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病星のロックスクイーズ -スケトラの章- 第1話

第1話
「存在の所在」


ッ フォッ

凄まじい風の吹き荒れる灰雲海を
一筋の閃光のようなものが駆け抜けた。

それは恐らく、たった今まで月面上にいた彼の閃光だ。

つい昨日まではレアメタルを採掘し、
それをアースボルトへ精製するだけの作業ロボットのコア装置だった。

「多機能型自立思考演算コア」名前を『スケトラ』という。

その彼が今!
「抵抗力中和剤」に包まれ、
月面から地表まで約1.5秒という光速に近い速度で迫っている!

ッゥジュォ ッ

空気と衝突した瞬間に発生するはずの膨大な衝撃を受け止め、
抵抗力中和剤は聞こえない程度の音をあげて霧散する。

「抵抗力中和剤」とはその名の通り。
物質同士の接触によって生じる相対的な衝撃を中和させるものだ。

ほぼありとあらゆる抵抗や接触によって起こる衝撃を中和する。
だが中和剤をこの世界に保持しておける最大持続時間は決まっており、
それは円周率と極めて近似値と言えるだろうという結果が出ている。

3.14159 26535 89793 23846 26433..秒
なぜ中和剤の保持時間と円周率の値が近似値になるのかは分かっていない。

彼らにとってはそれは気がついたらもう既にあったもので。
模倣し復元し複製する設備や能力はあっても、
それを作り出した大元となる時代の情報はこの世界にはなかった。

そういうことだろう。

まず抵抗という現象をどのように解釈すれば、
「物質同士の衝突衝撃」を「物質を媒介」にして「相対的に中和させあい」
「質量の持つ力」を「双極的に違う方向」に「逃がし合って相殺させる」という。
訳のわからない物質を作り出せると言うのだろうか?

「存在」とは既に、それ自体が「抵抗的」なものであって、
「停止への抵抗力」のようなものが生命を保っているとも言える。

言ってしまえば不老不死の秘法とは、
存在本来が持つ「停止への抵抗力」を
活性化させるスイッチを入れる事に近い。

そして 存在 という 本来は抵抗的であるものの外に、
あらゆる抵抗を中和するもの を塗りつけて使用する。

世界の抵抗を受けていない状態の時、
「ソレ」は世界にとって「存在」していると言えるのか?

ゆえに「抵抗力中和剤」は「矛盾の盾」とも呼ばれている。



スケトラは怯えていた。

矛盾の盾の中で。

想像力の根源で。

存在という矛盾に。

自分という存在に。

想像という両義性に。



―ィラ・・・もぅ ダ …っ!―



存在が深遠に消え去るような恐怖。

何もかも冷たい夜にひきずられ。

ここでは全てが停止へと向かう。

声は虚無に吸い込まれてしまう。

この中は停止している。

そして、もう二度と・・・



ドボォオオオフォッ ッ!!!!!


目の覚めるような風が吹いている。

スケトラは演算コアであるにも関わらず、
先程の瞬間の中で自分という矮小な実感を初めて自覚した。

素直に。

空虚を埋めるように動き回り、
掻き回してくれる風が、音が、嬉しかった。
その撫でてくれるような感触だけが
確かなものと錯覚してしまいそうにさせた。

最終接触物質である中和剤自体への衝撃は
完全に消し去ることはできない。

その為なのか抵抗力中和剤は
物質自身がその効力を失う寸前に、
相殺しきれなかったエネルギー残滓を熱として放出する。

ジュォッ ッウッ

一瞬、煙が立ち昇る。
だが、それだけ―

スケトラが命を振り絞るように叫んだ声など、
たった今、ここで消え去ろうとしていた存在の可能性など。

吹き荒れる凄まじい風が、
たちまちのうちに何もかもを掻き消してしまっていた。
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よう世界

俺ルール:
幸せ手帳というカテゴリの中では、
この先に起こって欲しい出来事を書いていいこととする。
すると どうでしょう 未来はその想いに応えてくれるようです。


バッドエナジーな記事を書いたまま寝たら、
何か良くないような気がするから何か違うことを書いておく!

無理してるように振舞うのもよくないので、
フラットな感じで幸せを呼び込みますよ僕は。

まだエントリーしていないが4月18日にライブをやる予定です。
メンツはどうなるかまだ分かりませんが。
次はライブハウスとかでもやってみたいなとか思ってます。

色んな所へ音が飛び散って、
いつか色んな意味を持つといいな。

100年後でも200年後でも聴けるような音楽をやりたい。
言葉は壁じゃない。
世界に壁はない。

俺は今の自分の中にある幸せを忘れるような愚か者じゃない。

壁は心がつくる。
その壁は一人では壊せない。
だから他人が必要なんだろう。

一杯助けて貰ったからな。

俺も誰かの壁を壊す手伝いができていればいいなと思う。
そういう世界が続けばいいと思う。

ライブってのは生きるってことだ。
生きるならせめて、楽しもうぜ。
それが音楽ってもんだろうワールド?

だから、良い方へ転がれ。

よし、やった!!
転がった!!
いえーい!

だれのせいでもないからきつい

ふぅ。
心筋梗塞から辛うじて助かった親父の見舞いに行くと、
手術の後遺症なのか意識混濁、せん妄状態。
昨日はもう少しマシだったんだけど。

まあ予想としては、
良くなったり悪くなったりを繰り返すだろうと思っていたんだが。

気力も回復し、自分で歩き回れるようにまでなっていた。
キリコ・キュービィかと思うほどの異能者っぷりだ。

しかし頭が駄目だ。
何を言っても言う事を聞かない。
恐らく不安やら不満やらが精神を圧迫しているのだろう。

去年のこの時期に親父は肺に水が溜まり、
結果的には数分間の呼吸停止になって死にかけた。

命は助かったものの、
意識は混濁、頭が混乱するようになった。
その時とほぼまったく同じ症状。
さらに元来の気質のせいで余計に面倒になる。

つまりワガママが止まらない。
大声をあげる、暴れる。

一般病棟にうつって二日目。
すでに看護婦さん達が音を上げはじめた。

以前のときはそれが原因で術後、
一ヶ月たたないような状態で無理やり退院させられ、
頭がおかしい状態の親父を家に連れ帰ることになった。

結果。
家の外を裸で歩き回る、ボヤを出す、家中ひっちゃかめっちゃか。
夜通し叫び続ける。

俺はノイローゼになり自殺するか親父を殺すかで真剣に悩んだりもした。

もちろんその間、何もしていなかった訳じゃない。
親父を受け入れてくれる精神病院を親父を連れて探し回った。
奈良中をまわったが人工透析を必要とする上、
色々と面倒が多い患者の為ほとんどの病院が受け入れ拒否。

それでも時間が薬になり徐々に頭も回復しはじめた頃になって、
ようやく受け入れ先の病院がみつかり親父を精神病院に入院させた。
約二ヶ月程度。

そして退院したのが去年の7月。
約半年程度でまったく違う病気で同じ状況に。

今回も無理やり退院させられたら
次は俺が倒れるだろうってことは明白。
そうなったら誰が親父の面倒を見るんだ。
今だって結構ギリギリでやってんだよ。

ということで。
看護婦さんには前もって
同じような状況で以前に入院していた病院名を言って、
もし面倒が見切れなくなったらそっちに転院させてくれと告げた。

去年の時の病院では『一旦退院してみて様子をみましょう』
と医者に言われて家に連れ帰ったら、
さっき書いたような状態で、あわや大火事になりそうになった為、
もう一度入院させてくださいと頼んだら
『歩行も会話もできる人間を入院はさせられない』ときた。
それなら最初からウチでは面倒みきれないんで、
退院するか違う病院を探してくれと言ってくれ。

イヤだ。
もうあんな日々は勘弁だ。
本当に勘弁だ。。。

ふぅ。

・・・寝よ。

おきたらいつもの元気なボクだからね!
(※いつもそんな感じじゃないよ!?)

病星のロックスクイーズ ~幕間 イプスウェルメモ~

[ロックスクイーズとは何か?]

認識の深度が量子という領域までに達したとき。
我々は自然とその量子的な無限世界と繋がることができるようになった。

望めば手繰り寄せられる、個人にとってのエゴの宇宙。

しかし個々人同士の世界の融合は
混沌とした編み合わせによって上手く均衡をとることが難しい。
非常にバランスの不安定な矛盾した状態世界だ。

その矛盾を支えるように両義の逆位相があって。
つまり「あちら側」のような世界があるとするのならば。
そのあちらとは我々が認識する深度の深さの層だけ存在するはずだ。

生きるというのは矛盾であって。
生物は死を食らわねば生きられない。
これは世界そのものにも同じことが言える。
生物や植物の死によって育まれる山と海。
または想念の宿る肉体を燃やし、
その残滓を風に振りまいて溶かし空を満たす。

我々は知らず知らず、
そうした量子的想念のような仮定物質を、
個人という世界が抱えうる情報として
蓄積していってるのではないのか?

遺伝子的な情報が、想念的な情報が、
肉体という体内に取り込まれて混沌の渦となる。

種の存続とは遺伝子情報の量子的な増大を目的としているのか?

だとすれば、この世界の時間概念と量子的なかけあわせによる、
「無限情報集積体」的な状態は存在するはずだ。
あえて蜘蛛の巣が張ったような言葉を使うのなら、
この世界を作って監視しているような存在の可能性についてだ。

恐らく、そのような者たちが存在しているとすれば、
我々の軍事レベルでは戦争どころか、
量子的時空変動兵器のようなものを使われ、
全てを「無かった」ことにされないとも限らない。
武力は未知の力に対しては無力だ。

ゆえに我々は彼らと対等に対話するために、
さらなる認識の深度を獲得する必要性がある。
そして恒久の命と複数の知性。

ロックスクイーズはそれらの礎となる技術になるだろう。

惑星の大地をエネルギー源とした、
人と常に共にあり続けた、混ざり合った力そのもの。

混ざり合った複雑な意識こそが扉を開く鍵となるはずだ。

無限への。

いや虚無への、だろうか?
それらは同質のものだろうか。
両義的なものであろうか。

では世界の太極とはどこにある。

おそらくそれは「俯瞰」だ。
定点観測ではない意識的な俯瞰が必要だ。

無限と虚無の間、肉体と精神。
それら陰陽が和合したものを魂と呼べるかもしれない。

連邦環境保全大学 犬神研究室
セブンス・ヘッドウォール・イプスウェル

爆春

今日は雨、肌寒くもある。

しかし、暖房をつけないで一定時間過ごすと、
身体機能が活発化するのか、
内部から暖まってくるような気がする。

まあ銭湯に行ったんで、その残滓かもしれませんがね。

冷房は頭が痛くなるので苦手で、
暖房は空気が乾燥するので苦手です。
加湿器も買ったんですが、
水の継ぎ足しが面倒で結局冬場にはあまり活躍しなくなってしまった。
無駄遣いをしてしまったのか…
くっ!

でも寒いのも熱いのも得意ではないので、
慣れてみるように努力してみようと思います。

もうそろそろ心地よい風が吹き始める季節です。

俺の中の音楽を「春」のようだと言ってくれる人たちがいた。
「イメージ」や「色」や「世界」を感じると言ってくれる人たちがいた。

もしそうだとしたら、それは本当にうれしい。

「春」には不安や希望がない交ぜになって、
しかしそれでも美しい景色や心地よい風が吹く。
世界が祝福してくれているようだ。
けれど時折、冬の名残のように冷たい風が吹き付ける。
世界が教えてくれているようだ。

「はじまり」とはいつもそういうものなのだと。

人が抱える不安や希望は世界に現象を引き起こす。
逆だって構わない。
世界が現象を引き起こすから、人は何かを感じる。

色やイメージや世界とは、
多分、俺が世界をどう捉えているか?
ということであって。
それが他者の中にも漠然とした形で伝えられたなら。

俺にはこれ以上のコミュニケーションはないだろうと思う。

言葉では伝わりきらない部分を言葉で。
そしてメロディで魂の編み合わせで表現できたなら。
それができる可能性があるのなら。

まだ遠い世界を見つめていける。

他者に認められるということが、
どれだけのエネルギーを貰えることか。

そして他者を認められるということで
自分がどれだけのエネルギーを貰えることか。

これまでに俺が溜め込んだエネルギー。
もう臨界寸前なんだ。

どうなるかはわからない。
しかし幸せだ。
幸せが爆発したら世界はどうなるんだろう。

不安もある。

俺の手相には妨害線がたくさんある。
けれど、俺はこれまでに少しずつだけど、
まだまだやれることはあるし、
自分に甘えている部分もあるけど。
希望に向かって進むための壁を越えてきた気がする。

自分で自分を認められる人間になるには、
世界の多くを認めていくしかない。
納得できない世界の景色を見つけたなら、
自分の中の歪みを見つけて、なんとかできたら。
誰かに自分を認めてもらえるようになるんだ。

そしていつかはそんな自分を認められるような人間になるため、
いつだって今の自分のレベルに納得しないように生きるしかない。
そんな気がする。

今日は雨、
身体中から暖かいものが溢れてくる感じがする。

YOSHIOO機能更新

あ、またYOSHIOO関連の話題になりますけど、
トップページのランキングがこれまでURL表示だったのが、
ジャンプ先のサイトタイトルの表示になりました。

さらに自動でYOSHIOOが起動するので、
確実に操作性がアップしていると思います。

もし興味があれば一度ご利用してみてくださいませ。
もちろん利用は完全に無料、かつシンプルなので!

[ YOSHIOO ]

すずしいほし

すべりおりていく

するする

すとん


すると


すべてが

すばらしい

すてきなすてきな

すみかとなりました


すきだとおもえるよ

すずしいかぜがふいている


すてられないおもいでがあるんだ

時は来た、それだけだ。

なんだか大きくパズルが整いだしている気がする。
自分がやってきたこと、これからやろうとしていること、やりたいこと。

その全てが大きなうねりとなって、
良い形で俺個人という人間と世界の均衡になる気がする。
これは何かあるような気がする。
というかあるだろうし、そうしていく。
そういう気概を持って動く。

まず本日、岡田斗司夫さん主催の「ひとり夜話」というイベントに参加しました。
それはオタキングexという岡田さんの新しい会社の説明会も兼ねていた。
もちろんそれを知ったから急遽チケットをとってイベントに行ったんですが。

結果としては俺も社員にさせてもらうことになった。

社員さん達の物腰もすごく良かったし、
何より一緒に仕事をしてみたいと思わせてくれる雰囲気があった。

色んな説明を聞いた限りでは、
理念は今俺が参加させてもらっているFuwarinとかなり似ているかもしれない。

もちろんFuwarinとの掛け持ちも可のようだ。
むしろ協力しあえるような形になるかもしれない。

重要なのは岡田さんという看板のもとに、多くの人材が集まっているということだ。

まだまだ伸びていける気がする。

YOSHIOOもこれからもズンズン進化していく予定です。

もっと個人的な事で言うと、
4月15日にはオリジナル曲のライブも控えているから練習しなきゃだし。

あと関係ないけどTwitterをやっていると嬉しいことが起こるもので、
俺が大好きな絵を描かれる安倍吉俊さんという方が俺をフォローしてくれた。
Serial Experiments Lainや灰羽連盟や
リューシカ・リューシカを描いておられる方だ。
こういう喜びはTwitter独自のものだよなぁ。

追記:RIDEBACKやスコペロのカサハラテツローさんからもフォローを頂く。
なんだこれは?漫画好きで良かった。自分が動くと世界も動く!

今回の岡田さんの呼びかけも、
ここ最近全然やっていなかったのに、久々に再開してみたTwitterで知った。

引き寄せているのかな。
良い世界を。
だと良いな。
みんなにとってもいい世界がいいから。
全てを幸せにしたいなんて思わない。

でも周囲の人が笑っている輪が広がっていくのを想像すれば、
少なくとも今よりは良い世界に行けるはずだ。
精神論だけでなく、それを確固たるものにするためには、
やっぱり人は動かなくてはダメだ。

親父も心筋梗塞から一命をとりとめて、
今は意識は混乱しているが会話はできる。
まだまだ退院という段階ではないが、
虫の知らせですぐに病院に連れていかなければ
親父はそのまま死んでいたと思う。
これもすぐに行動したから出た結果だ。
色んな人の助けがあって今、親父は息をしている。
俺だってそうだ。

だから溜め込んだ気を滞留させずに世界に還元しなくては。
そして、それに対しての世界からの反応はたぶんとても素直だから。
自分の中に悪いエナジーがあると感じるならば、
世界の力を借りてそれを処理して、
良いエナジーを取り入れてあとはそれを世界に還元。

なんとなくだが行動や人生の意味が見え出したかもしれない。
変革はやはり近い。

だが気を緩めるな。
油断するな。
懐疑せよ。

それでもダメだったら俺ってダメだなぁと笑い飛ばそう。
でも、そうなる時はたぶん世界自体がダメになってる時だろうなw

俺の人生が多岐に渡り始めました。
でもこんな所で止まるつもりもないんです。

とにかく行動。

行動は良い。
すぐに結果と出会える。
思索も悪くないが、どちらも伴ってようやく一歩だろう。

ここに気付くまでかなりモラトリアムな人生を歩ませて頂きました。
だから世界に恩返しができればいいなと思う。

時は来た、それだけだ。

エロは害悪

基本的に生殖活動のことしか考えられない生命体が、
エロが害悪だという自意識を獲得すること自体が
不自然なことだとなぜ気づかないのだろう。

空想を制約する力は神仏ですら持たない。

人物がそれをするというのなら、
まずは現実にある矛盾と向い合ってみろ。
神様気取りはそれからにしてもらいたい。

地球の人口が激増しているのはエロいからか?
日本の出生率が下がっているのはエロくないからか?

日本の少年犯罪の少なさは世界と比較すれば凄まじい。
ではなぜ日本の少年犯罪は減少しているのか?
欲望の捌け口として創作物があった可能性は否定できない。

どれも一面的な角度から答えを出すことなどできない。
それなのに同じような意識を持った者たちが徒党を組むと、
さも正義を獲得したかのような顔面で能書きをたれる。

お前らは陰茎から射出された精子が、
子供に見せたくないランキング第1位の穴の奥に到達して生まれたのだ。

大人になってから獲得したような浅薄な知性で、
聖人君子を装った言葉を使って表現をないがしろにするんじゃない。

こうあるべきだというエゴの青少年像を求めるのなら、
青少年たちが望む大人であろうと努力しろ馬鹿者が。

自分という複合体。

明日は軽い気持ちで就職活動。
まだどうなるかはわかりません。
ただある程度は興味と懐疑をもって飛び込むつもりです。

The Brand-New Bottom Lineの一員として。
そしてfrom Ghostnotesである自分の音楽も。

Fuwarinの一員としてYOSHIOOをないがしろにするつもりも皆無ですが。

新しいフィールドへ踏み出す勇気がなければ、
新しい自分を獲得できない。
それがどんな自分であれ。

それらはすべて自分です。
オノレです。
いずれまとまっていくはずのものだと思えます。

動くことで何かが変わればいいと思う。
良い方にでも悪い方にでも。
悪い方に変わったなら良い方に向かおうと努力しよう。

一人では何もできないから、
だから我々は社会的な動物なのだろう。

一人じゃなくてよかった。
そして個体として一人でよかった。

だからこそより良い明日を求めるのだ。

たどたどしいことば

涅槃のうず

うずうず

じっくりことことがとまらない

ぐるぐるぐるぐる

二重螺旋の光速交錯

時間の可視化

おもいのままに

宇宙の形と意識の形

新しい感覚の扉が開く。

まだ広がりを見せていく虚無のむこう。

生戦

いずれにせよ、続けねばならぬ。

それに伴なう矛盾を、秩序とする。
さすれば世界は、均衡を保つために流動する。

矛盾によって秩序は生まれ、
秩序というゆがみから混沌は渦となり湧きいで世界と混ざる。

宇宙とはその顕れだ。

広がり続け、回り続け、枝分かれし、
運命を虚無に蓄積していく。

蓄積された虚無と無限が宇宙を広げ、
天のカーテンに包まれた地球は、
その宇宙を広げる為のエンジンの一つになった。

それゆえに続けねばならぬ。

いや。(反転)

なぜ、続けねばならぬのか?

この矛盾し、争い、甘んじ、
そんな中で笑い、愛しあうことでしか日々を超えられぬような。
幸せが続くことの難しい世界を。

虚無が獲得したものは無限だ。
互いは矛盾しながらでも寄り添いあうことで世界の均衡をとった。

故に。
均衡のとれた虚無と無限のバランス感覚を養うがように、
我々という宇宙全体の群体は考え続けるのだろうか?

陰陽は和合せしめんが為に両義的に互いを支え合う。
撚り糸のように複雑な一本となる。

人が撚り糸のように完全に左右対称とならないのは、
異なる撚り糸同士を糾えあうように生まれるからだ。
それゆえに魂は複雑に編み上げられていく。

ならば繰り返すよりも、
愚かを認め、より自分に素直になれる世界を求めたい。

笑って「ありがとう」と最後に言える人でありたい。

その為には。

いずれにせよ、続けねばならぬ。
しかしそれはもう終りに近づいている。
新しい世界の門は開いている。

あとは行くだけだ。

勝鬨が聞こえる。

アベニールをさがして 読了

うーん、まずどこから話せばいいのか。
というかまだ一度しか読んでいないので正確に把握できていない所も多いはず。
当然これから読もうと思っている人にはネタバレになるので気をつけて下さい。

・ミノフスキー粒子と非ガンダム世界
アベニール世界にはミノフスキー粒子が出てくる。
つまりガンダムと同じ世界なのだろうと最初は想像して読む。
しかしどうやらロボットや宇宙の事情が、
ガンダム世界とは少し違うぞということが分かってくる。

アナハイムも登場するし、
コスモ・クルス教団の存在はF91との関連性も予期させる。
1st方面のガンダムではなく新しい宇宙世紀世界を構築したかったのかもしれない。
F91方面のガンダム世界につながっていく前史的な世界なのかもしれないし、
単純に製作時期を考えるとF91的な要素をフィードバックしたとも考えられる。

そして好意的に解釈するなら00は、
富野や安彦や他の多くのガンダムを踏襲した上で、
IF的なガンダム世界を構築した上で作られたものだと思う。

F91のMS的な意匠のものも登場するし。

インティパやインスパイアーエンジンといった技術は、
おそらくガンダム世界では発見されていなかったものだ。
F91の世界でもそれがあったかというと微妙なので、
すべてパラレル的であると考えるのが自然かもしれません。

・新たなSF概念インティパ
元ネタというか概念自体は参考にしているものがあるようですが。

インティパ効果はガンダム世界で言うところの、
ニュータイプ的な反応に近い現象を起こします。
ガンダム00でいうとダブルオーライザーのトランザム現象に近い。

つまりアベニール世界はガンダム世界をよりSF的な設定で構築しなおした、
いわば「今ならこう作り変える」という世界なのではないだろうか。

インティパとはおそらく、
生命体の意思や想念に反応する極小粒子だ。
ブレンパワードの「オーガニック的な何か」にも通じるかもしれない。

アラフマーンのように小型インスパイアーエンジンを搭載した、
インティパを凝縮して空域に散布する機体は、
強力でしかもガンダム的な世界表現を可能にする原理のメカだ。

・陰謀論と状況の錯綜
さらに陰謀論のような話題も登場して、
状況や立場がめまぐるしく展開していく。
スターウォッチャーのネットワークや、
スターバスタープロジェクトや、サージェイ。
ネフポとネオ・フリーメーソンの関わりあい方。
どれも陰謀論、現実、仮想未来を上手く絡めてまとめている。
それが可能なのは登場人物の心理の振り幅が人間的だからだとも言える。

スターバスタープロジェクトの中でも違う目的を持ったものがいて、
各集団がそれぞれの思惑で動いて状況が変化していく。

特に主人公がいる部隊が混成されていって
中間的な立場になるのはまさしく富野といった所。

ちなみに00のソレスタルビーイングは、
このあたりの状況の作り方が非常に似ている。

・関係の交錯
サージェイ内での独自の自意識を獲得している笛吹慧と、
敵対するコンラッド大佐配下のゲイズ・カレッカの男女的に惹きあう関係性や、
アウトサイダーなフール・ケアと笛吹慧の関係性。

他にも様々な交錯があって劇の流れと共に、
人間的なドラマが必ず進行していく。
富野の小説の場合、表現が非常に直接的になるので、
合わない人は合わないかもしれませんが。

本当に様々な組織が登場して、
それぞれに現場レベルでは行動理念が違うというのは、
組織と個人の意識の統率の難しさを丁寧に描いているなと思う。

その上で個々のパーソナリティまで掘り下げて関係性を作る。
これを見事と言わずしてなんと言おう。
フール・ケアはなんとなく
手塚治虫の来るべき世界に登場する「ポポーニャ」に近い気もする。
富野自身ポポーニャに対する思い入れは相当なもののようだし。

・総括
読み易い、面白い、富野。

ワレ

そうか。

自分とは「我」、すなわち「割れ」だ。
「自己」という己を割ったものが「自分」であろう。
他者の中にも自己の中にも存在する中間的な概念体。
しかし確実に「自己」の一部である「自分」。

「ワタシ」とは「自己」と「自分」の「渡し」であるのか?

己とは「ミ」であり「コ」である。
つまり「身」であり「観」であり「実」であろう。
「個」であり「児」であり「呼」でもあろう。

自己とはそれら分かたれたものの集約だ。

「己」が「ミ」と「コ」であるということは、
「己」=「ミコ」という二重の意味制をとれるかもしれない。
「ミコ」に「神子」という文字を当てられるとすれば、
「神子」とは「ミ」であり「コ」である性質の特化を言うのだろうか。

つまり「身」であり「観」であり「実」であろう。
「個」であり「児」であり「呼」でもあろう。

ともすれば「未」であり「去」でもあろう。

そして「Call Me」もまた「コーミー」で、
「私を呼んで」という「ミ」と「コ」に近い言語感覚かもしれないと思える。
そして「私を見て」という風に解釈できなくもない言葉でもある。

当然、言葉とは他者が存在しなければ生まれることないものだ。
しかしそれにしても言語間を飛躍した
重複した意味を持つ言葉が世界中には多すぎる。

言語を飛躍した音韻による意味制の重複は、
言語や民族はもともと一つに統一されていたかもしれない、
という可能性を感じさせる一致である。

そして今現在「我々」が「我割れ」という群体として、
新たな社会構造体を形成する役目を背負わされているとするのならば。
恐らくそれは言語統一という文明を持ってしても、
理念や思想統一は果たされなかったということだ。
少なくとも過去には。

だが未来には。
「ミコ」にはまだ可能性が秘められている。
己とは「自己」であり、
おそらく自己とは「時己」であろう。

「未」と「去」を「時己」に。

散らばり拡散する意思を、
編みあわせて穏やかな自己を獲得することは難しいことだろうか。

「互」という自が示すようにお互いが不均衡にでも、
支え合って認め合える形を探ろうとすれば、
それは「字」となり「地」となる。

「字呼」を「地児」を、
「自古」を「自凝」を「自児」を「自呼」を。
「自故」を。

認めていければ「自分」は「自己」へと統一させられる。
それは簡単ではないかもしれないが、
決して難しいことではない。

他者がいてこそ己がいる。
自らの名を呼んでくれる人がいて、
初めて人は人になれる。

過去は多くのことを教えてくれるし、
未来は多くのことを思わせてくれる。

今という一瞬が無限につながっているという確信がある。

吾が悟りに至るまで。
「吾」の「五」と「口」とは「五感」と「言葉」であろう。
「五」はそのまま「五感」と捉え、
「口」はおそらく仏教用語的に「言葉」と捉えたい。

「言葉」は「言の葉」であり「事の端」だ。

「五感」は「互換」となり「語感」によって伝えられる。

「口」は伝え合い、分かり合う重要な器官でもある。
「伝える」とは「人」が「云う」ことであるし、
「分かる」とは「理解」する、
つまり「理(ことわり)」を解くということだろう。

「我」という字を割っていくと、
「丸」という字に似たような字が現れるなと思った。
俺の「円山」の「マル」は本来「丸」なのだが、
あまりマルっぽくないので好きじゃなかったのだ。

しかし「我」の中に「丸」があるなら、
なんとなく納得はできる気がする。
丸っていう字にあれやこれやと一杯付け足して、
身動きが取りづらそうだ。
不自然な気がする。

当面はやっぱり円山っていう表記でいきますよ。
下の名前は親がくれたもんなのでそのままにしておきますが。

やっぱり「ワレ」とは、「吾」って感じがするな。
今のところ。シンプルで身軽で在るが儘って感じがする。
相手に対して「ワレ」や「オノレ」や「ジブン」というのは
本能的に他者が自己と同質の存在なのであると認識しているからではないか?

「悟り」の「吾」のよこにあるのは立心偏。
心を表す文字だ。
心とは一人では肥やすことのできないもの。
心が立つまで人は赤子のままだ。
吾とは幼きものだ。
「悟り」とは「吾々」の中から獲得しうるものなのだろう。

「話」によって「和」はなるのだと
「環」になった世界は教えている気がする。

自分の名前にマルが入ってるんでそう思うんでしょうかねぇ。

機動戦士ガンダム00 と アベニールをさがして を見て。

アベニールをさがしてを読み終えた。
それと並行して機動戦士ガンダム00を見た。
(正確には00はまだ見ている途中で、あと3話程度残っているが。)

後日どちらも感想を書くつもりだが、
いやはや富野御大の凄まじさは言うに及ばずだったが。

水嶋演出×黒田脚本というのは非常に相性が良かったのか、
個人的にはガンダム00の評価はかなり高い。
よくぞテレビシリーズのガンダムや、
原作者の富野作品を踏襲したやり方で新しさを出せたなぁと素直に感嘆した。

富野信者のようなものなので、こういう言い方をさせてもらうが、
非富野ガンダムの中では個人的には非常に評価の高い作品だと思う。

「アベニールをさがして」についてもまた詳しく描きたいとは思うが、
当時の富野の精神状態まで辿れるかのような作品になっている気がする。
富野自身はそういった部分を嫌うかもしれないのだけれど、
作品、特に小説のようなジャンルにおいては、
そうした部分というのは映像作品よりも如実に現れてしまうはずだ。

それでもあらゆる距離感の取り方が
初期のガンダムを書いた時と同一人物とは思えないほど絶妙だ。

あと個人的には00とアベニールってかなり似てる部分があると思うんですよねぇ。
ダブルオーライザーのトランザムと、
アラフマーンのインスパイアー・エンジンによって引き起こされる現象とか。

原理は違っても起こる現象は凄く似ている。
これって00のスタッフがその現象ありきで、
原理を置き換えてSF設定作ったとしたらSFのセンスはかなり良いです。

緻密に丁寧に作られたものを評価するようになったのは、
自分が多少さかしくなってしまったからなのかもしれないなとも思うのですが、
アニメにおいてこれは非常に重要な積み重ね方だと感じるので。
やはり個人的には好感の持てる作り方でしたね。

では詳しい感想はまた後日。

父生還、僕静観。

本日、というか
もう昨日の話ですが。
父の心筋梗塞の為の冠バイパス術という手術が無事成功しました。
多くの方々の協力があって、父はなんとか生還しました。

「僕にできたことと言えば静観だけでありましたが。」

生還にかけて上手に言えたかな?
まあ精悍な顔立ちで言ってると想像してみてください。
(少しだけ面白くなります)

まだ親父の意識は戻っていませんし、
後遺症がないとも限りませんが、
とりあえずなんとか命は長らえることができました。

たぶん色んな力が助けになってくれたんだろうと思います。

ありがとう。

イースvs.空の軌跡 オルタナティブ・サーガ

7月29日にPSPで現在の日本ファルコムの二大巨塔、
イースと空の軌跡のキャラがコラボレーションする。

複数のキャラを使い分けて、
フィールドの敵とリアルタイムに戦闘ができる。
出来の良かったYs SEVENの戦闘システムで、
両作のキャラを使用してプレイできるのだろう。
対戦的なものがメインの場合、
友人にPSPを購入させてプレイしなければ…

Ys SEVENシステムでの空の軌跡チームの動きにも注目したい所。
あいつらをグリグリ動かせたら楽しいだろうなぁ。
本編ではさほど活躍できなかったジンさんや

そして英伝7はどういう戦闘システムになるのだろうか。
大変興味深い所だ。

意味 ver.2010/02/07

2010/02/07 Pickさんにて。
以前にもアップした曲ですが、
編成が違うので違うバージョンということで、よろしくお願い致します。



意味
作詞作曲:円山寛貴

声のない世界に落ちていって
水の音しか聞こえなくて
意味のない言葉を交わしては
気付かぬまま剥がれていた

沈む夕日の中に
幾つの星が隠れているのだろう?

意味なんてない 意味なんていらない
好きな人がそこにいるのに
抱きしめたい それだけだって
叶わないなら 意味なんていらない

透明な闇の中はひどく
居心地よく僕の心揺らす
鳴り止まない雑音はもうなくて
剥がれおちた欠片を集めてた

消えそうな命と
消えた命どちらを救えばいいの?

意味なんてない 意味なんていらない
大好きな人 救いたいのに 
そんなことは 叶わないのに
叶わないなら 意味なんていらない 意味なんて…

意味なんてない 意味なんていらない
好きな人がそこにいるのに
抱きしめたい それだけだって
叶わないなら 意味なんていらない
意味なんていらない 意味なんていらない

メンバー編成
ギターと歌:円山寛貴
ベース:中村頌
ドラム:岡本建太郎

クロスタイム

2010/02/07 Pickさんにて。
記載している歌詞とは違う歌詞で歌っています。
有体に言えば歌詞を間違えていますがそこはかとない愛で許してください。



クロスタイム
作詞作曲:円山寛貴

正解の反対の方は不正解かな?
僕たちの正論は違いすぎて遠くなる

それでも世界、すみなれた世界

風鳴りの詩も海鳴りの詩も
鳴り止まぬ街の喧騒も。

世界の反対の方から足音がする
僕たちの距離は近づいて交差する

ようこそ未来、すべからく去来

たちまち立ち回りできなくなって
立ち尽くす
そして、やまない雨

クロスタイム

知らない時間を思い出していく
あちらにとってこちらは未来
過去も未来も、どちらも同じだ。

世界の反対の方はどんなトコかな?
僕たちの距離は近づいて交差する

ようこそ未来、ぼくたちの由来

心臓の音が裏返るように
焚き付ける
そして、やまない雨

正解の反対の方は不正解かな?
僕たちの正論は違いすぎて遠くなる

それでも世界、すみなれた世界

ふわふわするであいのなみ
すれちがいつづけていく
ひかりあふれみちていく
おもいではふたつのいのちだ

立ち止まり過ぎ去る時間の交差
立ち尽くせ
そこは、やまない雨

世界の反対の方はどんなトコかな?
悲しみもむこうとハンブンコ

だからこそ笑顔、ささえあうエゴを。

メンバー編成
ギターと歌:円山寛貴
ベース:中村頌
ドラム:岡本建太郎

ビビリナイト

2010/02/07 Pickさんにて。
記載している歌詞とは違う歌詞で歌っています。
有体に言えば歌詞を間違えていますがそこはかとない愛で許してください。



ビビリナイト
作詞作曲:円山寛貴

雷鳴とどろくダイナミズムは
言葉を散らすカミナリズム
会話にとまどうタシナミズムは
カミノセイナリの言い訳ズム

夜の空にまたほら閃光が走るよ
それとともにコトバがうまれる

星々の海はカラフルだから夜空で眠れるようにと
ロマンティックな薄闇のヴェールかけてくれた優しい宇宙

闇を切り裂くイナズマイズムも
大地に根付くコトワリズムに
対人恐怖とはつきあわざるを
えなきゃならないシカタナイズム

次の神の鳴き声が聴こえるまえに
見慣れぬ夜の街の色が見れるよ

人々の街はカラフルだからイナビカリで染めてあげるよ
まともに人と話せない君のためだけにおきたハプニング

怖がる君を抱き締めてみる
「心配ない」とオビエルナイト
二人を繋ぐたびに静電気
暗い部屋でパチパチと散る

メンバー編成
ギターと歌:円山寛貴
ベース:中村頌
ドラム:岡本建太郎

スーパーアーティスト大戦

実は行けるかどうかは分からないが、
4/19「大槻ケンヂ&三柴理 デビュー22周年記念ツアー!」
5/9「新居昭乃 弾き語りLIVE TOUR 2010 "Little Piano"」
(これは行ければ2days両方行くかも)
6/27「筋肉少女帯 (おそらく『蔦からまるQの惑星」ツアー)」

とりあえずここらは抑えた。

さらにまだ未定ではあるが、
大阪で7月にあるJAM Projectのライブにも行くつもり。

もちろん奥井亜紀のライブが発表されればそちらにも行きますし。

それと並行して今年は
自分のライブも色々とやれたらいいなと思っています。
ただ俺はあまり野心を持って動くと、
運命的に妨害にあうっていう性質があるようなので、
なんとなくふわっとやろうかなぁーくらいに思っておきます。

先日はB'zのライブにも久しぶりに行って、
お金もかかっててエンターテイメントとしては満足したけど、
もっと意外性のある曲とかやって欲しかったなぁ。
個人的にはLove is deadの時が一番盛り上がったな。
やっぱThe 7th Bluesは俺に取っては重要なアルバムだ。

そういえばアニメロサマー2009では、
大槻ケンヂと絶望少女達が、
まあいわばJAMメンバーとも共演したりとかしたらしい。
共演といっても一緒のイベントに出演しただけだろうが。
それでもそういうイベントは音楽の祭典として面白い。
一つのアーティストのイベントだけでは味わえない、
音楽本来のお祭り感が演出される気がする。
しかもオーケンいわくここ最近ではベストアクトだとか。

さらに大槻はユニコーンのEBIちゃんとかと一緒に、
WAO!のカバーやったりとかしてて面白い。
テッシーが日本印度化計画に参加して一緒にやったりもしたみたいだし。
やっぱユニコーン再結成には筋肉少女帯が一役かってるきがするな。

特撮と筋肉少女帯のジョイントもみたいが、
いつかユニコーンと筋少のジョイントなんかも見てみたいものだ。

民生は民生でLAZYの方で影山とのつながりがあったりするし。

ランティスの最近の動きを見ていると音楽業界で
スーパーアーティスト大戦を実現させようとしている気すらするw
今のところアニソン関係ばっかりだけど、
もう今年JAM Projectはオリジナルアルバムも出すし、
いつの日か壮絶な音楽フェスティバルが見れるかもしれない。

スパロボ好きはそういう妄想ばかりしてしまうのよねw

でもオーケンのWAO!は見てみたいし、
日本印度化計画inテッシーも見てみたいな。
映像化されないもんか。

新居昭乃ライブのリクエストが反映!?

今年の5月に新居昭乃の弾き語りライブが大阪である。
当然チケットはゲット済みだ。

しかし色んな人が歌って欲しかった曲のリクエストから、
歌う曲を選別してくれるというのはこれ以上のないファンサービスだ。
当然、人気の高いものだけじゃなく、
やってみて良さそうなものを選択してくれるだろうという信頼もあるので、
もし投票制のようなものでも一票を投じる価値があると考える。

ブログの記事読んでる限りだと、
『覚醒都市』やってくれるっぽいなぁ、たまらん。

個人的には以前の大阪ライブで聴けなかった
「月よ凍れ」「星の雨」「Orange Noel」
「白昼夢」「神様の午後」「砂の岸辺」
あたりがもし聴けたらもうそれ以上の幸せはないかもしれない。

ああ5月待ちどおしや。

ラッコ

ラッコになりたい

なぜラッコになりたいか わからないから

ラッコになりたい

ラッコになったから こんなラッコになったんだって

ラッコにならなかった ナラナラッコにわからせたい

ココロからなら ラッコなココロ に なれるから

カラダもラッコになれるよラララ

近親心筋梗塞

今日、親父が心筋梗塞になった。
人工透析から返ってくると言動が朦朧とした感じで少し心配していた。
胸が痛い苦しいというので急いで再び透析をうけている病院につれていった。

一度血圧が40まで下がった。
つれていくのが少しでも遅れていればアウトだっただろう。

親父が欲しがっていた車購入の手続きが済んだばかりのことだった。

親父は今はICU。
もう何度目のICUだろうか。

なんだか慣れてしまった気すらする。

どうやら手術が必要らしく
手術が成功する確立は50%ほどだそうだ。

そうか。

できることならせっかく買った車に乗せてやりたいな。

PlayStation Move

以前から発表はされてたけど、
PS3の新しいコントローラーはほとんどWiiだよなぁ。
いや今度のはそれよりも凄いかもしれないけど、アイデアはWiiだ。

ハード信者じゃないがソニーはちょっと下品だ。
まあ任天堂が上品だとも思わないが。

でもセガが好きだったのは事実だ。
それはおいておくとしてw

Wiiの特色をごっそり奪ってしまうくらいなら、
もう任天堂と共同でハード開発したらどうだろう。
高画質にも低画質にも対応できる、
開発費もソフト内容によって自由に設定できるような。

とにかく面白いゲームができればいいのであって、
家中をゲーム機だらけにしたい訳じゃないんで。
結果的にサードパーティが分散してゲーム文化が衰退してしまった。

これからは自社互換だけじゃなく他社とも共存共栄していかないと、
内需拡大なんて夢のまた夢。
それでも企業は市場の大きな海外を見てて、
そこと同じ土俵で戦うためには絶対的に金と人材が足りない。

もうそれで不況とか言われても意味がわからん。

ま、何にせよスパロボが発表されればハードごと買うことになるんだから、
PS3のこともどうでもいいと言えばどうでもいい。

クラウドによるゲームオンデマンドの
「OnLive」がこれからどうなるのかは気になる所。
目の付けどころは面白いと思う。

もしかするとPS3の新しいコントローラーや、
ソニーから特許出願されたという
どのゲーム機でも使えるコントローラーなんかは、
これから企業の垣根を超えてどのハードでも
同じゲームを遊べるようにする準備なのかもしれないけれども。

「非実在青少年」規制だってさ。

表現を簡単に潰せると思うなよ。

我々、民草がつちかってきた表現の力は、
どれだけの命を支えたのだろう?

未成年の着エロのようなものは許されて、
無から有を生ずる創造物を規制する心根はなんだ?
どちらが害悪なのかは比べるまでもないことだ。

もしこれに対する嘆願や意見を無視して法案を通すのなら。
有権者の意見を聞き入れない国のどこが民主主義か。

説明責任を果たさず、謝罪をしない者たちの治世は豊かだろうか。

民主党であろうが自民党であろうが構わない。
とにかく人間が人間らしく生きられる世界である以外に、
望まれる未来はあるのだろうか。
その上で他の様々な生物や世界との調和を目指すべきで、
それ以外のことは不要で不自然なことじゃないのか。

自分たちの思い通りに世界をコントロールできると思っている。
世界との付き合い方も知らない愚かな人種がいる。

「世界に対して筋を通す」という言葉を親しい人間から聞いた。
俺もそういう生き方ができる人間でありたい。
それができなければその歪みは代償を要求するだろう。

世界の反応は素直だ。

ガキの使い「チャレンジ銀だこ」の回について。

2010.03.07放送のガキの使い「チャレンジ銀だこ37店舗」の企画内での、
新しいダウンタウンの笑いの多面性を示す部分について。

もうこの回では、企画の本筋とは別の。
車内でのやりとりのくだりで見せた、
新しいダウンタウンの方向性の笑いが見事だったと言いたい。

その時、車内一同の話題は「銀だこ企画」のシミュレーションで、
ジョニー・デップというあだ名の25歳のADの方が、
たこ焼き10個でギブをしたというものだった。

車内の後ろに座っている浜田はその話を外の景色を眺めつつ聴きながら、
ハッハと笑っている。

しかし、一同がいくらなんでも10個は酷い(少ない)だろう。
ということになった時。
浜田が「歳や、歳」と言う。

ここで遠藤がすぐさま「メッチャ若いですよ、でも」。
返す刀で「同い年や、たぶん」と浜田。
一同一斉に「いや(ガキの使いの)ジョニー・デップですよ?」と聞き返す。

浜田もそれに一度納得しかけるが、
「いや、やっぱりそれくらいやろう?」と食い下がる。
ここで一同、会話の違和感に気づき始め、
若干の恐怖感を伴なったように、ニヤつきだす。
続けて浜田が「40いくつやろ?」と言う。

これで浜田が本家ジョニー・デップが銀だこを10個食べてギブした、
という風に解釈していたということが明確になり、
浜田の感覚のズレが新しい形の笑いをこみ上げさせてこさせる。

他のメンバーに天然じゃないですか、と指摘され、
松本が「もう怖いわぁ~」と、それに対して弱めのツッコミを入れる。
それを受けて浜田が笑いながら「最近ずっと言われんねん、天然やってw」と言う。

これはある種、浜田がツッコミの立場からズレた、
ボケ的なポジションになったと解釈することもできる。

つづいてクイズ番組の問題の時にも、
浜田が間違えて先に答えを言ってしまうというミスをした。
というエピソードを松本が話す。

これが天然浜田への理論派松本的な指摘ツッコミになっており、
近年松本が指摘するようになった
ダウンタウンの構造の逆転が起こっているのがわかる。

これはマイナーチェンジとはいえ、互いの性質が入れ替わることで、
ダウンタウンの構造はもう一度コンビとしての
新しい方向性を獲得したことになったと考えることもできる。

ダウンタウンはもともと
両方がボケツッコミをこなす
オールマイティな芸人だったはずだ。
どちらもがボケとツッコミに特化した形は、
いわばダウンタウンという存在を
大衆に分かりやすく伝えるためのものだったと言えるかもしれない。

現在の構造の入れ替わりはもしかすると、
もしまたダウンタウンが漫才をやるようなことがあれば、
凄く面白いかもしれないなと思った。

素直に言えば、そんなダウンタウンを見たい。

これまでの浜田のドSっぷりのイメージがあればあるほどに、
天然という側面のギャップは緊張と緩和の効果を産む。

そういう意味でも面白かったなぁ。
ダウンタウンにはまだ先があるかもしれない。

認識の海

透明な空想

その接合の地平

僕と影は溶け合い

一つの存在へと変ずる

それは複雑な自間の交差点

孤独が作り出せない想念の無限

魂を編み込んだ懐かしき未知の宇宙

果位へと

時に人は。
社会に。
機械に縛られ。
緩やかに崩壊してゆく。

そして貝となり、
海底に閉じ込もり
甲斐のない夢を見る。

しかし怯えずに開き。
出会い。
悔い改めれば。

戒めは解けるだろう。

世界は回るのだから。
夢は開かれた先にこそ輝く。

何も意に介さず、ただ行こう。

今日あったこと、昔のこと、そしてこれから。

今日はお伊勢さんへ行く予定だったが、
朝起きたら祖母が1階で倒れていた。
一瞬本当にお別れかと覚悟したが、
結果は隠れて酒を飲んで昏倒しただけだった。

しかし伊勢に行く予定は完全に潰れて、
祖母につきそい病院で血液検査やCTなど。
朝の8時半に病院に行って全てが終わったのが昼の2時前。
病人でない俺でも疲れた。
あのシステムはどうにかならんもんだろうか…

病院側も大変なのはわかるが、
あれでは病人をより一層疲れさせてしまう。

それにしても祖母の悪癖にも困ったもんだ。

祖母はアルコール依存症だ。
以前にも同じようなことがあって入院した。

そういうこともあり、
最近は酒量のコントロールは俺がしていたのだが、
どうやら隠れてお酒を買ったようだ。

俺が渡していた量のアルコールでは満足できなかったのか、
久々に自分の好きなだけお酒を飲んで、
結果は倒れて顔面を強打。
目の真下を腫らすことになった。
目がつぶれなくてよかった。

そんな祖母の子供である俺の親父も同じ穴のムジナだった。
恐らくそれが原因で10年前に腎臓を壊し人工透析を必要とする身体になり、
仕事を止め、社会からドロップアウトした。
それでもまだソレはやめられなかった。

今は脳梗塞、脳動脈瘤という頭の病気を二度やって、
症状としてはアルツハイマーのような状態になっている為、
もしまたソレをやりたいと思っても忘れてしまう身体になった。

もちろんそれでも本人がやめようと思わなければ、
やめられるようなものでもないのだろうが。

当時、母と俺は親父がその状態になったことを心底喜んだ。
歪んでいるかもしれないが、
その頃からようやく本当の家族のような生活を送れるようになったのは事実だ。

母は強い人だった。
心労も絶えることもなく親父と一緒にパチンコ屋で共働きをずっと続けて、
2007年に癌でこの世を去った。

親父がソレをやらなくなってから、ほんの2・3年。
その短い期間だけが俺たち家族の本当に幸せな時間だったと言える。
そんなこともあって俺は親父に対してはずっと、
憎しみに近い感情を抱いていた。
もちろん親なのだから感謝もしていたし、嫌いでもなかった。
だが性格が根本的に俺とは相容れなかったし、
俺はその親父の血をひいている自分のことが大嫌いだった。

しかし社会からドロップアウトせざるをえなくなり、
何かに対して去勢を張る必要がなくなった親父は、
弱く愚かで、やはり俺に似たちっぽけな人間だったと分かった。

恐らく祖母も同じだ。

その血をひいていることは嬉しいことではない。
素直に怖いと思う。
俺だって一歩間違えばそちら側だ。

けれど俺は、母の血も分けてもらっている。
何かが中和されているような気がする。
もしその感覚が間違っていないのならば、人は魂を紡いでいける。

世代を重ねる意味を確かに捕まえることができる。

26にもなってようやく、
自分の劣悪な部分と向き合えるようになってきた。
ならば、俺は探さなくてはならない。

互いの愚かさを認めあいながら、
それでもなお支え合えるような人を。

もうすでにそういう仲間には出会えているという実感はある。

だが連れ合いになってくれるような人を探す努力はしなかった。
一人で生きていけると思っていたからだ。
そんな思い上がりがあった。
でも、たぶん俺にはそれは無理だろう。
無理なのだ。

だから親父や祖母が生きているうちにでも、
俺の愚かな遺伝子を中和してくれるような素敵な人と出会えたらなと。
最近ようやくそんなことを思えるようになってきた。

人というのは愚かだ。
だが愚かであるからこそ、
そうでない未来を望むことができるんだと思う。

使い古された言葉かもしれないけど、たぶんそういうことだろう。

お伊勢さんへはまた近いうちに行くことにするさ。
とりあえずは祖母に大事がなかったことを感謝したいと思う。
以前に天河神社で買ったおまもりが効いたのかもしれないな。

ありがたく。
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