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うつ病の改善

いつからか。
俺はうつ病のような症状から開放されていた。
理由もなく死にたいと思うようなことは、
もうほとんどなくなった。
といっても、今の精神状態になってから、
まだ一年も経っていないだろうけど。

それには様々な要因が考えられる。
そのどれもが正解のようで、違うような気もする。
何がきっかけでその症状が改善されたかは分からない。

それに、いつまた自分がそのような状態にならないとも限らないけれど。

まだ心療内科で精神安定剤や
睡眠導入剤は処方して貰っているし、
それらを服用してはいる。

しかし、それは以前でも同じだった。

けれど、覚えている。
あの何ともいえない虚脱感。
世界も自分もどうでも良いと思ってしまえる諦観。

ただ、何かが変わり始めたのは、
去年の7月ごろだったような気がする。
その頃に俺は「不安の海」という記事を書いている。

自分という存在を世界に参加させようと決めた。

もしかするとその切欠は母の死だったかもしれない。
俺は母という存在に対し依存していた。
あらゆる面で。

俺が自立するまでの間、
当然のように家族というものは存在しつづけるものだと、
なんとなく思っていた。

だから自分の死に対して無頓着だった。
こんな自分が死んでも家族だけは悲しんでくれるだろうとか。
俺が抱える苦しみの少しでも理解してくれるだろうか、とか。
甘えた考えで自分の命を軽くしていた。
俺にとっての自殺とは唯一の自由であると信じていた。

しかし母が死んだ。
それは俺にとっての不条理ではなく、
母にとってのこの上ない不条理で。
悲しんでくれる家族がいることを母が喜んでいるなどとは到底おもえなかった。
悔やんでも悔やみきれない想いが残っている気がして仕方なかった。

俺はその母に対して何もしてやれないということを知ったとき。
そんな自分のことを殺してやりたいほど憎んだ。

しかし自分を殺すことが、
その俺を生み、育ててくれた母に対する冒涜であるという、
圧倒的なまでの矛盾に俺は気が触れそうになった。

世界とは常に何が起こるのか分からず、
自分自身すら分からないものを抱えていると知ったとき、
世界と自分は同じだと気づく。

不安におびえ、不安から逃げ、不安から隠れ。
そうするウチに不安に取り囲まれる。

飛び込め。
ダイブしろ。
不安の海へ。

そうすれば当たり前の世界が見える。
心の有様によって移り変わる世界の見え方もまた、
自分の心の鏡なのだと知る。

不安とは自分のことだったのだと思い至る。

自分に怯えて、自分から逃げ回っても、
人は自分からは逃げることができない。

生きていくのなら。
生きていくのだから。

何かに依存すれば自分と向き合わないですむ。
自分の鏡である世界の有様を見ないですむ。
しかしそんな世界は、本当の世界じゃない。

本当は本当の世界なんてものがなかったとしても。

もしも疲れたら、何かで息抜きをして。
生き抜いていこう。

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