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ワンツースリー ダイターン3!

生物を食べるということに対して、
本気で向き合うと感謝以外の感情は湧き上がらない。

生命の想い出を人という身体をつかって循環させ、
「ありがとうございます」と思う。
草食動物は植物を、肉食動物は肉を。
雑食の動物は食物を。
捕食することが日常であり循環のサイクルだ。

しかし人は、それらを頂くときに、
手を合わせ、思いを馳せ、感謝の心を持てるし、
言葉にもすることができる。

この世界が循環の中にあるのであれば、
吾々人間の役割は愚かさを嘆くよりは、
この満ち溢れた楽園に感謝をする以外にないのではないか。

美味しいご飯。
暖かいお風呂。
美しい風景。
笑い合える友人。
支えあう仲間や家族。
御先祖様やありとあらゆる全て。

これらは最初から当たり前にあったものじゃないし、
今の世界でもそれは夢のまた夢だという現実があるらしい。
知ったような口をきくつもりもないが、
不満や足りないから感謝の心を忘れてしまうくらいなら、
最初から求めすぎなければいい。
いま自分が享受できいる幸せを見つけることこそが、
心の冒険であり探検なんだろう。

食卓には全てがある。
食べるために
殺してしまったことに対する免罪符を得たい訳じゃない。

だが、せめて食べるために殺してしまったのなら、
誠心誠意、その生命に対して尽くしてこそなんだろうと思う。

例えば俺の前世がライオンだったとして、
多くの生命を蹂躙し食べて、死ぬ間際に。
その生命の記憶にたいして感謝の心を表したいと思ったとき、
その魂は人というそのような役割をもった存在へと転生するのではないか。

めぐりめぐって、感謝の気持ちを伝えるために生まれてきた生命。
それが人間なのかもしれないなと思う。

菜食主義でもなんでもかまわない。

しかし、そこに世界の記憶が宿っていると思えば、
俺はどんな食べ物にだって命はあるとしか思えないんです。
この家畜はいいけど、あれはダメとか、植物は脳がないから大丈夫とか。
あれやこれやと言い訳をつけたり、
そこに隔たりを作ったり、これは食べていい、これは食べちゃだめ、
なんてことを人が決めていいようなことだとは思えない。

食べられるものは食べられるし、
食べるのならば、たとえどんな食べ物であろうと全身全霊で感謝したい。
その為に、精一杯、生命と向い合って食べ物を提供する人に出会うと、
これまでの自分の人生観を改めさせられます。

真っ当に生きようと努力すれば、
真っ当に生きている人と出会う機会に恵まれる。

家の掃除も自分の部屋からじゃなく、
水回りやキッチンといった、いわゆる自らの周りの根源。
根本である源流を改善しなければいけない。

家の近所の川が汚いので上流を探して、
ゴミ拾いやらちょっとずつできることやってみようかな。
日曜日に今後の目標を決めるといい気がしますね。

太陽の指針へむかって、
今、必生のサンアタック!
波乱万丈でいいじゃない!

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