナルミ。
白銀とナルミはフェイスレスにとって同じ役柄だっただろう。

ならばフェイスレスは絶対に、
ゾナハ病の治し方を教えはしなかっただろう。
なぜならナルミは最初から最後まで、
子供を守る「大人」という役だからだ。

フェイスレスが聞き分けの良い
かしこい生き方のできる大人だったなら、
事態は複雑になどなるはずがないのだ。

フェイスレスが最後にマサルに対して、
弟のような感情を抱くシーンだが、
一時はマサルの父「貞義」であったフェイスレスであるのに、
なぜ親ではなく、兄のような心境になったんだ。
と、俺の友人は言っていたが、
答えは恐らく、
親のような心境になれる男であったならば、
フェイスレスはこんな事件は起こすはずもなかった。
ということに尽きると思う。

そして彼はグリポンに「一人は寂しいなぁ」とつぶやき、
「僕が間違っていたよ兄さん」
と笑ってベロを出しながら死んでいく。

自分の間違いを認める。
という行為は、人間的成長の第一歩である。
彼は死の間際にほんの少しだけ、大人になれたのだ。
それはマサルという、
いつだってナルミという大人に憧れ、
熱い血をたぎらせてきた小さな子供に出会ったからだろう。

これ以外のエンディングが存在する可能性だってなくはなかった。
その為の伏線はいくつもあったのだから。
それでもこのエンディングに何の不満があろうか。
この物語は人間の物語なのだ。
どう転ぶかわからない、
そして転んだ先がそういう物語だったのなら、
その物語に満足してこれからもその物語のなかで、
精一杯笑っている登場人物の存在を祈り、
笑顔を送ってあげるのが、
この漫画を読んだ我々の『役目』ではないだろうか。

なぜなら『からくりサーカス』という漫画に出会い、
その物語を『観る』という選択をしたのは、
まぎれもなく観客である俺自身だったのだから。

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