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心、ありがたく

心をもらう。
言葉という不確かなもので、
確かな「心」をもらう。

伝わる。
人が云う。
伝われと人が云う。

言葉を使って人が云う。
でも言の葉は想いの欠片だ。
大樹の葉の一枚に過ぎず、
大樹は大地を温床とする一本に過ぎず、
大地は葉を散らす大空の重さを量る一つの球に過ぎない。

しかしそれらは、すべて有機的につながりあう。

だから伝えようとする意思には、本質が宿る。
心のやりとりをやっている。
いつの時代も、どこの世界も。

人なんてのはそんなもので、
その人なんてものは世界の中でしか生きていないのだ。
ならば世界は人と同義だ。

伝わりきらない想いは足りない?
それとも余分?
噛み合わないから加味しあう。

今日は言葉で心を貰った。
生きているっていうのはいいことだ。
俺もまた言葉を尽くして、
伝わりきらないはずのことを不毛だなどと思わずに続けていく。
そこには無限の可能性がある。

たぶんそれこそが世界のすべてだ。
俺にとってはそれでいい。
狭く閉じた世界から、どこまでも遠くに飛翔できる。

あふれ出る想いが伝える意思なのだとしたら、
それはそこに「在り難かった」意思なのだろう。
加味されたそれぞれの余分が世界を立体的にしていく。

人が云う。
伝えたいと人が云う。
伝えて欲しいと人は云う。

想いを乗せた声で空気は振動し、
空を想いの架け橋とする。
空想だと空虚だと人は言うかもしれない。
カラダというカラはソラをすいこむカラッポのカラだ。
空虚とはまる鏡のようなものだ。

ありのままの世界を受け止めるための状態だ。

誰もが見ている世界を映す鏡を見るとき、
人は自分の主観から抜け出したりはできない。
絶対的な客観性などというものは、
自己という存在に縛られている己には獲得しえないものなのだ。

だから世界が必要であり、
世界は多くを必要とする。
秩序だった営みの中に多くの混沌が溢れる。
混沌のなかから新たな秩序が生まれていくように。

人と人の意思の疎通というのは、
そうして伝え合い誤解しあいながらでも、
理解しあいたいと望む心にこそ骨格があるのだろうと思う。

己の心を忌むべきものとするか、
意味のあるものにするかは。
これから自分が人生を賭して確かめていくべきことだ。

ありがたく。

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