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日本の音楽はもうダメだ?

突然ですが。

いい加減、音楽をさあランキングだけで語ろうとする体制をやめて欲しい。
んなことやってるから、狭い音楽観の中だけで、
この時代に生まれてるとんでもなく素晴らしい日本の音楽群を
ろくに知ることもないままに通りすぎてしまう人を作ってしまう。

どれだけ勿体無いことなんだろうと思う。

自分たちが潮流を作っていると奢っている者達は、
本来持っていたはずのビジネスチャンスすら逃しているということを
気付いていない。
その時点で衰退は必至だろうと思う。

消費者の側がとやかく言われることではないよ。
消費者はバカではない、消費者をバカにした者がバカを見ただけだ。

今のシーンとやらが取りこぼしてしまっている宝に気づきもせずに
ろくに何も聴いてもいないリスナーに日本の音楽は腐ってるとか言わせる始末。

ふざけるなっつうの。
耳くさってんのかボケ。
自分たちでちゃんと聴いていい音楽を売れ。
売れる音楽なんてものを捏造すんな。
いい音楽をいい環境で聴いてもらえる努力をしてくれ。

別にリスナーに問題がある訳じゃない。
売れるはずの音楽をプッシュする勇気がなくて、
過去に売れたようなもんの再生産みたいなもんばっかりで
やりくりしようとするアホが絶対的に悪い。

もちろん1局や2局が華やかなランキングの世界を追いかけるのはいいけど、
時代がみてなかった過去の良い音楽とかはちゃんと再評価すべきだ。
ヒット曲とかありがちなのじゃなくて。

なにをくだらんもんばっかり同じように作り替えて売上を下げておるか。

いい音楽はいつの時代に聴いたって良いんだから。
本当にいいことを知っている人たちが、
まだ良いと思えないかも知れない人たちに向けて
実はふとした瞬間化ける音楽ってのもあるんだよとか。

そういう音楽体験みたいなものは誰しも共有してるはずなのに。
テレビからは一向にお目見えしない。

良いものは良いんだから
長く続ければきっとリスナーの心に残る。

実らない畑を耕しもせずに、
潮流も読まずに機械のように繰り返して
いつまでも大地の恩恵に預かれるとたかをくくって感謝もせず
欲望のままにむしゃぶりつくから自身の内側から枯れていく。

全部自分たちがダメにしたくせに、
全部他のせいにしていたよね。
色んな人達が。
なんだっけ金と権力が好きなあと少ししか生きられない側の人間。

大切にすべきもん見失って、暴走して自ら瓦解しそうになって
それであげく全部責任は他の誰かです。
同じようなことがどの業界でも俺が子供の頃から起こっていた気がする。

ある年代以降からは、たぶんかりそめのパワフル大国日本だったからね。
資本主義というか合理主義というか、外の労働力に大切な技術放り投げて、
自己研鑽をやめてそれで結果的に仕事として成立するようになってしまった。

こういうことがあらゆる業種で起こった。
金が一番大切だからだ。
しかし実は本当に大切なのは金ではなく、人だ。

平沢進師匠が以前にこんなことを言っている。

平沢 『音楽は資本主義と相容れない性質を持っているから、音楽として生きつづけられるんでしょ? だから誰もがある種のビジネスモデルを踏襲すれば成功するというもんじゃないですよ。音楽のそういう性質をきちんと見続けて維持しつづけること。あえてビジネスモデルというならそこから発想しなければ駄目でしょう。パラドックスでしょ?』

もうまさしくこれ。
俺もこういうことが言いたいのだと思います。

音楽に助けてもらって音楽やって音楽が大好きで
何とか自分も音楽で音返しができたらなと思っている立場の一人として。

音楽を大衆に送り出す側の怠慢でいい音楽すら陽の目を見る機会を与えないのなら、
あなた方はそのまま朽ちていくといいと思いますと宣言しておきます。

残るのは音楽を作って送り出そうとする意志を持ったやつらと、
それを聴いてくれる人たちだけ。
もう多分、これからはその単純構造が全世界規模になっていくんだと思います。

他人のふんどしで相撲をとって
甘い言葉をささやき甘い汁を吸っていた精神的乞食のような連中は。
どんどん吸う場所がなくなっておいつめられていくんじゃないでしょうか。
もし仮に全部なくなったときどうすんだろ
勝手にプロの真似事すんなって恐喝でもすんのかな。

もちろん真剣に音楽に携わっている方々のことを申し上げているのではありませんよ。

はっ!
…うーむ、いかんいかん。
つい熱くなってしまったが、あまりにも自分たちの責任を他になすりつけて、
やるべきことをやってこなかった大人が多いから。
一歩間違えたら俺も平気でそんな人間に仕立て上げられていたかもしれない。
そして自らの愚かさに気づくこともできず
批判だけして安心して一人前を気取るエセ人間になっていくの。

そしてやれまた会社のせいだの上司のせいだ部下の同僚の取引先のせいだ。
大人になっても子供みたいなことを平気でやる。

そういうのが子供に筒抜けなのも気付かずに
子供は未熟だから大人がちゃんと管理します!!
(大人が未熟でどうしていいかわからないから子供に鎖をつけます!!)

となってしまうから性質が悪い。

自分の未熟さにも気付かず奢った気持ちで教育などと口にするから濁るのに。

熱いついでに言わせてもらえば。
音楽ってのはあらゆるしがらみを突破していけるものだと思います。

それだけでは何も救えないかもしれないですが、
見えてるものだろうが見えてないものだろうが、
ありとあらゆるものに触れていくことができる力だと思っています。

ふれたもののどこかが少し揺れてくれればそれでいいようなもんじゃないかと。


追伸:
えー、こういうネタなのでついでに。
以前から何度かお伝えしております、
我がバンドGhostNotesの処女作の制作についてですが。
順調に!続いて!続いて!まだ続いてます。。。
とはいえ本格開始の1年前から比べると、
個人的には手応えのあるものがようやく見えてきた感じがしています。

なるべく多くの方々へ気軽に音を返せるようになるまで頑張りますので、
気長に待っていてやってください。
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すまーと本

スマホにタブレットの台頭。
B5サイズ以上で高機能なタブレット端末が増えたおかけで
電子書籍に火がつくのは時間の問題。

しかしすでに持っている本を色々揃えて自力で裁断し電子書籍にしている層は少ない、
それで裁断する作業を代行する業者があらわれ、ここで権利や法律の問題が浮上。
この段階でも出版社側に特に具体的な対策案はなし。
それどころか電子書籍への参入方法が的外れ。
すでに持っているのと同じ内容のデータを同じか少し安い程度の金額で再び購入するのはもっと少ない。

これを例えば出版社側が電子書籍データを用意しておき、
書店でコミックを買った客はバーコードなどから
自分が持っている端末にそのコミックのデータをダウンロードできる。
というようにすれば同じ出費で両方手に入る。
なんというかこれが当たり前だと思うんだ。

そのかわり本にはこれから物流にかかわる課税をすればいい。
それでちゃんと書店が儲かるような体制作って本自体の価値を底上げすべき。

売掛をごまかすためだけに書店の売り場面積を圧迫するのはもうやめて

わらえつながれやったじゃああああん

MOTOROLA XOOMを会社から支給されてからというもの、
俺の生活は格段に理想に近づいた。
自分がタブレット端末に最低限求めていた条件がようやくクリアされてきた。

宝の持ち腐れ状態の裁断機がこれから鬼のように活躍することでしょう。

しかし使っていくうちに気付かされるのはandroidというプラットフォームのえげつなさ。
使いやすく、作りやすく、参加しやすい、
しかもそれは巨大なシェアを誇る全世界規模の広がりをもつネットワークの
androidというOSを根幹とした多様な端末につながっている。

正直夢は広がりまくりんぐ状態です。

もしそのうちiOSやwindows mobileあたりとも規格統一して
ある程度相互でやり取りできるようになったら地球丸ごとの人間が集まる
エレクトリック電子マーケット市場になるな。

そりゃ世の中モバイルにお熱になりますよね。
全世界につながったパソコン並のプラットフォームが驚くほどの数の人間の手元にあり、
ちょっと心をくすぐってやればお手軽にビッグマネーにつながるかもしれない。

目も眩むってもんなんでしょうかね。

ただだからこそ求められているのは品性だったりするのかなと思います、
この期に及んで未だに不当な搾取をしようとして
全体のバランス乱すような奴らはお金の神さんから手痛いしっぺ返しをくらうかもよん。

ブーメラン現象ばかりが目に付いて
ちいさな発言一つにすら細心の注意を払いたくなるほどの反響力の強い反射の時代。
他人様にぶつけた言葉や吐いた言葉はすべて自分に返ってきている気すらする。

じゃあ自分に良い反響を返すためには何すりゃいいのさ!
もはや簡単じゃぁああああん!

オラ、スパークしてみっぞ

日々をね、
オーラ気持ちいい気分で過ごしたいと思っていて。
オーラ気分が悪いことが起こるとオーラファック!って言ってしまいがち。
でもさぁ。
もしちょっとでもオーラ敏感になってれば、
オーラ気持ちいいこと見つけられたかもっ。
ってオーラ思うの。オーラもそう思うぞ。

オーラ日々をね、
スペース気持ちいいオーラで過ごしたいと思っていて、
オーラスペースファックなオーラにオーラファック!
って言ってたんじゃスペースファックが可哀想じゃんよ。
そういうオーラスペースでね。
生きていきたいなとスペースオイラがオーラスピークしてみました。

現状に感謝するとこれまでの人生がパズルのように組み上がる。

ひょんなことから親交の途絶えていた幼馴染と再開し、
あれよあれよという間に一緒に仕事をすることになった。

といっても全く新しいことをやる訳ではなく、
自分がこれまでやってきたことを活かして協力しあえる形になっていて、
今現在の仕事の方とも一緒になってやっていける。

親父さんである社長も昔から家族ぐるみで付き合いをさせて貰っていただけに、
俺の家の状況を理解してくれて最大限に配慮してくれている。

さらに唯一メカに詳しいという理由で期待を込めて
会社から携帯IS06と、タブレット端末MOTOROLA XOOMを支給して頂く。
正直、両方とも気になっていたものだったので死ぬほどありがたかった。
携帯機種変更を迫られていたので、
これでメインは安心して無料の端末を選択できる。
つまり諸々のあらゆる出費ゼロ!!

神様仏様ご先祖様お母上様
親友方皆々様この場合のおかねを司ったお金の神様
いやもうね、
あまねくすべてに
ありがとうございます

色んな人や神仏や先祖のような見えない力に助けられて、
オヤジの面倒をみながらでも、なんとか良い形で仕事が成立する形になってきた。
これは本当にありがたい状況です。
感謝するというのは跳ね返すということでもあるかと思います。
受動的な能動とでも言いましょうか。
ブログのタイトルでもあるサインオブリアクションとでも言いましょうか。

世界から当たり前に貰いっぱなしで貰うことに不感症になると、
世界の方からそっぽ向かれてしまうんじゃないかなと思いやす。
人もまた同じでしょう。
(突然ハルシオンランチをやりたくなった訳で。)

いや、だからボク言ったでしょー!
どんなに苦しい状況も打開する鍵は自分しか持っていないってー!
それは自分だけの力で全て解決できるって意味じゃなくて、
自分を取り巻く全ての環境に対する責任は自分にあるんだってことだと思います。
ゆえに心と縁を調えれば、自分を取り巻く環境は必然的に改善されていくはず。

素直に今の自分を取り巻く現状に対して
「ありがとうございます」と感謝するのは精神衛生上も非常によろしい。
マイナス方向に思考が傾いていると、
自分を取り巻く素晴らしい現状にはまったく気づけなくなる罠。
これはマジで罠だよ。

俺だって現状を悲観しようと思えばいくらだってマイナスに考えられてしまう。
だがそんな状況の中でも感謝できることは
マイナスな要素をはるかに凌駕する数で起こっていることに気づいたら勝ち。

価値観のコントロール権はあなたにあります。
お金や流通なんてものは物の価値を
ある一定の水準で統一するための規格にすぎません。

そんなものより「縁」というものは本当に大事にしておかないと
自分を取り巻く状況や環境は簡単にいびつになって行く気がします。
「縁」とは自分自身を縁取る最もわかりやすい形です。
心にウソをついた縁を大切にしたままだと心は摩耗していくばかり。

例えば薬物をやっている者同士は集まりやすく、
薬物をやっていない者は本能的に薬物をやっている者を遠ざける傾向にあるそうです。
パーティなどで複数人が同時にドラッグを使うものと、
一人だけでドラッグを使用するものでは、
依存度合いがまるで違うという臨床結果も出たそうですが、
これは人が完全なスタンドアローンの端末ではないということを示しているかと思います。

自と他は空間や電波や精神を媒介にして密接につながりあっていると考えていい。
縁とはすなわちそういうものではないでしょうか。
自分の魂に影響を与えるものでしょうから大切にしたい所なんですけどね。

学校、会社、自治体、多くの場所でいびつな人間関係による軋轢が生まれている。
それは根本的な構造に問題があるということなのだろうけど、
抜本的な解決はもはや不可能だろうということでで半ば解決は諦められているかのようだ。

まるで知らず知らずのうちに
多くの人が「当たり前」という概念に縛られることに慣れて、
世界の根本構造にフタがされてしまっているみたいだね。

追記: 何か大切なことを書き忘れていた気がしたので。

前より少し勇気を持って自分の心に素直に生きてみようとするとか、
たぶんそういうあたりからコンボがつながっていくというか。
変化や兆しを感じられるようになって感度が上がった気分みたいな。

他の人がどうだとか世間ではどうとかもうそういうのはあまり気にせず。
人には常識的なレベルで他人と会話できるだけの人間性と、
相手を自分と同等の人として尊重できる品性さえあれば、
それで十分だと思うんです。

なんというか恐らく仏教的な考え方の順番としてはこんな感じだと。

解脱する為には俗世を離れる必要がある。
それはつまり煩わしい、しがらみからの解放を意味するだろう。
しかし寺社会にも人はおり同志であっても軋轢は生まれ、
再び煩悩の渦中へと放り込まれる。
そこでようやくあらゆる出来事の原因を外ではなく
自らの中に求めることで、
自らの煩悩を断ち悪しき因果を駆逐しようとする心を手に入れられる。

そうすると感覚的にいうと目に見えない壁が立ちふさがってくるので、
そいつらを焦らずゆっくり確実に駆逐していけばいいんじゃないかと。

決してわがままに生きるんではなくて。
銀魂で見た言葉をかりるなら「自分のルールで生きる」
まさにそういう気概を持つ感じで。

世の中のルールなんてものが、いかに大衆に向けたものじゃないかというのは、
今この日本を取り巻いている状況がはっきり証明してしまったのでね。

法や文言が人を縛るのではなく、
人が法と文言の力を借りて
人間性と品性のもとで判断を下すのが人の在り方であって欲しい。

つまり自分のルールも持たないものが
借り物のルールで生きてきた結果が今の世の中であるということ。
これは理解しておかないといけない。

「ありがとうございます」は伝えておかないとね

いやはや、お久しぶりです。
ブログ放ったらかし状態が長らく続いてしまい、
再開するタイミングを完全に見失っていました。 はっはっは。

定期的に見に来て頂いて方々には申し訳ない次第です。

それで、なぜもう一度更新しようと思ったのかというと、
9月5日の朝10時前くらいのことなんですが。
徹夜明けというのもあってハイになっていたのかもしれないのですが、
カーテンを開けて太陽の光が部屋に充満していくのにあわせて、
自分の中で何かがズドンと爆発したような気がして、
無意識というか衝動的に「よっしゃあ勝った!」と言ってしまってからは、
溢れるように「己」が解放されていくような感覚に自分自身戸惑いました。

しかしここ最近、太陽活動が活発だったということを思い出して、
自分の身体にも何らかの影響があってもおかしくないかもしれないと考える。

地球に向けての大規模フレアは
9月7日にX2.1、そして8日にX1.8のものが観測されており、
太陽風がそろそろ地球に到達している頃だろうと考えられます。

個人的な感覚では太陽活動の影響を受けて
身体の状態が変化していると感じることは結構あります。

地震がどうのこうのという噂も絶えませんが、
どれだけ警戒しても強い地震は来るときは来てしまいます、
そんなことよりも降り注ぐエネルギーを自分にためこんで、
感覚を研ぎ澄ましておいてください、
身の周りで普段と何か違う事が起きているなという風なことに気づけるように。

怯えすぎず、うがちすぎず。
大切なのはやっぱり感謝の心だと思います。

自分のサイクルを良き方向へ導く世界の王道ですな。

きっと自分が何に感謝すべきかも自分が知っているはず!




こんなブログですが読んでくださって本当にありがとうございます。
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