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リーンの翼

現時点での富野監督の最新作アニメ『リーンの翼』について。
個人的に思うことを、そろそろ書いておこうと思う。

エンターテイメントとしての作劇。
これは濃すぎる内容ゆえに、非常にまとまりのないものに見えがちだ。
これを純粋に娯楽アニメとして楽しむことは不可能だ。

分析し、自分なりに考えを満たさなければなるまい。
インターネット配信とDVDのみでしか見る事ができない。
そういった媒体は、テレビとは違うアプローチができる場所だ。

おそらく富野監督はこれを利用しているはずだ。

詰め込まれたシーン、設定、カットごとに込められた意味、
セリフひとつの重み。
その全てをしっかりと咀嚼し、理解への糸口を掴まないことには。
それぞれのキャラクターが、
どんな目的でもって動いているのかが、まったく理解できない。

たとえば主人公のエイサップが軍の要人である両親の下を離れ、
汚い小さな文化住宅のような所に、
友人二人とルームシェアして生活している。
というのを、開始早々の3分までのシーンで、
想像しなければならない。

そしてさらには、何故そんな生活をエイサップが送っているのか。
なんて事まで、作中で詳しい説明が一切ないので、
自らが想像し論理立てて作品を捉える必要がある。
そして富野監督のいつもの作品らしく、
キャラクターは自分の行動理念を自ら説明したりはしない。
それすら受け取る側の理解力にゆだねられている。

そしてそれは、作中ですら、
キャラクター同士の思惑の読み違い、
他者の行動への理解のズレなどが何も説明されることがない。
その為、事態は誰も思っていない方向へとズレていく。
ファンタジー世界を題材にしているというのに、
まったくもって現実そのものを見せ付けられているようだ。

作画や音楽に関しては特級品だ。
キャラクターの魅力も十分。
しかし、これを作品と呼ぶべきではない気がする。
私ならこの作品のことを、
SFドキュメンタリーと呼ぶ。

仮想現実の世界に圧倒的なまでにリアリティを与え、
さらにその世界で起こるであろう出来事を想定し、
それらをドキュメント映像として記録した。
そんな風に見える。

作品を見終わった時に、
「何故?」や「意味がわからない」と感じた人が多くいるだろう。
それで正解だ。
現実にこんなことが起こるかもしれない、
という想定ができない人には意味のない作品だ。

教訓にも、ドラマにもならない。
これから何かを学ぼうとするならすればいいし、
この作品にドラマを感じるならそれでいい。
しかし、私はこのアニメのことを、
仮想現実世界の紛れも無いドキュメント映像だと思っている。

こうなったのだから仕方ない。
ならばそこから誰かが何かを学ぼうが、
何かを感じようが、それはその人たちの自由だ。

ただそんなことがあった、というだけのことなのだから。

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