スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いつか来るその時に備えた言葉。

吾々は割れ割れになった破片、
ゆえに二つ指でピースと唱え。
平和を目指す意志のことをピースと呼ぶ。

二本足で歩いて行く吾々が目指すのは陰陽和合。
清濁併せ呑む器量の獲得。
でなければこのような世界に生まれ落ちるものか。

それは一人では叶わぬ願い。

もともとは一つであったかもしれない。
あたかもそのように言葉は理と断りを突きつける。

吾々はもともと同じものから生まれ派生し
今に生きているとして。
それにもし理由があるとすれば、
吾々は互いが違うものであるということと、
同じものであるということの両方を学ぶために、
この世界に生きているのではないか。

誤解を恐れていてはいけない。
誤解(ごかい)と誤解(ごかい)をかけ合わせ、
互いが違うことを知ることでしか。
相互理解という永久(とわ)への道は開かれはしない。
このままでは永久への途次(とじ)は閉じてしまう。

理解とは。
歩み寄るとはそういうことであるはずで。
理解出来ないもの、分からないものに対し、
臆病になるのも生物としては当然のことかもしれない。
しかしそこで停止してしまっては未来はない。

未知(みち)の先にこそ道は開けると思う。
既知(きち)の物は己を支える土台、基地となる。

基地の中にいれば安全かもしれないが、
静止したように見えるその世界の外には
未知のものが満ち満ちている。

未熟で何も知らぬ素人(しろうと)である吾々が、
何も知ろうとせず苦労の途を退き玄人(くろうと)を評価する。
だが玄人もまた苦労の戸を叩いた苦労の徒。
素人であった心を忘れれば知ろうとする心を忘れる。

なんともよく出来た皮肉だ。
だからこそ人は自戒し、少しでもマシであろうとする。

卑小な存在だからこそ飛翔を望む。
翼を持たぬからこそ、空を見上げ、地に足をつけ、
終わることのない旅路を希望と共に進める。

その営みこそ永久に続く不老不死の妙法、
己が死してなお、そのあとに残る世界が良き場所であって欲しいと願う。
それこそが人が人へ伝えるべき心の根っこであって欲しい。

もし、俺が死んだのち、
この文章を読む者があれば、せめて心に留めておいて欲しい。
人は学ぶことができる生き物だったということを忘れないで欲しい。

知性は一体何のために生まれいでる必要があったのか。
それをもう一度だけしっかりと見つめ直して欲しいんです。
生意気な意見かもしれませんが、どうかよろしくお願いします。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

自己紹介
  • 世界の住人である証として


  • プロフィール
  • 円山寛貴
    Maruyama Kanki
  • コミュアプリ
  • YOSHIOO

  • コンタクト
  • mixi
    gooホーム
    Twitter

  • メッセ系
  • skype名:円山寛貴
    MSNメッセンジャー
    mpe_code@hotmail.com

  • 紹介

  • HI-KING / Rhyme Viking

    ちぐはぐ
    Cheekbone / ちぐはぐ

    boost
    DJ KAZUNARI / Boost

  • Amazonショップ
  • Circle Mountain Cycle

    受けた恩は忘れたくない人たちの為に。
  • タイ洪水への寄付(paypal)

  • タイ旅行交流会

  • トルコ地震の義捐金受付先

  • ぼやきくっくり さん

  • ひとこと
  • YOSHIOOをよろしくお願いします。

Amazonアソシエイト
最近の記事
ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
ブロとも一覧
深いふかい森の中
過去ログ倉庫:黄金の金玉を知らないか?
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

つぶやき
写真
カレンダー
Google AdSense
リンク
カテゴリー
月別アーカイブ
RSSフィード
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。