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法治国家と放置国家

ここ数年、いやもっと長い単位でか。
日本は法治国家という名の下に徐々に不自由な準備を整え始めている。

児童ポルノ法案などを筆頭に、
表沙汰になってはいないが多くの逮捕劇がある。
SMAPの某メンバーが起こした裸事件程度でも
警察が家宅捜索をできるような時代になってしまっている。
これは由々しき事態だ。
国家がヤクザ化してプライベートにまで侵攻しようとしている。
俺は自ら誰かを攻撃することはないが、
己の領域を侵す相手には容赦するつもりはない。

ルールだから国家の権力に屈しなさい。
でなければそのルールを変えられるように努力しなさい。
これが国家の主張である。
それこそが民主主義社会だと唱えるのだ。

違う。
それはルールという神によって縛られた一神教の世界観だ。
民の意思ではなく神の意思が優先されるのだ。
「言葉は神であった」とは良く言ったものだ、
文言に縛られるのが人間であって良い筈がない。
人は言葉の力を借りることはあっても、
言葉によって縛られる存在ではない。

日本では多数決が正義とされる。
しかし、国民を守る為に法案が作られたことは少なく、
その多くはプロパガンダであったり、
聴こえはいいが結果として国家に対して何の利益にもならない、
ザル法案や天下り法案がアホのように作られる。

多数決的な正義を覆すことができないことを知っている国家は
「ルールに従わないならルールを変えてみろ」と吼える。
貴様らがまともなルールすら制定することができないのだから、
そんなルールなど守ってやる必要がどこにある。

重要なのは人という社会的な動物が、
どのようにしてモラルという共通認識を積み上げていくかであって。
人が自らを縛る為の言葉の鎖をせっせとこしらえる様な事ではない。

しかもその鎖は本当に自らの意思で作られたものなのか?
俺は俺の「人間」を保つためになら、どんな物とでも戦うぞ。

面倒だから法律という文言をつくり、
あとはその文言どおりに機械的に人間が動く社会を社会とは呼ばない。
そんな国は法治国家ではなく放置国家だ。

俺は今の俺を作り上げてくれた
この国の民であることを誇りに思っている。

だからこそ人が世代を重ねてきた意味をないがしろにするような奴らを、
俺は絶対に許すつもりはない。
俺は俺の戦い方で戦い抜いてやる。

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