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作り物と現実の相補性

日本製「性暴力ゲーム」欧米で販売中止、人権団体が抗議活動

この記事を読んでまず思ったのが。
日本のポルノは日本以外で販売するのはまずいだろう。
ということだ。

日本人は自分たちでは気づいていないかもしれないが、
現実と空想、つまりリアルとバーチャルをしっかり分けて考える能力が高い。
それはマンガというものが生活のすぐ隣にあり、
小さな頃からフィクションの世界を常に読み解き続けてきたからだ。
いしかわじゅん氏が自らの著書の中でも述べていたが、
日本のマンガ読者のリテラシーの高さは本当に凄い水準だ。

大人になるまで、または大人になっても、
作り物の世界と触れ合い続けるのだ。
だからいくら過激なものを見ようが、影響を受けようが、
それを現実と混同してしまうなんてことはない。

それにエロいものなんていうのは、
倫理的に問題があるから興奮する。
空想とはそれを許容するから凄いのだ。
アンリアルな表現物とはそれを提示できるから、
作品性というものが内包されうるのだ。

この記事に対するmixiなどでの反応を見ていると、
抗議は当然だとか、
規制されて然るべき。
みたいな意見をよく見るわけだが。
俺はそうは思わない。

日本のエロスに対するストイックなまでの取り組みは、
実は尋常ならざるものだ。
本当にエロい作品というものは、
多くの人がどう思っているかはしらないが、
まず作ることが非常に難しい。
他人がエロいと感じるものを提示するというのは、
それだけで充分に創作的なことなのだ。

日本はエロスの表現の幅の広さ、量産力。
共に恐るべき水準だといえる。
欲望に素直だ、と言えばそうなのかもしれない。
しかし、エロい作品は一作二作なら作れるかもしれないが、
量産したり、新しい表現を見つけようとすれば、
かなりの試行錯誤と体力を要求される。

そしてそうして作られたものを、
ちゃんと作り物として受け止められるだけの、
リテラシーが日本人には備わっているということなのだ。

当然、時代と共に表現は先鋭化し過激になってはいるが、
昨今の過剰規制などのせいで、
作り物の世界が弾圧されようとしはじめている。

そして実際には現実のほうが作り物の世界などより、
よっぽど陰鬱で目を背けたくなるようなことが多いことに気づかない。
そんな奴らは作り物の世界では満足できないのだ。
だから始めから作り物の世界には興味が無い。
俺に言わせればそれはリテラシーが低いゆえに、
作り物の世界の楽しみ方が理解できないバカだということなのだが。

作り物を規制したところで、
現実が良くなるのか?
ということに答えを出してからでなければ、
規制には意味が無い。
むしろ欲求不満が溜まって、何かが起こらないとも限らない。

日本のポルノの水準や幅の広さは、
世界からすれば異常なことだろう。
しかし、その異常なものを、
ちゃんと作り物として楽しむだけのリテラシーは、
日本人は平均的に持ち合わせているのだ。

手塚治虫はセクシャルなマンガを数多く描いた。
それは直接的ではなかったが、
人間が倫理的にタブーだと感じるような領域のものを、
上手く外皮で隠して様々な手法で描いてきた。

それに影響を受けた多くの漫画家や創作家が、
あらゆるジャンルでそういったことを模倣した訳だ。

こうしたゲームに対して抗議するということは、
手塚治虫にもいつかその矛先が向くかもしれない
ということに日本人は気づかなければならない。

永井豪なんて、もっと直接的に性的な描写をしている。
いま槍玉にあげられているゲームと同等のセクシャルな表現を、
さらりとマンガの中に入れ込んでしまっている。

主人公の少年が淡い恋心を寄せる女の子が、
同じ学校の不良どもに薬漬けにされて輪姦されるというシーンがある。

しかしこれは倫理的に問題があるからこそ、
その後にくる全ての人間が等しく持つ、
どうしようもない感情の爆発を描くことができる。

それに言っておくが、この永井豪のマンガは
小学生でも買って読むことができる。
ただ単にヌルいセックスを描写しているような、
三流エロマンガなどよりも遥かに強い衝撃だろう。

だが、だからこそいいのだ。
嫌悪感を覚えるのか、
倒錯的な何かを感じるのか、
その行為に対してやりきれない感情を爆発させる主人公に共感するのか。

人が生きるということは、
常に不可避の現実と対面して何を感じるか、
どういう行動をとるのか選択を迫られるということなのだ。

エロスを否定するということは、
人間的であるということを否定することにも繋がる。

空想でそうした訓練を日々繰り返してきたからこそ、
作り物と現実の違いが明確にわかるし、
作り物の世界がどれだけ大切なのかということも分かるのだ。

文化によって支えられてきたこの国が、
この国に住まう民が、その自らの文化を否定してしまってはいけない。
その過激なものが持つ意味というものを、
考えもせずに批判や抗議をしているというのは愚か極まりない。

エロいものは低俗である。
というような考えはいい加減に捨てるべきだ。

少なくともエロいものを作るということは、
多くの人が思っている以上に難しい。
下品ではあるかもしれないが低俗ではない。

「犬を殺す」アートが認められて、作り物の過激さが弾圧される。
そんな世界は間違ってるよ。

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