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メソポタミア文明

少し気になったのでメソポタミア文明について勉強している。

文明の初期頃のチグリス、ユーフラテス川の流域にはシュメールとアッカドが存在し、
後にバビロニアやアッシリアなどへと派生したと考えるのが自然なのだろうか。

旧約聖書や新約聖書。
クルアーン(コーラン)といった聖書などの記述も参考にしつつ。
加えて陰謀史観なんかも加味しつつ。

古代文明における交流や、
戦争によって変遷した民族的な流れを知りたいなと。
セム系民族の流れは日本人にとっても重要な起源だろうし。

しかし調べ物をはじめるとWikipediaがどんどん派生していってしまって、
もともと調べたかったこととは全然違うことを調べていることがよくある。
今もそうなっていた。
とにかく地理が苦手なので、
当時の地形的な条件なんかを加味して民族の流れを推測するのは容易ではない…

さて今日はある程度でやめておいて。
ソラノスフィアのライブDVDが届いたのでそちらを見るとしよう。

20代を折り返す。

ここのところ、ほぼ毎日激しい更新劇を繰り広げてきました。
正直、気を紛らわせるためというのも大きな要素でした。

不眠症に悩まされ寝れても3時間くらいという日々が続いていましたが、
初ライブが終わってからは、以前同様に寝入りは良くないものの、
睡眠時間自体は改善傾向にあります。というか寝すぎくらい…?
マジで緊張しすぎて眠れなかったんだろうか。。。

だが一気に腑抜けのようになってしまった感は否めない。
しかし流石に年末に向けて忙しくなってくるので、
このまま精神が落ち込んで行くのを見過ごす訳にも行かない。

気合を入れなおさねば。
あれがゴールではなく、あそこからようやくスタート。
音楽だけじゃなく色んなことが、ようやく。
別に誰と競い合うものでもないが。

来月にはもう26歳の自分が迫っている。

えげつない。
疾走すること20代のごとし。

いくら口先だけで誤魔化しても、
どっかから穴を埋めるだけの人生になっちゃってる。

20代後半はもう少し自分の未来のことも考えられたらいいなと。

人生初ライブ

昨日は奈良のPickさんというライブバーで人生初のライブをやらせて頂きました。

ライブの模様はこちらから。

1.明晰夢の位相幾何学
2.意味

今回は結局二曲とも二人で演奏することになったんですが、
リハーサルが始まる一時間前というギリギリの時間に、
ようやく二人で一緒に練習できました。

もし最終的に合わなければ一人で出ようと思っていたのですが、
なんとか1時間である程度は形になったので。
せっかくなので二人で二曲ともやってしまいました。

もともとは「明晰夢の位相幾何学」という曲に、
ギターを重ねてもらうだけの予定だったんですが。
どうせやるならベースの方が良いというN君の要望もあり、
俺がギターとボーカル(もともとのパートですね。)
んでサポートとしてベースをやって貰いました。

結果的にはこれで良かったんではないかと。

もともと俺が勝手にホームページを見つけて、
幼馴染のN君にその店のことを聞いたら知っていて、
そのお店が彼の小学校の頃の恩師のお店だというので驚く。

さらに俺の大学時代の友人もその先生の教え子だと発覚。
まあ小学校が同じなのを知ってたから冷静に考えれば当たり前なんだがw
だがN君と大学時代の友人は直接の知り合いではないのに、
その店のマスターとは二人とも共通の知り合いなのだ。
狭い地域の話なのでそういうこともあるんだろうけど。

今回のライブは本当に人の縁が入り乱れていたような感じ。
俺にとっては確実な転機になるだろう。というかする。
オカモーローがいなければこの日にライブをすることはなかっただろうし。

たまたま選んだお店が幼なじみと大学時代の友人の共通の恩師のお店で。
たまたま同じ日に尊敬する新居昭乃さんのライブ水の神殿があって。
たまたまPickさんのオリジナルフェスティバルも1回目だった。

なんとなく転機になりそうな一日じゃないか。
一緒にやった彼にとってもこの日が何かの転機になればいいな、と。

奇しくもこのブログとブックマークして頂いている、
山紫水明~昔からある場所」のmorganeさんも転職という転機を迎えておられるよう。
良い転機であればいいなと思います。

お店の方や本日出演されていた他の9組の方々、
見に来られていた方々も皆さん優しい雰囲気で迎えてくれました。

10日に披露させて貰った時より、
なんとかリラックスして楽しみながらやらせてもらいました。

それでもMCの声が震えていた、などと、
大学時代の友人君に供述されてしまいましたがw
お前やってみろー、ボケー!死ぬほど怖いっちゅうねん。
たしかに結局そのMC部分は編集で切りましたけどねw
おととい見たワンピースの内容が昨日一日ほとんど飛んでました。
今はちゃんと思い出せますw

ご飯なんて食べたか食べてないかまったく覚えてません。
ライブ終わってから食べたラーメンだけは確実に覚えてます。

本番前に二人で合わせられる練習時間が1時間しかなかったので、
どんどん自分で勝手に追い込まれて
「絶対失敗する」というビジョンしか浮かびませんでした。
でも結局本番ではベースがいたことで落ち着いてやれました。

まあ実際、今回も歌詞は間違えてしまったのですが、
オーケンもある程度は歌詞は間違えるもんねw

もちろん欲を言い出せば気になるところだらけなんですが。
例えば歌ってる姿が気持ち悪いとか、声の出方とか。
でも今はただただ初めてのライブが無事に終わったことが嬉しいです。

「意味」という曲は同じ日にライブをされた方にも褒めて頂いた。
もう一度聴きたいとまで言って貰えたのは有り難かったなぁ。
本当に感謝してもしきれないくらいにありがたいです。
良い経験をさせて頂きました。

それに時を同じくしてオカモーローが、
海の向こうで、その「意味」という曲を向こうで知り合った
アフリカのミュージシャンの方々に聴いてもらって、わざわざ説明までしてくれたそう。
良いと言ってもらえたらしく、これは素直にとても嬉しい。

だが一番嬉しいのは「意味」を持っていってくれてることだったりした。
それをわざわざ知り合いに聴いて貰って説明までしてくれて。
今回のライブもオカモーローがいたからあったようなもんだ。

色んなことが細いながらも繋がっている。
この細い繋がりを太く、確固たるものにしていけば、
俺は自然と自分が目指す場所へと向かえるような気がする。
気を抜かずに、慢心せずに。
楽しみながら。苦しみながら。いきましょう。

曲や歌詞は間違いなく俺の一部なので、
それが少しでも届いたのなら今回の目標は達成ですから。

次に対する欲も出てきましたし。
なにより楽しかったですね。

音楽やっててよかった!
みなさま、何かしりませんが、本当にありがとうございます。

意味


人生初ライブの二曲目の模様です。
奈良のライブバーPickさんにて。

意味
作詞作曲:円山寛貴

声のない世界に落ちていって
水の音しか聞こえなくて
意味のない言葉を交わしては
気付かぬまま剥がれていた

沈む夕日の中に
幾つの星が隠れているのだろう?

意味なんてない 意味なんていらない
好きな人がそこにいるのに
抱きしめたい それだけだって
叶わないなら 意味なんていらない

透明な闇の中はひどく
居心地よく僕の心揺らす
鳴り止まない雑音はもうなくて
剥がれおちた欠片を集めてた

消えそうな命と
消えた命どちらを救えばいいの?

意味なんてない 意味なんていらない
大好きな人 救いたいのに 
そんなことは 叶わないのに
叶わないなら 意味なんていらない 意味なんて

意味なんてない 意味なんていらない
好きな人がそこにいるのに
抱きしめたい それだけだって
叶わないなら 意味なんていらない
意味なんていらない 意味なんていらない

明晰夢の位相幾何学


人生初ライブの一曲目の模様です。
ガチガチに緊張しちゃってますが多めに見てやってくださいね。
奈良のライブバーPickさんにて。
歌詞も間違えちゃってますが気にせず聴き流してやってください。
最後の方に間違えた部分は
間違えた言葉の方がよかったので歌詞の方を修正しましたw

明晰夢の位相幾何学
作詞作曲:円山寛貴

空気が空虚にながれ、空っぽの空に何をうつすの
誰もが空想の夢、空っぽの空に詰め込んでいる?

眺めたままで寝転ぶ
明晰夢へ落ちていく
たゆたう まどろむ ゆりかご
昨日過去明日未来どこでも

感じない日々を七つ周期
あまねく流転の坩堝
残響が現実と混濁
何が自分と呼べるの

コトノハ琴の音のように、声が響いて言霊となる
誰もが心の欠片、空っぽの空に嵌め込んでいる?

聴こえない声を聴こうと
明晰夢へ落ちていく
幾何学的な世界へ
ミクロとマクロのトポロジー

感じない日々を七つ周期
あまねく流転の坩堝
残響が現実と混濁
何が自分と呼べるの

それぞれそれとなく空見上げるから空っぽじゃない
世界は空想を実らせる為のとこらしい

案じた日々のドア開けて
逆巻く流転を泳ぐ
現象が空想と混濁
誰か僕の名を呼んで

不完全な世界をうかべて
つながる無限に浮かぶ
際限ない想い出の船出
僕は誰の名を呼ぼう?

ワンピース ストロングワールドを観てくる。

ワンピース見てきた。
0巻も貰えたし面白かったけど、案の定マナーの悪い人たちがいたなぁ。
レイトショーで大人ばっかりだったのに。
子供の方がよっぽどまともだった。

映画の途中に腰にぶら下げた鍵をジャラジャラと鳴らしながら、
何度も席を立ち外と中を出入する。
何か事情があったのかもしれないが、
最低限、腰にぶらさげた鍵の音をなくす努力くらいはできるはずだ。

エンドロールも最後まで見ずに席を立ってしまう人たちが多い。
そんなに急いでいるのなら見に来なければいいのに、と思ってしまう。

別に俺のルールを押し付ける訳じゃないが、
自分の行動が他人の目にどう映るのかくらいは想像して欲しい。
一度椅子に座ってしまうと少し動くことにすら神経を使ってしまう身としては、
壮絶な胆力だなと感じる。
気にしすぎると良くないので、なるべく映画に集中するようにしたが。
環境としてはやっぱり映画は人が少ない時に見るのが一番だ。

映画自体の感想は、
ちゃんと尾田栄一郎のワンピースだったなぁ、と。
特典の0巻は内容的にはジャンプに収録された0話と後は設定資料くらいで、
貰えれば嬉しいのは嬉しいが、どうしても欲しいものではなかったなー。

とんでもなく面白かったか?と聞かれれば違う。
けれど広い層の人がワンピースの面白さを楽しめるものではあったと思う。

尾田イズムを感じるセリフが随所に散りばめられていたし。

落とし所や演出も分かりやすくて、
ワンピースらしさが感じられる。
大人から子供まで楽しめる映画だったのではないだろうか。

上映前にキャメロンのアバターの宣伝を見てしまい、
これは見に行くことになるんだろうな、と。
思わせられてしまった。

ただ場内での宣伝で、
大筋のシナリオは見えてしまっていたような気もする。
あそこまで見せても期待を上回るほどに、
観客の予想をひっくり返す自信があるということだろうか。

もう既にどんでん返しの予想がつきそうな宣伝だった。
プロモーションって難しいのだろうが、
美味しいところを見せすぎじゃないのかとも思った。

もっと見る前に内容をあれやこれやと、
想像させるようなもので良かったのではないだろうか。

まあ。
何はともあれワンピースはカッコよかった。
マンガのワンピースではやれないカッコよさだったよなぁ。

そりゃやっぱ一番熱いのはカチコミシーンでしょう。
衣装と歩いている姿だけでカッコイイもんなぁ。
あれだけでも見に行った意味はあったかもなー。

初日で4億突破したらしいが、壮絶な記録だな。
0巻という餌があったとはいえ、
ワンピースというマンガが努力してきた結果だと受け止めて良いと思う。

アニメのワンピースは久しく見ていないが、
マンガのノリと変わらず楽しめたので個人的には不満はない。

贈る言葉

隠す気がない奴らほど怖いもんはないな。

外国人参政権、大変に結構です。

なぜ日本人の政治家だけでも数が多いと言われている中、
わざわざ外国の方にまで大変な我が国のまつりごとをお任せしなくてはならないのか。
僕は申し訳なくって。
そんなことより本国の為につくしてあげてください。ほんとに。

当然その外国人の方へは日本の税金からは給与は支払われないですよね?

日本の民が日本の為に収めた税金ですもんね。
外国の方にお支払いする為に収めた税金はないです。

というか外国人参政権を通すなら、
外国籍の方の政治家に給与を支払うための財源はどう確保されるのでしょう。
大変な思いをするためだけに日本の為につくす外国人の方々には敬服です。

まつりごとすら海外に頼ろうとする性根をもつ一部の日本の政治家がたや、
本国を捨て置いて他国のまつりごとに興味をもつ一部の方々へ。

僕からは不倶戴天という言葉をおくらせてください。

卒業おめでとう。
二度とかえってくんじゃねーぞ。

縁起をかついでワンピース。

最近は不眠症なのか13日への緊張からなのか。
寝てから2~3時間で目が覚めることが多いです。
その証拠に同じようなこと何度も書いてます。
もうそれくらいにはテンパってる状態だということです。
自分でも意識できていないくらいにビビってるんだな。
と思うと余計緊張しそうだ。

二度寝できそうな時は二度寝しますが、一度目が覚めると眠れない。
もうそういう時期なんだろうと諦めて、
逆に起きている時間を有効的に使ってやろうと思っています。

心療内科で精神安定剤や睡眠導入剤も処方してもらっているんですが、
それもあまり効かなくなってきてしまったので。
なるべく自分の力で眠れるように身体を改善したい。

人間限界まで起きていれば2時間や3時間は眠れます。

今日は明日のライブに向けての最後の練習。
ああドキドキします。
でも10日の夜に先に緊張をほぐして頂いているので、
とにかく当日には緊張よりも
楽しむ覚悟の方を多めに持ち込めたらなと思っています。

夜はやはりどうしても見に行きたくなったので、
ワンピースをレイトショーで見ることにした。
緊張をほぐす気分転換になってくれればいいんですが。

特典の0巻がもらえるかどうかは分かりませんが、
一応初日なので可能性はなくもないかなと。
レイトショーじゃなければほぼ確実に貰えるんでしょうけど、
なんか映画は夜に見たいんですよね。

子供の頃なんかは、
朝早起きして映画を見に行ったりすると、
暗い映画館になれた所で、
外に出たらまぶしい場所に逆戻りになるのが嫌だった。

まだ映画の世界に浸っていたいのに、
むりやり突き放されたような感覚になる。

夜だと映画終わっても余韻に浸りながら帰れる。
内容を反芻できるんですよね。

暗い。
というのは凄く大切な環境設定だと思うんです。

人って暗闇では目を凝らすので。

それに似た環境が現実世界でも持続していると、
網膜の裏に張り付いた映像を取り出しやすい気がします。

明るい時間に映画を見に行くと、
映画が終わって外に出た瞬間、明るさにモードを切り替えさせられて。
「さて、これからどうしよう?」
と、もう次の自分の行動のことを考えてしまう。
それが嫌で、いつ頃からか映画はほとんどレイトショーでしか見なくなりました。

それとレイトショーだと人が少ないのも良いんですよね。
大勢で見るとマナーが悪い人とかが気になるし、
逆に自分の座り方とか邪魔になってんじゃないかとか、
もう色々気になって映画に集中できなくなってくる。

さすがに今日は前売り券が完売したらしいワンピースなので、
人が少ないことは期待してませんけどね。

さてと。
昨日買ったブギーポップの新刊も読みたいし、
積み本状態のマンガたちも処理したいのだが、
その辺は明日を乗り越えてからの話だな。

あまり入れ込みすぎるのも良くないので、
バランスよく精神を保って挑みたいものです。

明日は19:00スタートです。
リハーサルが18:00から。
曲数も多くないですし、競いあうようなものでもないですから。
好きにやらせて貰えばいいんでしょうが、
そう簡単に割り切れるならとっくにライブなんて経験してるでしょうしね。

だが、これは俺にとってはでかい一歩だ。
でかい一歩にしてみせるぞ。

ゴム人間たちに勇気をもらって、
明日は伸びやかに歌えればいいかなと思います。

お後がよろしいようで。
(いや誰も次には控えていません)
お後がよろしくなくても終わるの!
(じゃあ最初からそう言えよ)
おまえ誰やねん!

コトバエホン 「たいようこぞう と まっくらかあちゃん」

ところかまわずまきちらす

たいようのよう

めいわくなやつ

ところがやさしいまっくらは

もえるあいつをつつんでる

ふんだ

どっちもべつにすきじゃないやい

気になる記事:「ノルウェー上空に謎の螺旋」はミサイルの失敗?

「ノルウェー上空に謎の螺旋」はミサイルの失敗?
やだ、なにこれ、怖い・・・ノルウェイ上空で観測された謎の渦巻とは??

HAARP…なのか?
<追記:ミサイルの失敗でこんな風になるとは思えないんだけどなぁ>

ノストラダムス 預言詩 9,44
逃げよ逃げよ、すべてのジュネーブから逃げ出せ
黄金のサチュルヌは鉄に変わるだろう。
巨大な光の反対のものがすべてを絶滅する
その前に大いなる空(天)は前兆を示すだろうが


まずは大いなる空が前兆を示し始めたか。

一部の陰謀論サイトなどでは2012年は、
太陽活動の11年周期と関係があると言われている。
近年の温暖化も太陽活動の異常に原因の一端があるのではないかとも言われる。
太陽活動の周期にあわせて暗躍する組織のことを、
「巨大な光の反対のもの」ということもあるのかもしれないな。

マヤ文明の残した建造物が「石」で作られた精密なものであるというのも気になる。
考えすぎなのやらどうなのやら。
秘密結社が秘密結社として活動し始める前から、
そうした思想は文明があれば生まれたりするだろうなとは思うけれどね。
もしそうなら自分たちの遠大な計画に興奮したんだろうな。
ガキかw

2012年に近づくにつれて、
何かが起ころうとしているのは間違いない。
人為的なものなのか天為的なものなのかは知らないが。

明らかに不自然な現象や出来事も多いですしね。

それにまずノストラダムスや、
ノストラダムスの残した予言とやら自体も疑わなくてはならない。
陰謀側の人間かもしれない可能性も考慮しなくては。

とはいえ一人の人間にできることは限られています。
アホどもが世界をムチャクチャにしようとしているのなら、
ごっつ怖い顔でゲンコツしてやらないといけませんね。

<追記:一応言っておきますが陰謀論なども個人的には懐疑の対象ですからね!>

眠れないから、夢を夢見てみた。R15指定

えー、今朝寝ていたら、
僕のちんこがクラスの女子に踏まれていました。
僕がメガネをかけていないと何も見えないことを知っていて、
わざとそういうことをするんですか?

犯人の人は自分から名乗りでてください!
それに修学旅行の宿泊先がラブホテルっていうのもどうかと思ってたんです!

あと、ああいう踏み方はよくないと思います!
もっとムードのある踏み方、意識して欲しいです。

いつまでも子供気分でいるから、
あんな風に雑にしか踏めないんです。

ましてやメガネもかけていない時になんて。
朝勃ちが可哀想だと思わないんですか?
もっとみんな朝勃ち目線になって考えて見てください!

あ、なにするんですか先生!
そこは乳首ですよ!
うわぁ、痛い!
何なんですか一体!
美少年乳首相撲!?
わけがわかりませんよーー!

---------

そして。

ふと、目が覚めると。
僕は生まれて初めての夢精をしていたのでした。


罪悪感とある種の達成感、そして少しの名残惜しさによって汚された。


その下着を、


僕は燃えるゴミとして出した。


もうそろそろ、


多くの生命が眠るブリーフの火葬が終わる頃だ。


僕は目を閉じ、一分間の黙祷を捧げた。

久々に自分の洋楽ロックルーツを辿る。

久々にAEROSMITHのNine Livesを聴いている。
個人的にはエアロはどの時期のエアロでも楽しみ方があって好きなのだが、
後期エアロの作品ではNine Livesが最高に好きだ。

懐かしいロックの熱さ。
俺に洋楽ロックのかっこよさを教えてくれたアルバムだ。
最初はTaste Of Indiaにやられたんだよなぁ。

よくもまあこんな名曲ばかりのアルバムを作ったものだ。
未だにKiss Your Past Good-byeを聴くと胸が切なくなる。

後期エアロの特徴であるゴージャスなビッグバンドロックミュージックと、
エアロ本来の独特なアクが最大限にまで詰め込まれた名盤だ。

とりあえずタイラーの脱退問題はなくなったみたいだけど、
作成中と噂だった新譜はどうなるのだろうか。

まあ過去作品でもいいものを沢山残してくれているから、
新譜が出なくても十分何度でも聴けるけどさ。

たまにはこうして自分の好きな音楽のルーツに立ち返るのもいいもんだ。

次は久々にUFOのNo Heavy Pettingでも聴くか。
Natural Thingはライブでもプレイされたりするけど、
Can You Roll Herは全然やってくれないんだよなー。
やっぱシェンカーはあのキーボードが嫌いなのだろうか。
もしくは今のキーボードとサイドギターの両方をこなす器用なウェイン兄さんでは、
あの絶妙なもたつき感のあるフレーズにはならないのか。

まあ何はなくとも久々に色々と自分の好きな洋楽ロックのルーツを聴くことにしよう。

気になるニュース:歌手の「詩音」容疑者、麻薬所持・使用で逮捕

歌手の「詩音」容疑者、麻薬所持・使用で逮捕

最初に断っておきます。
俺は下品な記事は書きますが、
あまり下世話な記事をブログに書くのは好きじゃないんです。

歌手の詩音さんが薬物で逮捕されたというニュースを見ました。

俺は詩音さんの音楽を聴いたことがなかったですし、
その活動についても人間性についても存じ上げません。
ですから、あまりうかつなことを言うつもりはありません。

ただカラオケに行ったりして
詩音さんがプロモーションしているVTRが流れているのを見たことはありました。

その時に「ああ、岡崎京子のヘルタースケルターに登場する"りりこ"みたいな人だなぁ」
となんとなく思った記憶があります。

もちろん芸能界には他にも"りりこ"を感じさせる人は沢山います。
多分それは日本だけではないでしょう。

それだけに岡崎京子さんのヘルタースケルターという作品は、
人間と社会のいびつな関係によって、
人の心が互いにすり減らされあっていく過程を丁寧に描いたものだと思いました。
そして、そのいびつな社会に対して無責任な社会像までも描いていました。
社会が抱える問題、人が抱える問題の本質の一端を抉るような作品。
好きなんです。ヘルタースケルター。

人間は弱い。
そこを抉るように描く。
なぜ人は弱いのか。

なぜ人は道を見失うのか。
見失ったあとに何かを見つけることがあるのか。

混沌とした場所で、人は迷いながら、間違えながら、
狂ったように耐えて生きていく。
正気をよそおう。

みんな狂っているのに。

他者の前で「まとも」であろうとするのは、
自分の異常性を意識的にせよ無意識的にせよ認識しているからだろう。
俺だってそうだ。

麻薬とは一体なんなのだろう?

何故、人はそれを必要としてしまうことがあるのだろう。
どうして依存してしまうのだろう。
社会全体がその理由を考えようともせずに、
このまま規制のみで麻薬の断絶を目指すのは無責任すぎやしないだろうか。

麻薬を使用した人間を擁護するつもりは毛頭ない。

しかし社会は本当に麻薬の断絶を望んでいるのか?
ならばどうして麻薬が必要とされ依存してしまう環境が存在するのか。

規制では何も解決しない。
人はルールに縛られるのではなく、
互いを理解しあい共通のモラルを積み上げて行くことを考えるべきではないのか。

規制とは一方的なもので、
人と人との繋がりを無視したものだ。
規制ほど機械的で無機質な概念はないように思う。

当然、規制のない社会などというものは成立しないことも分かっている。

だからこそ。

人とは何か。
社会とは何か。
世界とは何か。
現実とは何か。
依存とは何か。

それを社会全体が考えて、
規制本来の意味を取り戻さなければならないのではないか。

無責任な社会。
そこは混沌。

規制を破ったものを責めるだけの人に、
本当に規制を任せておいて良いのだろうか。
規制によって人の心は豊かになるのか。

社会は混沌から脱することができるのか?

バベルの塔が再び顕現し言語が統一されたとしても、
それぞれの中にモラルの塔がなければ世界は相も変わらず混沌のままだろう。

夜の音

夜の音
よるのね
雨音
あまおと
機械音
きかいおん
鼓動
こどう
風音
かざおと
呼吸
こきゅう
心音
こころね
足音
あしおと
月の音
つきのね
孤独の和音
こどくのわおん
世界

おもわぬできごと。

今日は13日にライブをやらせてもらうお店の下見に行った。
挨拶がてらお店の雰囲気を見せもらおうと思って、
そのお店の店長の昔の教え子だという知人と一緒に行く。

なんやかんやで何故か自分の曲をやらせて頂くことになってしまい、
結局、ライブのリハーサルのような感じで披露させて貰いました。

もともと曲をやるつもりで伺わなかったので歌詞やコードも曖昧なまま。
心臓が裏返るような緊張の中、
もうお酒で気を紛らわせて歌わせて頂くことに。

やはり失敗もしましたし、歌詞も間違えました。

それでも面白い曲や歌詞を書くねと褒めて頂きました。
あまり手応えがあったとかそういう次元ではなくて。
何のことやら記憶にございません。
今でも緊張が持続しています。

ですが、本番より前に人前で披露させて頂いたことは有り難かったです。

当日は「明晰夢の位相幾何学」という曲だけ、
「二人で一緒にやってみたら?」と言われたので、
その店長の教え子の知人と一緒に演奏することになりそうです。
「意味」という曲は一人でやります。

客層や他に出演されるのは
年齢が僕よりもかなり上の方々が多いようですので、
胸を借りる気持ちで挑ませて頂きます。

ああ、ドキドキが止まらない。

お店自体の雰囲気は非常に暖かく、
やりやすい空気を作ってくれたのですが、
ノミの心臓ゆえに気が触れそうな勢いで、
なんとか二曲だけ処理させて貰いました。

当日はもしかすると、
もう一曲ほどやらせて頂くことになるかもしれません。

ガンダム30周年ということや、
この記事のひとつ前の記事で歌詞を取り上げたこともあって、
カバーで「哀戦士」あたりをやらせてもらおうかと思っています。

もしかすると変更になって、違う自分の曲をやるかもしれませんが…

それにしても怖かった。
人前で自分の音楽をやるというのが、
信じられないほどに消耗するものだと実感しました。

この経験を積み重ねていくことが大切なのでしょう。
貴重な経験をさせて頂きました。

本番はもっと良い状態で出来ますように。

君は、生き延びることができるか

最近は3時間から5時間くらい寝ると目が覚めることが多い。
二度寝するかどうしようか。

オカモーロー通信によると、
俺が13日にライブすることがニューヨークタイムズで紹介されたそうだ。
このブログはいつニューヨークタイムズになったのだろうかw
彼がニューヨークのハーレムで暮らし。自炊し。
その年齢に見合わぬほどに逞しく心を鍛え、
さらにアフリカンズミュージシャンの方々との様々な経験を重ねている。

そんな中で俺のことを気遣ってくれている心を受け取る。
それは普通なかなかできることじゃないんだ。

多くの人は自分の苦労を知って欲しいと願う。
慰めて欲しい、労って欲しいと願う。褒めて欲しいと願う。
弱音を吐くのがダメだとか、そういうことを言っているのではない。
弱音は吐いてもいいが、見返りを求めないほうがいい。
最終的にはどんなことも自分で乗り越えるしかないのだから。

だからこそ、どんな環境にあっても。
誰かのことを気遣える人間は強く優しい。

もし俺が何も動くことが出来ていなかったら、
俺はたぶん何かから取り残されただろうなと思う。
何かっていうのはたぶん世界や人生とかそういうものだ。

「これでいいや」と思ってしまったら、
たぶん本当にそこまでになってしまう。
そこから先はない。

誰でも失敗したくない。
しかし失敗しても、それを肥やしに人は進めるはずだ。
生きてさえいれば。

だから自分の目標に対しては強欲なくらいが丁度いいのだ。
そしてその欲望に応える為に人は努力や苦悩や失敗を重ねるのだろう。
負け続けてなんぼだ。

それはたぶん苦労じゃない。
たぶん階段をのぼるような事だ。
「しんどい」と思うこともあるかもしれないが、
一段のぼれば確実に身体は前に進み上へと向かう。
振り返ればちゃんと自分が登ってきた結果が見えるし、
確実な経験が高さという蓄積になる。

人生にエレベーターを求めてはいけない。

エレベーターは誰かが用意してくれる。
確かに高いところまで連れて行ってくれるかもしれない。

けれど、その高いところへ到るまでの多くを見ていなければ、
存在としては低いところにいた時と何ら変わらないのではないかと思う。

だが社会というのは多くの場合、その両者を同じように扱う。

例えば到達点の一つを、手にした金銭や立場だとしよう。
他者の評価を第一に考えるならエレベーターを使うのも良いだろう。
社会という仮想世界はそれを許容する場所だから。

だが俺は自分の人生なのだから、自分の蓄積を第一に考えたい。
その結果に他者の評価があれば、それが一番嬉しい。
それならば俺は素直に受け止めることができるだろう。
傲慢で申し訳ない。

けれど人生にエレベーターを求めると、
階段をのぼっていく時に見つけられる多くのことを見落とす。

それでもし階段をのぼった人と同じ高さまで到達しても、
果たしてそれは同じ高さだと言えるのだろうか。

そこまで階段をのぼれた人間ならば、
そこから先にエレベーターなどなくても、
さらにまた高みを目指すことができるだろう。

しかし階段を放棄し人生にエレベーターを求めた人間は、
階段の登り方を知らない。
その高さに怯え、次の一歩を踏み出せなくなるだろう。
だって知らないことだらけなのだから。

だが階段を一歩一歩のぼってきた人間ならばわかるはずだ。

それは低い場所から、
たった一段だけ階段をのぼる恐怖と同じだということを。
だから、また怯えながらでも階段をのぼっていける。

エレベーターがなくなってからが本当の一段目だ。

知らなくて当然。
知らない場所へ行こうとしているのだから。
その過程を知っているように振舞って、
高さだけを共有したいと望むのは愚かだ。
俺はそんな人間にだけはなりたくない。

誰かに尊重されるような人間になるためには、
自分以外の誰かを尊重できる人間でないといけないだろう。

経験をないがしろにして、
一足飛びにどこかへ行こうとすれば何かが歪む。
世界はその歪みに対して素直に反応する。

真摯に努力した人間の周囲は、
それに見合った環境が整っていく。
俺もそうありたいと願っている。
その為にはやはり
無いことを嘆くよりも、有ることを踏まえることが大切だ。

もし自分が置かれている環境が、
誰かより不幸だとか、大変なものであったとしても。
そこを本当の意味で不幸な場所にしてしまわないように、
人は努力できる。

辛いときこそガハハと笑って、
一歩ずつ確かに。
より良い人生を求めて行こうじゃないか。

俺は一体、誰に対してこの言葉を書いているのだろうか。

もちろん自分に対してでもあるのだけれど。
人生は自分の意思で変えていける。

かつて。
GhostNotesという空想上のバンドがあった。
それはどうやら3人だったらしい。
4人だったこともあった。
5人になりかけたこともあったw

俺にとっても、オカモーローにとっても、
それは今思うに全力で愚かな青春だったようだ。
だからこそ彼が決別の言葉をつづった心を受け止めたい。

新たな時を開くのは生き残る哀戦士たちだ。
愛とは時に哀しく残酷だ。
それでも新たな日々を望む心が人を先に進めていく。

哀戦士
作詞:井萩麟 作曲:井上大輔

哀 ふるえる哀
それは別れ唄
ひろう骨も 燃えつきて
ぬれる 肌も 土にかえる
荒野をはしる 死神の列
黒くゆがんで 真赤に燃える

哀 生命の哀
血の色は 大地にすてて
新たな 時をひらくか
生き残る 哀 戦士たち
荒野をはしる 死神の列
黒くゆがんで 真赤に燃える

死にゆく男たちは 守るべき女たちに
死にゆく女たちは 愛する男たちへ

何を賭けるのか 何を残すのか
I pray, pray to bring near the New Day

廻転手紙

薄汚れた海

死の渦流となって宇宙はまわる

生まれ落ちた

薄汚れた心

生の奔流となって人生はめぐる

天に召されて死の渦流が天文となる

大地に根付く大樹が理の果実を実らせる

静止した時の中で眠るものたちへ

拍手に感謝

好き勝手に書きたいこと書いてるだけで、
拍手を貰いたくて記事を書いている訳じゃないんですが。
ここ最近は本当に拍手を沢山頂けます。

実は単純な人間なので嬉しいです。

ここ30日の間に34もの拍手を頂きました。
一日1拍手をオーバーしたの初めてのことです。
gooブログにいた頃は、
現在よりアクセスこそ多かったものの、
リアクションという意味では皆無と言って良かった。

まあコメントをつけにくい記事を書くオイラが悪いんですがw

それでも記事を読んで、拍手ボタンを押すという行為を、
どこの馬の骨とも知らないブロガーにして頂けるのは感激の至りです。

ありがとうございます。

オイラはポンコツな人間ですが、
インターネットという世界を通じて、
確かに誰かに支えられているということを実感できます。

ネットは仮想空間とはいえ現実の世界。

拍手をくれた方々ありがとうございます。
そしてアクセスして記事を見てくれている方々にも。
ありがとうございます。

これからもマイペースかつ、
好き勝手に更新していきますが。
気が向いたら見に来て頂けるようなブログを目指したいと思います!
思いますが。
思い通りにいかないことも多いですw
あ、ちなみに拍手してくれって言ってる訳じゃないですからね!
あくまでも皆さんのリアクションが分かることが嬉しいってことです!

才能ではなく意識と意思こそが原動力となる。

なんとなく分かった。

マンガや小説を大量に読みふけったり、
Twitterのつぶやきやブログの記事を書きまくったりした後は。
数週間の休息を身体が要求してくる。

その繰り返しで来てるね。

バイオリズムは確かに上昇気味だが、
油断は禁物。
13日のライブまで気を引き締め続けなければ、
俺は絶対にライブでポカをする。

というか悪いイメージばっかり浮かんでゲロ吐きそう。
それでも楽しもうと思っているので覚悟は決めている。

アコギで2曲ほど披露するだけなのに、
あまりにもノミの心臓すぎて…

でもライブまでに個人的には曲と歌詞の調整が上手く行けそうな気がする。

ちなみに披露させてもらう予定の曲名は、
「明晰夢の位相幾何学」
「意味」
という二曲です。
自分のヘタさ加減なんかを記録する意味でも、
当日はビデオ録画しようかなと思っています。

もしかするとYoutubeなんかで映像公開とかもするかもしれません。
恥ずかしさに負けてるうちは前に進めない気がするので。
ダメダメのグダグダでも人様の目や耳に触れて貰うのが、
せっかく生まれてくれた曲の為でもあると信じて。

井上陽水さんやヒラサワ師匠ほどとは言わないまでも、
超然的な発言力を持ちたいものだ。

『私の歌を聴くなら魂の振動を世界と呼応させないとだめなのよ。』

誰もそんな発言はしていないんですが、イメージです。イメージ。
まあ。そんな発言ができる次元には若輩過ぎてまだまだ達せません。
少しずつ積み重ねていくことが大切なのだろうね。

ガキのフリートークの山ちゃん

先日関東で放送されたガキのフリートークを見た。

当然ダウンタウンのフリートークも嬉しかったのだが。
ほとんど結婚報告と子供関連の話題だけで終わってしまったのは残念。
もちろんちゃんと笑いを交えながらなので面白かったんですよ!
今後もガキではフリートークを続けるのかどうなのか。
他に何かが控えている可能性も捨てきれないので待つしかあるまい。

それよりもこの回の放送で個人的に最も評価したいのは、
ライセンス、ココリコという豪華な前説2組の後で、
前説のトリをつとめた山ちゃん(尊敬するがゆえの敬称)。
さすがに高座に上がって何度も落語をやっているだけあって、
明らかに強かな漫談力がついている。

落語の枕のような話運びなのだが、
舞台は落語とは違うマイク一本のスタンダップトーク。
しっかりとその違いを理解した上で、
空気を作るために細かな表情や身振り手振りで確かな笑いを取りに行く。
それに上手から下手すべてを見渡すように歩いて客層を確認しながら、
その行動自体がさらに空気を作る意味にもなっていて上手い。

自分のキャラクターをしっかり理解した上で、
上手いバランスの漫談芸を構築しているなぁ。

山ちゃんが上手くなりすぎるのを見せるのもどうなのかと思った時期もあったが、
年齢と共にその辺りのバランスが本当に見事に取れるようになってきている。
本来のポテンシャルがスタンダードな芸として発揮され始めている。

もはや芸歴21年の大ベテラン。
見る側も十分に信頼のおける芸人さんだということは分かってきている。
それにやはり山ちゃんという存在は愛されているのだなぁ。

Twitterとブログの共存。

ここ最近ちょいと記事を書きすぎてるなぁ。
AB型丸出しの気分屋全開です。

気が向いてる時にやりたいことやっとかないと、
もし万が一再び、うつ状態になった時に何もできなくなっちゃうからね。

Twitterも結構活用している。
色んな人のつぶやきが聞けたり、
それに対して比較的フランクに反応できたりするのが魅力だ。
有名人でも無名の人でもあんまり関係ない。

相手からの反応を期待するんじゃなくて、
自分の反応を相手にダイレクトに伝えられるのは、
Twitterの魅力のひとつかもしれない。
どんどん使っていかないと全然面白さが分からないな。

好きな著名人のつぶやきを見つつ、
同じ時間に生きているのだという時間共有感覚を味わえたりもする。
個人的には好きな漫画家の先生が沢山で嬉しい。

あとヒラサワ師匠のつぶやきは凄まじい。
一年計画の還弦主義を追いかけるのも嬉しくて仕方がないしね。
ミサイルやLeakのスケッチを聴いてるだけで心を掻き毟られる。
有象無象の馬々の骨々の一人として、
師匠の途方もない計画を一年間通して見守りたいと思います。

高野寛の新譜も買わなくては。
ヒラサワ師匠の点呼する惑星を買ったばかりだしなぁ。
pupaメンバーが続々と大集合しているのもうれしい。
原田知世が来たのは純粋に嬉しかったなぁ。

ずっと実社会でもネットでもヒキコモリ&人見知り体質が抜けなかったが、
最近はようやく少しずつオープンになっていってる気がする。
というか26歳を目前に人見知りとかいうのも恥ずかしいしね。

もともと生半可なオタクという劣等感があるので、
そういう意味でも色んな人の意見や考え方を知りたい。
それには2chやニコニコ動画という媒体だけでなく、
Twitter独自の楽しみ方があるのだということがなんとなくわかり始めた。

水道橋博士も言っていたが、
政治家などをフォローするのには、
今の政治家の活動などを監視するという意味合いがあると思う。
Twitterは伝播速度と時間共有力が優れている。
そして見知らぬ人同士がフォローし合い繋がるというのは面白い発想だ。

つまり匿名でなく他人の目線を意識しながら、
自分なりのバランスでつぶやくっていうことに面白さがあるのかも。

だが、俺たちの仕事の最終目標は、
Twitterよりも、さらにもう少し新しい領域だと信じている。
もちろんまだまだ改良の余地はあるのだが。

しかし、それにしてもああ、眠い。
バイタリティに任せてやりすぎると、
後で一気に疲れが来るなぁ。

なにごともほどほどに。

気になるコラム:ゲーム漬けの子どもたち 読書や会話のある生活を

ゲーム漬けの子どもたち 読書や会話のある生活を

伊藤紀子という方が書かれたこの記事。
的外れな意見、偏ったものの見方、独善的な言葉遣い。
自分本位で実質本当に子供の事など考えていないように思えます。

しかし実名を出されているだけ、
無責任な記事を書く新聞記者や雑誌のライターよりは遥かにマシです。

しかし「子ども」の事を考えるという考え方。
なんておこがましいのだろうと感じます。

少なくとも。
世の中というのは絶えず変化しつづけますし、
常にクリーンな状態が保たれるような楽園のような場所ではありません。

だからもし本当に「子ども」の事を考えてあげたいのならば、
そうした混沌とした場所でも生きていく為の力をつけさせてあげるのが、
先輩としての大人の役割なんじゃないかと思います。
それが大人のエゴの折り合いの付け所ではないでしょうか。

清濁併せ呑ませるくらいの気概が大人には必要なはずです。
社会や世界というのはとても理不尽な場所です。
そこで生きていくにはどういう力が必要であるのか。
物事の見方や捉え方は千差万別です。
そしてだからこそ子供はそれらを無意識的に観察し成長します。

テレビやビデオ、ゲーム、パソコンゲーム、ケータイで1日4~6時間も費やす子どもたちがいます。画面上で何万人もの殺人と命のよみがえり体験を繰り返し、正しい死生観を獲得することさえ難しくなってきた今日のゲーム社会。そしてなによりゲームで脳の前頭前野が不活発になり、それにより「キレやすい脳」になると、多くの脳科学者が警鐘を鳴らしています。
(元記事より引用)

「正しい死生観」とは一体なんでしょうか?
人は「死」についてなど一生かかっても理解することはできません。
そして人は一生をかけて、あらゆる事象から「生」についてを知っていきます。
正しい死生観などという言葉を使い、自分はそれを理解したような立場から話す。
それが子供から見ていかに愚かに見えることか。

子供をバカにしちゃいけません。
ゲームの世界と現実世界の区別なんてついて当然です。
自分の身体はコントローラーで動かすことはできないんです。
コントローラーを動かすのは自分でしかありえず、
その向こうの世界にゲームという概念が存在することを知ります。

この構造的な意味性を理解していないのは、
自らがゲームという体験に対して疎いからでしょう。
知らないのにゲームを否定する。
何故でしょう?
子供のキレる理由がわからないから責任を転嫁してしまう事と同じ原理です。

理解できないものへの恐怖。
それは実は子供の頃から変わることのないものだと思います。
年齢を重ねたからといって大人になった、などと思い上がってはいけません。
大人だろうが子供だろうが、
「知らない」「分からない」ことに対しては常に素人です。
「素人」なればこそ「知ろうと」するのではないでしょうか。
いつだって我々は子供と同じラインに立っています。
少しだけ子供より見てきたことが多いというだけ。

少なくとも俺は幼少期からゲームやパソコンなどに、
一般の人よりも多く時間を割いてきました。
学校を休みほぼ一日中ゲームをやるということもザラでした。

ゲームの中には過激な表現やエグイものなどもあります。

しかしゲームの世界などより現実のほうがよっぽど残酷でエグイです。
これに関しては俺の幼少期の頃の環境が、
多くの一般の方々とは違っていたから得た認識かもしれませんが。

それでも子供というのは敏感です。
思春期になれば現実や社会の広がりを知っていくことに恐怖すら覚えます。
今にして思えば反抗期などはその不安のあらわれだったのかもしれません。

ゲームで脳の前頭前野が不活発になるというのも、
ただの言葉の引用にしかなっておらず。
前頭前野が不活発になることで何故キレやすい脳になるのか。
それを理解しておられないのであれば引用すべきではないでしょう。

また「今日の自分の脳の前頭前野は活発かな?」なんて考える方が、
人間としてよっぽど不健康な思考回路だと思うのですが。

人間の精神性などを全て「脳の動き」で説明しようとする。
多くの脳科学者とは一体どんな人達なのでしょう。
まずはそいつらの人間性をこちらに判断させて頂きたいものです。

メディア漬けの生活は、子どもたちがことばを獲得する大切な時期に家族との会話や、ホルモン分泌の要である睡眠リズムの獲得を奪っています。
(元記事より引用)

どれだけゲームをしていようが家族の会話や友人との会話は十分に成立します。
家族の会話がない問題とゲームの問題を同列に語る理由が見えてきません。
俺の小学生時代の睡眠のリズムの乱れは両親の職業柄でした。
しかしそれに対して不服を感じたことはありませんでした。
両親はそのことを俺に申し訳なく思っていたようですが、
俺はその環境でしかできない体験を多くさせて貰ったことを感謝しています。

さらに「子どもたちがことばを獲得する大切な時期に~」の部分ですが、
当時の俺は語彙力のほとんどをゲームやマンガ、テレビなどから手に入れました。
学校教育は暗記させるだけで感情的なベクトルを伴わないお粗末なものでした。

ゲームを作っている大人たちは子供をバカにしません。
「子供だまし」のものを子供は最も嫌います。

もし現在大人が「子供だまし」だと認識しているようなものでも、
子供が熱中しているのだとすれば、それには何か理由があるはずなのです。
まずはそれを理解してあげようとする所から
互いの相互理解が生まれるのではないでしょうか。
しかし子供の世界には入り込みすぎないでください。

難しいことかもしれませんが、
放っておかないと伸びない芽というものがあります。

様々な人と触れ合うというのは非常に大切なことです。
今の子供から遊び場を奪いゲームにばかり傾倒するようにしてしまったのは、
間違いなく大人社会なんですよ。
だからこそゲームはネットワーク化し仮想空間で人々が遊ぶようになった。
時代が呼んだ必然と言ってもいいでしょう。

自分たちが暮らしやすくする為に車社会を作り。
子供たちが安心して外で遊べない環境を作ってしまった問題は棚上げにして、
ゲームばかりするからキレやすくなると、のたまう大人。

そりゃそんな大人を見てればキレたくもなるでしょう。

真の友情をはぐくむべき時期にケータイメールに夢中の中学生。しかし、ケータイの伝達力は13%にすぎず、感情は伝わらないといわれています。そして目と目を合わすことができない子どもや、自分の考えや気持ちを直接相手に言葉で伝えられない子どもたちが増えてきました。
(元記事より引用)

もう指摘するのも面倒なほどです。
「真の友情」とはなんですか?それは大人になると分かるのでしょうか。
いつか分かるようになりたいものです。

ケータイの伝達力は13%ですか。何と比べて13%なのでしょう。
これでは伊藤さんの伝達力もあまり大したものではないように思えます。
感情の伝達など、どれだけ言語に長けていても伝わりきるものではありません。
しかし少なくとも、しっかりと作られたゲームなどでは、
物語や演出によって言葉だけでは伝わらないことを伝達してくれます。

伊藤さんはそういったゲーム体験をせずに、
誰かが使った言葉の組み合わせと
自分の思い込みだけでゲームを語っているように見受けられます。
それでは誰にも何も伝わることはありません。
同じような考え方の人のみにだけ共有されていくだけで、
ゲームを楽しめる子供への伝達力は恐らく13%以下でしょうね。
何と比較したパーセンテージかは、伊藤さんしか分からないでしょうが。

さて。
ここまで色々とライターの伊藤さんの意見に反論してきました。
だが伊藤さんの記事の後半は俺の主張と似ている部分もあります。
「自己コントロール力」への言及など。

それに確かに小学生くらいまでの子供には、
まだ触れるのが早いと思われるゲームも多くあります。
ザルとは言え年齢制限によって住み分けはされていますがね。
インターネットも小学生には情報が多すぎて処理しきれない場所かもしれません。

その辺りは大人が暮らしやすい社会をつくり
子供をはじき出してしまった実社会と同じように。
インターネットの構造も子供と大人の住み分けを考え直す時期が来ていると思います。

なにより大切なのは子供が自発的にやろうとしていることや、
能動的な姿勢を見せていることに対してエゴだけで反発しないことでしょうか。
「大人」も「知らない事」に対しては
「子供と同じ」であるということを肝に命じて欲しい。

そして例え親子であろうが個体として違う経験をするのですから、
自らのエゴを子供に押し付けようとするのもやめてあげて欲しいのです。
子供のエゴと親のエゴ。
どちらもぶつけあってようやく人間関係ではないでしょうか。

お粗末さまでした。

ONE PIECE FILM STRONG WORLD

マクロスFの劇場版はスルーできても、
今回のONE PIECE劇場版は行ってしまうかもしれない。
尾田栄一郎製作総指揮らしいし。

0巻も欲しいし。(というか手に入るのかな…)
0巻は150万部限定で、新刊初版発行部数が285万部だったっけ。
とんでもない数だ。
奈良の映画館に配られる数なんてたかが知れてるだろうし。
はてさてどうしたものやら。

子供も沢山くるだろうなぁ。
というか俺が0巻を貰っちゃったら貰えなくなる子供が出るのか。
なんか、そういうことまで考え出したら尻込みしてしまうw
そんな年齢になってしまったのだな。

でも面白いもんなぁワンピース。
シキ関連の伏線は映画と0巻で回収するってことかな。
本編の方でも何か展開があるのか。

アニメの方は追いかけていないので、
時系列がどうなっているのかもいまいち分からないが。
気になる。気になるぞー。

しかし、公開日は俺の人生初ライブの前日。
しかも満員御礼丸出しの予感。
14日になると恐らく0巻は手に入らない気が…

ここはスッパリ行くのを諦めるというのも手だな。
行きたくなったら行くとしよう。

不可思議の扉

なんだろう。

ここ最近なんだか分からない高揚感や、
悪い意味じゃなく胸をキュンキュンと締め付けられる。
少し前から何かがはじまっていくような、
期待感や高揚感を抱けるようになった。
たぶん、それはウソじゃない。

知らない言葉を引き当てることがある。

陬遠(すうえん)なんて言葉、僕は知らなかった。
けれど僕の中から湧き出たのかもしれないし、
世界の外から降り注いだのかもしれない。

言葉を並べ自我と無意識の混ざり合う混沌からいずる。
知らない言葉に出会う。
そして広がる。

情報とは運動のない概念だ。
ゆえに恐らく情報は時間の流れという制約に縛られない。
だから位相さえ近づけば、そこから引き出せるものがある。

それをスピリチュアルな人々はアカシック・レコードなどと呼ぶこともある。

しかし、定められた運命などないはずだ。
もしあるのだとしたら、俺はそれらと対峙することを宣言する。

人の力を見くびるな。

定められた運命がなんだ。
その運命に意義を求めることができるからこそ人は生きる。

自分を特別だなどとは思わないし、思えない。

自分とは有象無象の有耶無耶の群れだ。
そんな自らを分つ。
そうすれば自分とは、自分という限定的な個体ではないことも知るし。
そして自分以外の何者でもない絶対的な孤独であることも知る。

他者や世界や多くのものが間違いを犯して。
自分もその愚かな一端で。
それでも少しでも他者や世界とのつながりをより良いものにしたいと望む。

その心は間違っているのだろうか。
正しいのだろうか。
どうだっていいだろう。そんなことは。

誤りや正しさなんてものに左右されるくらいなら、
人は最初から産まれる必要などなかった。
正しい世界なんて概念は、ただ「有無」のみに帰結される。

扉をノックする。

返事はない。
それでいい。

響いた音が扉を開く鍵になる。

陬遠なりし我が世界

その調べに乗せて

どこまでもゆけ

地上は夢の坩堝だぞ

あまねく具象のパズルの視界

位相

あるという錯覚

なくともあり

ありともなし

陬遠なりし我が世界

多い日もあんしん

絵の練習が全然はかどらないので、
エッチな写真をトレースや模写して性欲と両立させてみることにした。
この場合、両勃?

でもインクと真逆の色のものは出すつもりはありませんよ。

ふとももにかけたい、
もとい、ふとももをかきたい。

ああ…
アクセスがいつもより多い日は、
サイドギャザーから下ネタが横漏れしてしまう。

民度の低さを愛してやってください。

Google日本語入力の予測変換 「ことしこそは」

Google日本語入力の脅威。

「今年こそは」と入力しようとしたら、
「来年こそは」というアイロニーの効いた予測変換をしてくれやがった。
面白いのは面白いが、それは問題ありだろw

どっかの誰かが登録したんだろうが、さすがにいい迷惑だ。
このままだとソーシャルIMEと同じ末路を辿ることになるぞ。

価値観はコモンセンスではない

本を買う時にいつも思うのだが、
紙切れを一枚渡すと、さらに大量の紙が貰える。
物質的には明らかに得してるよなぁ。

しかもそれがお札を眺めるよりも面白いんだから困ったもんだ。
価値観ってのは曖昧なもんですね。

たまには短いどうでもいい記事をね。

Twitterやってると差別化を意識して
長文の記事ばっかりになっちゃうからね。

ガキの使いでダウンタウンのフリートークが復活

「しんぼる」以降、ダウンタウン関連の行動が活発化している。
ガキの使いも最近はちゃんと作られていて満足度の高い番組になっている。
年末年始の特番の多さはダウンタウン個々の仕事まで含めるとかなりの数。

以前に今年の年末くらいにダウンタウン関連で、
何か動きがあるかもしれないという記事を書いたが。
ガキの使いで久々にフリートークが復活するようだ。
関西ではまだ未放送だが関東の方では本日放送だ。

今後の展開的には久々のダウンタウンのライブ実現というのも、
もしかすると現実味を帯びてきたのかもしれない。
それがなかったとしても、
久しぶりにダウンタウンのフリートークは新鮮だなぁ。

それと12/27の大喜利芸人日本一決定戦 IPPON グランプリ
この大喜利系の特番は嬉しい。
関西の人間だからなのか、大喜利は本当に大好きだ。
ここ最近はネタ系番組ばっかりで
大喜利をテレビで見れなくなっていたので非常にありがたい。

ただ残念なのはプラン9の久馬歩やバッファローの竹若元博のような、
大喜利で力を発揮する芸人がキャスティングされていないことかなぁ。
箕輪はるかの発想力はダイナマイト関西などを見たことがある人なら
既に分かっていると思うが非常に上手いので嬉しかった。
個人的には椿鬼奴なども参加して欲しかったなぁ。

まあ吉本だけに偏らないように配慮された
全体のバランスを考えてのキャスティングなんだろう。

逆に茂木健一郎のような人をキャスティングしているが、
一体どういう化学反応を起こすのだろうか。
さすがに芸人に混じって大喜利をやるって訳じゃないだろうけど。
個人的には茂木健一郎って的はずれな意見を言う人というイメージがある。

放送回数1000回を目前にしたガキの使い。
年末特番は6時間にも及ぶそうだ。

ヘタすると今年の視聴率は紅白に肉薄するんじゃないだろうか。
抜くかもしれないってのは流石に言い過ぎかな。
でも注目度的には全然ありえない話でもないと思うんだよな。

ただ笑ってはいけないシリーズは鮮度の低下のせいで、
視聴者側が企画自体に慣れてしまって食傷気味になってきている所もある。

しかし「年末の特番」というブランドは続けることにも意義がある。
同じフォーマットで行うため、どんどんと笑いの選択肢は絞られるし、
視聴者の期待を上回る為にはもっと過激なものや、新たな意外性の提示が求められる。

さらに言えば去年の「笑ってはいけない新聞社」はかなりのレベルだった。
視聴者のみならず出演者の予想を上回る面白さを、
毎年新しい方法論で提示しなければならないというのは途方もない難しさだ。
それでいてあの水準のものを作れてしまうのは凄いことだ。

まずはダウンタウンのフリートークが久々に見れるかも、
という予想が的中したことに、とりあえずの安堵を覚えつつ。

来年以降のお笑い界は一体どうなるのだろうという一抹の不安も抱いています。

ちなみに俺がダウンタウン関連の情報を手に入れているサイトは、
DownTown Sideさんというサイトからです。
ファンの方は既に知っておられるとは思いますが。一応。

奥井亜紀 ココロノフード ~銀のスプーンで召し上がれ~

ココロノフード ~銀のスプーンで召し上がれ~
11月22日 Esaka Museにて。
少し遅くなりましたがライブの感想などをば。
毎回3人編成とは思わせない素晴らしいライブを見せてもらってます。
しかも見る度に良くなっている。

Amazonなどの流通網が発展してきた昨今。
インディーズやメジャーの垣根なんて、
もはや今の音楽業界には無いに等しい。
プレイしている人たちは歴(れっき)としたプロの方々だ。

こんなに素晴らしい音楽が
多くの人の耳に触れないまま終わっていくのは勿体なさすぎる!!

興味を持った人は一度ライブに足を運んで欲しい!

俺もそこそこ色んな方のライブに足を運ばせて頂いておりますが、
奥井亜紀さんのライブは贔屓目など抜きに素晴らしいものだと断言できます。
ライブのチケットが取りにくくなるのは少し怖いですが、
もっと色んな人に奥井亜紀という人の素晴らしさを知って欲しい。
最近のライブでは本当に色んな世代の人、色んな客層の方々がこられています。

そういえばキーボードの西本明さんは
前回の大阪ライブの時よりもまた痩せてた気がするw
レコーディング・ダイエットの効果は想像を絶するな。
それに尾崎豊のI LOVE YOUのイントロが西本さん作曲のフレーズだったとは…

ちなみにMCで奥井さんが言っていたけど、
俺も尾崎豊に対してひねくれた印象を持っていた。
中学生から高校一年生くらいの時までは聴いてたんだけどね。
ひねくれだすと聴けなくなる時期がある。

でもあの日の奥井亜紀が歌ったI LOVE YOUは素敵だった。
尾崎豊の歌うI LOVE YOUの良さとは違う奥井亜紀のI LOVE YOUになるなぁ。

その明るく朗らかな語り口調からは想像もできないほどに、
奥井亜紀という人があらゆることから感じ取ることは
その感性の深さゆえにナーバスなことも多い。ように思う。
だが。だからこそ生きる力をもらえる。

緒結びを聴くたびに思う。

彼女が生きていく意味を自分の感性で言葉に落としこんでくれるから。
聴く者はそれを心に沁みこませてゆける。

まさしく心のフード。

悲しみや喜びや苦しみや楽しみ。
多くのことから世界は広がっていく。

ハジマルはTIMEcARTRIDGEの中でも個人的には思い入れの深い曲だ。
曲や歌詞や歌自体の良さも勿論なんだけど、
今年の6月のESAKAでのライブで
歌詞カードのハジマルの部分にサインを貰った。

ミーハー丸出しでお恥ずかしいが、
世界でひとつしかないサインを頂ける機会。
どうせならと思い[こんな]サインを頂きました。
嬉しい半面、アイドルあつかいしてるみたいで失礼かなとも思う訳で。
決してそんな感情ではございません。尊敬し、お慕い申し上げております。

あ、あと奥井さんは女性として
毎年どんどん魅力的になっていくのでドキドキしますね。
(やっぱりただのミーハーやないかw)

セットリスト
1.愛ってなんだい
2.しあわせのいろ
3.ハジマル
4.魔法の呪文
5.cyclong
6.ゆきうさぎ
7.泣くもんか
8.ブルーモーメント
9.I LOVE YOU(尾崎豊のカバー)
10.月の繭
11.夢の帆船
12.音海スイング
13.銀のスプーンで
14.Love & Love
15.ラヴレター
16.うつくしもの
17.You're the only melody
18.緒結び

アンコール
1.AKA
2.晴れてハレルヤ
3.Wind Climbing~風にあそばれて~
4.新曲
(↑タイトルをド忘れ。というかもしかしてタイトルは発表してなかったっけな。
ラジオで始めることになったTwitterから感じたことを題材に書かれた曲だそう。)
自己紹介
  • 世界の住人である証として


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