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しんしんとしてしずかなり

連続した多面体の集合が結晶の瞬きを放ち続ける

な んだか ふ わ ふわ  と
ぼ く は きらき ら と した うみ に浮かぶ

セイレーンの歌声に耳を澄まし

狂気の到来を待つ

飴細工の輝くトラペゾヘドロン

両腕を貫いた鉛の枷
世界の囚人のように夜を歩く
ただ歩く
ひたすら遠くまで

記憶が消えていくまで

迷い続け忘れ続け
何も忘れてはいなかったことを忘れては迷う

夜はながいなぁ
すこし欠けた月が妖しいバランスの光を放ち

薄い雲のヴェールのなかで

息を殺して明日の寂しさを予感させる

ああ。

ああ。。

なんだかもう少し、もう少しで届くような気がする。
それは狂気の終点の僕の旗だろうか?

歌声が聞こえる。

うたごえがきこえる。

鳴り止まないままとろけていくの。

海の中?
空の中?
胎の中?

生まれるのか
消えていくのか

どちらもおなじことなのかもしれないな
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さあ。

乾く夢のなかで浅はかな現実に溺れる

室内は存在しない宇宙の膨張と呼応する

狂った宴に歌えや踊れ

怯えた獣が逃げ込んだ

さあ。

バイオリズム、始まりの気配。

落ち込んでいたバイオリズムが回復し、
何か充実した時間が戻ってきたような気がする。

近い目標があると集中せざるを得ないし、
アコギもって自分の曲を久しぶりに練習して歌っている。

どうせライブをやるなら誰か一人にでも届かせてみたい。
音楽に込めた何か。
そして込めすぎないからこそ相補的になりえることがあるはずだ。

自意識と無意識の狭間の言葉。

歌詞書いてると全く訳のわからない言葉を書くことがよくあるんですよ。
後から調べたりして自分というフィルターを通して見ると意味があったりして。
間違いなく言葉って降ってくるもんだなとそういう時に実感します。
だから天文って言葉が大好きです。
そして地に足をつける僕ら人間は天を仰ぎながら
降り注いだ大地に根付いた理を探求していくしかない。

創作って俺にとってはやっぱり発掘みたいなもんなんだろうな。

『仰いで天を観て、伏して地理を察す。』(繋辞伝)
この繋辞伝の言葉が好きだ。
哲学とは物質主義の中では役に立たない学問かもしれないが、
世界は誰かの役に立つために存在するのではなく、
ただ「ある」ことと「ない」ことが本質だろう。

何を観て、何を察するのか。
そして何を観れず、何を察することができないのか。
外から世界を観察してきたような俺だ。
まずは世界の中に飛び込まなければ。
もうすぐだ。

12月13日、日曜日。
俺にとっての始まりの日。
同じ日に新居昭乃さんが東京で水の神殿というライブをやる。
時刻もちょうど同じ頃。
勝手に何かの啓示のように感じている。

同じ日、同じ時間に新居昭乃さんも歌っている。
力を貰いながらやれるような気がする。

うちのブログをブックマークして頂いている
[山紫水明~昔からある場所]のmorganeさんが水の神殿に行かれるようです。
行けない俺の分まで楽しんで貰えると嬉しいです。
俺のライブも見たいと言ってくださって凄く嬉しかった。
でも何か不思議な縁だ。

ブログ続けてたから興味を持ってもらえて、
それが俺の人生とやっぱり何か無関係とは思えなくて。

アメリカで何かに導かれるように経験を重ねる仲間。
そいつに背を押されるように俺も自分の人生の転機を迎える。

その日が俺の尊敬する新居昭乃さんのライブの日で、
そのライブに俺のブログを読んでくださってる方が行っていて。
なんか間接的に色んな人と繋がっているんだという実感が沸いてくる。

そして多分、本当はそのつながりは間接的なものじゃなく、
もっと直接的なものなのかもしれないなと感じるようになった。

やはり自分の意思で世界に飛び込まなければ、
自分にとっての世界は波風をたてない。
必要なのは意思だ。
意思の力が全てを引き寄せる鍵で、
意識を高く持っていればそこに至る階段は絶対に用意されていく。

人間関係だってそうだ。
自分が求める人間関係を妥協したら、
ズルズルとそちらに引きずられてしまうだろう。

こんなところで終わるつもりはない。
そして、こんなところから始まるんだな。


閑話休題


仕事の方もβ版ではありますが年内には面白いものが発表できると思います。
拡張性の高い根本概念だと思うのでスタッフ一同、
夢と情熱を持って取り組んでいます。

でも一番頭良い奴が一番大変な仕事してくれてんだよな。
助かってます、ほんと。

俺ももっともっと出来ることやらないとな。

慎重かつ大胆に、そして確実に前に進んでいこう。

B'z / MAGIC

B'z / MAGIC
1. Introduction
2. DIVE
3. Time Flies
4. MY LONELY TOWN
5. long time no see
6. イチブトゼンブ
7. PRAY
8. MAGIC
9. Mayday!
10. TINY DROPS
11. だれにも言えねぇ
12. 夢の中で逢いましょう
13. Freedom Train

まいった。
B'zの新譜、MAGICが凄い。
今年のB'zのシングルは「イチブトゼンブ/DIVE」、「MY LONELY TOWN」
その両方に感想を書いてしまうほどの出来だった。

ちなみにその記事。
B'z / イチブトゼンブ
MY LONELY TOWNに陥落する。

だからアルバムにも期待していたが、
これはヘタするとこれまでのB'zの歴史の中でも
トップクラスのアルバムじゃないだろうか。

アルバム全体の流れも流麗で曲間の長さを微調整する細やかさが見られる。
当然シングル曲もアルバム用にリミックスされている。
シングルバージョンのDIVEのイントロはダサくて嫌いだったが、
今回のアルバムでは1曲目との繋がりの為に、
いきなりリフから始まる。こういう細かな音楽作りをしなくてはならない。

個々の曲も良い状態で音楽に取り組めていることが分かる良作揃い。
楽曲のアレンジがこれまでの徳永氏から
寺地秀行氏に変わったことも新鮮さを産む良い効果を及ぼしている気がする。

以前にイチブトゼンブの感想で、
新しい音楽の「出口」を探そうとする意思を感じると書いた。

伊藤政則氏のインターネットラジオにB'zがゲストで出演した際に、
伊藤氏もMAGICというキーワードに絡めて「出口」という言葉を使っていた。
(そのインターネットラジオは12月31日まで聴けるそうなので、もしよければどうぞ。
ちなみに時間で言うと30分くらいのところでその話題が出てきます。)

そして今回のアルバム(初回限定版のもの)のジャケットの装丁は凝っていて、
ジャケット自体にかなりの意味性や抽象性が加味されているように思える。

まず最初に飛び込むのが幻想的な風景の中にある「ドア」の写真で、
その部分をめくるとその「ドア」が開いて「ドア枠」の向こうだけに道が伸びている。
道の先には幻想的な光の輝きがある。

しかし幻想的ではあるが道の向こうには人が作る混沌とした街が見える。

そのドアは「出口」にも「入り口」にも取ることができる、
風景の中にただ存在する扉だ。

幻想と現実を繋いでいる。

「出口」を探すため「入り口」を探す。
それを表裏と表現することは恐らく正しくない。
同質の異質。
陰陽の溶け合う当たり前の違和感。
「入り口」を探すのは「出口」を求めているからだ。

太陽も月も地球も廻っている。

生きるというのは恐らくそういうことで、
死ぬというのも恐らくはそういうことなのだ。

このアルバムの曲の配列は非常に練り込まれている。
配列によって曲自体が持つ意味が深まったり変化したりする。
MAGICでは音楽的な流れもさることながら、
曲の配列によって深みを増す哲学性まで読み取れる気がする。
意図的にできることではない。
しかし偶然だけでもそれは不可能だ。

MAGICの曲の中では「人の世にタネもシカケもないよ」と書かれているが、
作品にはタネもシカケもあると思う。
しかし仕込まれた以上の結果が生まれることをMAGICと呼ぶのだろう。

伊藤氏がラジオの中でしきりに
iPod等でアルバムを分解しザッピングして曲を聴くのは好きじゃないと言っていた。

パーソナリティとして作り手であるB'zの二人に、以下のようにそれを問うていた。

『実はそういう(分解してザッピングするような)聴かれ方は反対でしょ?』(伊藤氏)

『正直なところ作り手としてはね。
ただもう世に出しちゃったら皆さんの自由ですからね』(松本氏)

『ただこのアルバムを作った側からするととりあえずこれが完成形なので、
それだけは忘れないようにって、そういう気持ちはありますけどね。
ただ選択肢がある以上はそこで自由に楽しんで頂いて構わないですけど』(稲葉氏)


この言及をとる辺りが伊藤氏が感じたであろう、
今回のB'zのアルバムに対する評価に直結している気がする。

このアルバムの曲の配列によって生まれるMAGICを感じたからこそ、
あえて伊藤氏はその事を口にしたのではないだろうか。
明らかに今回のアルバムの曲の配列は、
この作品を名盤足りうる領域にまで引き上げている。

一曲目のギターだけで、かき鳴らされるイントロダクション。
そこからいきなりDIVEでアルバムの中へ突入し、
後は一気にラストまで駆け抜けるように聴ける。
今回のアルバムは5分をオーバーする曲が一曲もない。
その分、何度も何度もリピートして聴けるように作られている。

アルバムジャケットの一日が連続したような一枚の画像にも通じているだろう。

とにかく久々に徹頭徹尾こだわり抜かれたB'zのアルバムを聴かせて貰った。

特典でついてくるメイキング+PVのDVD内で、
MY LONELY TOWNを作っている時のシーン。
『ちょっと会心の、久々の会心の一発じゃない?これちょっと?』(松本氏)
『はははっ、えらい気に入ってるねw』(稲葉氏)
『いや、B'zとして、ちょっと、久々の。会心の一発。出たよ!』(松本氏)

こんなやりとりを見て、音楽ってのはこうじゃないといけないと思った。

創るということを本気で楽しんでいる。
そこには魂がこもるのだ。
音楽好きじゃない奴が良い音楽なんて作れるはずがない。

俺このアルバム大好きだ。

追記:
ちなみに特典DVDの中で松本氏がLOUDNESSのTシャツを着ていたり、
高崎晃氏とお互いのギター交換をして、
今回のアルバムでも高崎モデルのギターを使ったと言っていた。
スペシャルサンクスには故・樋口氏の名前も。
改めてLAZYやLOUDNESSが残したものの大きさを教えてもらった気分。
B'zはLAZYやLOUDNESSの影響下にあるバンドなんだなだと再確認。

Twitterの楽しみ方って?

ブログやってるとTwitterとの差別化がややこしい。

短い記事を書くならTwitterでいいのだろうか。
でもブログは記事として残るし、自分で読み返したりするのにも便利。
ネット上に開かれてるとは言え自分の領域って感じ。

Twitterはフォローしたりフォローされたりしながら、
孤独でインスタントなつぶやきが広がる世界なんだなぁと思う。
案外にブログよりも開かれた発信媒体なのかもしれない。
だからこれだけのムーブメントになってるんだろうか?
水道橋博士はつぶやきの伝播力に関心していた。

でも、どうしても冗長的な文になりがちな俺にはブログの方が合ってるのかな。
しかし俺の記事の独白的な性質はTwitterの性質に近い気がするけどね。

以前にもブログの右上につぶやきが表示されるようにしていたのだが、
自然とTwitterの方は利用しなくなっていっちゃったんだよなぁ。
一応、奥井亜紀の手紙のTwitterをフォローさせて貰った。
前回のライブでの新曲はTwitterにインスパイアを得て作られた曲だと言っていたし。
もう一度自分なりにTwitterの楽しみ方を模索してみようと再開。

Twitterはフォローしたりされたりして、
個人で閉ざされていたネットの世界を広げる感覚を楽しむものなのかな?
しかもインスタントな感覚がその速度と伝播力を向上させたり?

とりあえずはどうでもいい事をつぶやいてやろうと思う。
どうでもいい事に価値が生まれることもあるんだろうし。

追記:(0:30)
いやTwitterって本当に使い方次第で面白くなるんだなと今日で実感。
水道橋博士さんや岡田斗司夫さんはつぶやく回数も多いし、
内容もTwitterの伝播力や時間共有力を理解した有用な使い方をしている。

つぶやきに対してリアクションが出来たりして、ミーハー根性も刺激するw
今日は岡田斗司夫さんから反応して貰ったりした。凄いもんだ。
そういう所からまたフォローしてくれる人が増えたりする。なるほどなぁ。
有効に活用しようと思えば、能動的な受動行為が求められるのかも。
受動から能動への移行もかなりスムーズに行える。

他者への興味が重要な要素なんだな。
閉鎖的なくせに広がりがあるのはそういう訳か。

大量にマンガを買う。

昨日マンガを5冊買ってまだ全てを読み終えてもいないのに、
今日もまた古本屋で暴走してしまった。

R.O.Dの登場人物になれたら紙使いになれるくらいにビブリオマニアっぷりだ。
安かったもんだからさぁ~。ついついね。
置く場所がないのわかってるのに買っちゃうってのはもう病気だよね…

今から買ったマンガを列挙しますが出来れば引かないでください。
値段を見れば上手な買い物だと思っていただけるかと。てへへ。
いつもよりは少し多いですが、ほぼ毎月これくらいは買ってます。
昔に読んだことある奴もあるしね。
というか本当は最初はそれだけが目当てだったのに。
感想は年内中にでも。

・ファイブスター物語1~12 / 永野護 [\980]
なるべくなら手を出すまいと思っていたFSSをついに購入。だって安かったんだもん。

・APPLESEED 01&02 / 士郎正宗 [\850]
そういえばアップルシード読んだことなかったんだと思い購入。B5サイズはでかい。

・まんがアベノ橋魔法☆商店街 / 鶴田謙二(原作:GAINAX) [\158]
鶴田謙二が好きだったので購入。ちなみにアニメの方は見てません><

・ササメケ1~5 / ゴツボ☓リュウジ [\350]
ゴツリュウの持ってなかった作品を色々と購入したセットの中のひとつ。

・ササナキ1~2 / ゴツボ☓リュウジ [\450]
ササメケの続きで4巻で完結らしいがとりあえず2巻までを購入。

・パンテラ1~3 / ゴツボ☓リュウジ [\220]
恐らくこれで種類としてはゴツリュウオリジナルの作品は網羅したことになるのかな。

・君といつまでも / 山本直樹 [\158]
山本直樹は持ってないの見つけるとつい買っちゃうクセがついちゃった。

・カーニヴァル1~2 / 御巫桃也 [\180]
以前に本屋で平積みになっているのを見て気になっていた。安いので購入。

・アバラ 上下巻 / 弐瓶勉 [\140]
BLAMEの作者の作品。この人のマンガって実はしっかり読んだことなかった。

・となりの山田くん全集1~3 / いしいひさいち [\480]
いしいひさいちも読んでおきたかったし、これを見た後に高畑勲の映画も見たい。

・KaNa1~4 / 相楽直哉(原作:為我井 徹) [\480]
まったく知らなかったがジャケ買い、もとい表紙買い。安かったし。

・こぐまレンサ1 / ロクニシコージ [\105]
以前に1巻と2巻が合体した完全版を購入したのだが後輩に借りパクされたので購入。

・ジョーダンじゃないよ!1~11 / 斉藤むねお [\1200]
子供の頃に読んだB級バスケ漫画。もともとこいつを買う為だけに出かけたはずが…

これで合計が48冊で[\5751]というお買い物。
約50冊で5000円強ならかなりお得なお買い物ではないだろうか。
ハズレもあるかもしれないけどねー。
基本的には気になる作者や作品を買ったので満足満足。

これらの感想はもしかしたら、
他のマンガの感想書いてる間に年明けになっちゃうかもしれないなぁ。
マジでこのペースでマンガを買い続けるのはマズイ。
何かに取り付かれたように買っているなぁ。

それだけの本をカゴにつめながらも
更に小説コーナーに足を運ぼうとした俺は頭がおかしいのかもしれない。
いや実際には足を運び、カゴの中の本の量を見て断念したんだけれどもねw

さあ今日は読むぞー。

ちなみに俺の部屋の本棚はもはや本棚としての役割を果たしていないというのを、
写真にとってみたのでご覧頂きたいと思います。

book
※クリックすると拡大してご覧になれます。

地べたに積み重ねられていくマンガたち。
布団の横にこいつらがいます。
幸せな不浄の部屋にいます。
本当はもっと沢山あるんですよ。うふふ。(唯一の自慢w)

追記:
・円ちゃんの偶然見つけた画像を楽しむポイント講座。
左上に上遠野浩平や渡瀬草一郎のラノベとかが横向きに並んでるんですが、
北村薫の「水に眠る」という作品の下には「雨月物語」があり、
さらにその下には牧村僚の「人妻・少年狩り」があるんです。
なんとも湿り気の多い並びだと思いませんか?w
けど少し見えにくくて残念。
その横にPHP研究所の「相対性理論と量子論」なんて本があるあたりが混沌としてて良い。

Brand-new Bottom Line

たまたま運悪く毎日見ているアメリカに行ってる野郎のブログを今日も見る。

自分のことで精一杯の環境だろうに
俺の事なんかを気にしてくれてるのは嬉しいものだ。
いや、もうこういう言い方をするのはやめよう。

そりゃそうだ。
気になるはずさ。
だって俺だぜ。
俺は俺が認める世界一を目指そうとしているんだから。
と言いつつも謙虚に。
そして確実に自信をつけていける人生を求めていこう。

けれど、まだバンドでのライブの目処が立っていない。
それが堪らなく悔しかった。

バンドの仲間を探すのは大変だ。
これまで何人かの人にアプローチしたが、
やりたいことが違ったり、短期間の目標が足を引っ張る。
このままじゃ、あいつが帰ってくるまでに出来るかどうかわからない。
でもそれを言い訳にしてライブが出来なかったとあいつには言いたくない。

だから一人でやることにした。

ライブバーみたいな所でアコギ一本で2曲くらい演奏する感じらしい。
まだ出られるかどうかは未定だが、
もし出られるとすれば12月13日の日曜日になりそうだ。
(追記:出られることになりました。頑張ります。)

まずは人前で演奏してノミの心臓を鍛え上げる。
学生時代はストリートでやったことだってあるし、
ギターの置いてあるスナックで披露させて頂いたことだってあるのだ。

やってできないことはないはずだ。
失敗したりヤジられたり辛いことがあっても、
そういう経験もプラスにしていくと決めたじゃないか。

もちろんバンドでのライブを諦める訳じゃない。
今後も一緒にプレイしてくれる仲間を探そうと思う。
それにアコギやバンド以外での形の発表の仕方も模索してみようと思う。

とにかく言葉で逃げない。行動で示す。
舐めんなよ相棒。

俺だって俺のBrand-new Bottom Lineを見つけてみせる。
それまではみすぼらしくても足掻きつづけてやる。

便所の落書きブログ

油断をして再び太り始める。
一時期70㎏をきった体重も深夜の食べ過ぎで現在では70キロ台後半をウロウロ。
しかし115キロあった頃が懐かしいです。
でもあんまり本人の意識は変わらないもんなんですねw

しかし怠けてリバウンドは流石にいかんということで、
油断と飽きから怠けていた筋トレを今日から少し力を入れることにする。
前と一緒じゃ飽きちゃうから、
今度はちょっと引き締めたい部位を意識した筋トレをしよう。
ジョギングもほとんど出来ていないしなー。

でもストレッチが本当に少しずつ身体の体調を整えてくれている気がする。

年明けくらいまでにはいい調子になれるかもしれない。
というかならなければ。

奥井亜紀さんのライブでは本当に力を貰ったなぁ。
近いうちに簡単な感想でも書こう。
来年も大阪ライブがあったら絶対いくぞー。

奈良からジョギングで行ってやる。
(↑まったく面白くないウソ)(←こいつアホ)(←おまえのほうがアホ)
(↑↑↓↓←→←→BA)(←コナミコマンド)(←すぐヤれる↑→)(090-XXXX-XXXX)

電子書籍リーダーのこれから。

電子書籍リーダーってもっと進化して欲しいよなぁ。

小説サイズ、コミックサイズ、ワイドサイズとバリエーション展開して、
電子書籍リーダでマンガや小説とか読めるようにして欲しいな。

だからといって紙媒体のコミックをなくすんじゃなくて、
両立すればいいんじゃないかと思うんだ。

紙媒体のコミックを購入したら電子書籍リーダーに
作品のデータをインストールできるようなシステムを作ったりしたり。
紙媒体が必要ない場合は、
ネットや書店でデータのみを購入できるようにしたりとか。
当然その場合は書籍で買うより価格は廉価でないといけないけど。

正直データ関連の価格の高さは異常だと思うのだ。
mp3程度の音質のものを何故そんな価格で購入できるのか分からないし。
着メロや着うたなんかは個人的には悪徳商法だと思っている。
CDの音質ですらバカバカしいくらいに高い。
当時ならCDを作る原価も高かっただろうから仕方ないかもしれないが、
技術が進歩して安価に作れるようになっても、
音楽業界はCDの価格帯をずっと同じ価格帯でやろうとしてきた上に、
縮小再生産のようなサイクル型の音楽シーンを作ってきた事にも責任がある。
当時に比べると一枚に収録できる曲数は増えたが、
アルバムは曲数が多ければいいってもんじゃない。

マンガも一部ではデータ販売される時代になってきたが、
まだまだ浸透力を持っていない上に、
パソコンや携帯くらいでしか読めないしね。

要は不正な手段で作品を読むのを防止できればいい訳で。

更に言えば、ちゃんと面白いものを作ってもらえれば、
人は対価を支払うことに喜びを覚えるものだ。

とにかく、このままじゃ俺の部屋が本の重みで倒壊してしまう。

環境問題的にも紙の消費が抑えられるし良い事だと思うんだけどなぁ。

ぶっちゃけクリアするのが難しい問題点がかなり多いんだろうってのはわかる。
でもやっぱ時代が変化してきてるんだし、
これまでのままのスタンスは継続で、
色んな業界が足並みを揃えて新しい試みをして欲しいなーと。

部屋に溢れかえる書籍を見つめながら夢想する晩秋。

さっき夕食ついでに漫画を買いに行ったよ。

ここ最近で読んだマンガの感想とか書きたいんだが、
感想書くより読むのに夢中で全然書けない。
年内にはいろいろな感想を書いていきたいと思う。

一応さっき買いに行ったマンガの収穫。

・クトゥルフの呼び声 / 宮崎陽介(原作:HPラヴクラフト)
・PET リマスターエディション3 / 三宅乱丈
・将国のアルタイル3~5 / カトウコトノ

まだ読んでないがラヴクラフトのコミカライズがどうなっているか楽しみ。

PETはまずイムリで三宅乱丈にハマって、
リマスターエディションのPETが書店に並んでいたので手に取る。
リマスター前のものを買おうかどうしようか悩んでいたので、
まさしくベストタイミングで刊行してくれた形だ。
ってか最近ビームコミックス系ばっかり買ってる気がする。

将国のアルタイルは2巻まで読んで、一応気になったので続きを購入。

とんねるず

ふと気付いたことがある。
そうだった。
思い出した。

俺は「とんねるず」が大好きだったのだ。
けれど今のとんねるずをお笑い芸人としては俺は見ることができない。
個々に一流の司会者やタレントではあれど、
テレビの中でコンビのお笑い芸人として勝負しているようには見えない。

それは彼らを活かすテレビ番組がないからだとか、
時代がそれを難しくさせているからだとかいう理由なのかもしれない。

けれど俺は好きだったのだ。
少年時代、彼らのお笑い番組を愛してやまなかった。
『生ダラ』や『みなさんのおかげです』を毎週楽しみにしていた。
その破天荒さやテレビ芸やコントが好きだった。

それらの面白さは確かに記憶に残っている。
『生ダラ』ではアナウンサーの福澤氏までもがスターになった。
北島三郎宅におしかけて勝手に酒飲んで無茶苦茶したり。
天然の輪島兄弟にスポットを当てたり。
海外ロケでマラガの海のおくりものボブ市川に闘牛をやらせたり。
定岡正二を上手くつかったり。
何より、スターにしきのという面白い存在を見出したのも生ダラだ。

けれど途中から企画が息切れしはじめて、完全に番組の勢いが失速した。
同時期に「みなさんのおかげです」も一度終了することになる。

普通に考えれば当然だ。

コント番組を長年続けることは基本的に不可能だ。
特にとんねるずのように
キャラクターコントのシリーズ物を得意とする場合。
前回のコントと同じことをする訳にはいかないが、
求められているものは同じキャラクターの違う面白さであり、
これを長年続けるというのは消耗の激しさが尋常ではない。
ゲストを入れたりしながら微妙な変化や化学反応を待つしかなくなるだろう。

休息は必要だろう。

しかし。
もうそろそろ、とんねるずの本気をまたテレビで見たい。
いつの頃からか長者番付には顔を出すが、
とんねるずの爆発的な笑いがテレビから飛び出すことが少なくなった。

とんねるずにしか作れない笑いの形というのは確実に存在するのに。

仲が悪いとかって話も聞くし、
ネタをまるで作らなくなったのは何か理由があるのかもしれないが。

それでも、もう一度とんねるずで爆笑したいなぁ。

決意2009末

アメリカで素晴らしい体験をしている仲間がいる。

俺は俺のやり方で、自分の道を探そうともがいている。
もがかなくちゃならない。
あいつと同じやり方じゃ俺の道は見つからないだろうから。

最終的に人は死ぬ。

だから自分に嘘をついちゃいけない。

でも当たり前だけど、よく誤魔化して逃げる。
いい加減もうウンザリだと何度思ったことだろう。
けれど、そうした苦悩と共に歩いていると、
少しだけ自信がついてくる。

結局、ビクビク怯えながら、
何かを必死に誤魔化しながら、
色んなことから目をつぶりながらでも。

今、俺は生きている。

自分に嘘ばっかりついてきた。
だからこんなだ。

変わろう。
変わろう。

自分なりの変化を。
自然なままで。

来年は俺の年にしてみせる。

会話

さて先日、少々イライラすることがありまして、
精神状態的にはあまり安定した状態ではありませんでした。
というかここ最近は結構ずっとそんな感じなんですが。

それはさておき。

その日は知人とコーヒーを飲みながら会話していた訳です。
無軌道な会話は相変わらずのこと。
その知人が
「インディーズのお笑いのライブがあるから一緒に行きませんか?」
と言うので普通に「いいよ、んじゃ行きましょう」
というような流れになりました。

そこで、どういったライブなのかが気になったので、
「それはどんな感じのライブ?」と問いかけました。

お笑いのライブといっても色々とあります。
名のある芸人さんのワンマンライブ。
若手さんのオムニバス形式のライブ。

インディーズでやってる方のお笑いライブというのは、
コンセプト系でまとめたものや
カルトやアンダーグラウンドなものが多い。
とはいえ俺もお笑いのライブからは結構足が遠のいている。
インディーズのお笑いライブを見るのは野外以外では初だ。

なのでその雰囲気を確かめるべく、そういう質問をしたわけですが。

しかしまあ。
彼の説明からではまったく概要が見えてこない。

「これまでにないようなものだから説明するのが難しい」
と言われたので、
「どういった風にこれまでにないようなものなの?」
と俺は聞き返す。

すると
「どうしてそうやって型にハメようとするんですか?」

と不機嫌そうな感じで逆に問いかけられた。

正直、持ってたコーヒーカップでドタマをカチ割りそうになってしまいましたが、
いつでも殺せるのでここは言葉だけの牽制で我慢。

説明が上手くできない言い訳に、
相手を否定する心根が気に食わない。

会話とは伝えるための手段であり、
そして伝えたいことというのは、他者には伝わりきらないものなのだ。
伝えたいことは伝わりきるなどと思っている阿呆は死ねばいい。
どうして伝わらないの?と泣くバカに
何故最初から伝わると信じ切れていたのかを問いたい。

だから人は言葉を繰り、頭を捻り、相手のことを理解しようとする。
それでも理解することなどできないから、
言葉というのは未だに人と密接に関わっている。

少なくとも。
俺は彼の推薦するそれをどういうものか知りたいと思った。
推薦するくらいならば、
最低限なぜそれを推薦したくなるのか自分が理解できていなければいけない。

例えばそのイベントのことを詳細に話した所で、
笑いとしての面白さは俺には伝わることはないだろう。
それは現場の空気や、
時間と空間を共有した場でしか生まれない笑いがあるからだ。
俺とてそんな話を聴きたいとも思わない。

自分の感性が、何か面白いと感じたのなら、
それを他者に伝える時に、どう言えばそれが上手く伝わるのだろうか。
そうしたことを常に念頭に置いておかなければ人は「会話」を忘れていく。

俺が聴きたかったのは、
彼がどういった部分に感銘を受け、
何故それを面白いと感じたのかということ。

どんなライブかを説明することができないなら、
なぜそのライブを面白いと感じたのかくらいは説明できるはずだ。
少なくとも本当に面白いと感じていたのなら、
それを理解させたいと思うはずだ。
そのための努力を怠った人間に悪し様に言われる筋合いはない。

もともと会話能力に乏しい人間だったが、
真摯に伝えようとする意思すらも放棄してしまったのかと。
凄く寂しい気持ちになった。

けれど。
俺もイライラしてたし、普段なら気にならないレベルのことかもしれない。

それに俺だって上手く他人に伝わる言葉を使えているなんて思い上がるつもりはない。
本当に人の批判なんてしてられないんだ。
まずは己を律し、己を見つめ、己を少しだけでも認められる人間になりたい。
そう切に願っている。

言い訳ばかりじゃカッコ悪くて生きてたくなくなる。
自分の人生に合否だせんのは自分だけなんだわな。

続けてみるもんだ

最近ストレッチを少しずつ続けていたら、
絶望的に硬かった身体が柔らかくなりはじめた。

まあ以前がそれはそれは絶望的に硬かったので、
まだまだ硬いんですけどね。

でもやっぱり姿勢って重要なんだと思いますな。
正常な姿勢というのは清浄であるということなんでしょう。
それは姿勢だけじゃなくて、
生活態度とか部屋の汚さとかにも繋がってるのかもなぁ。

いやはや、俺はまだまだ不浄のようです。

でも毎日の積み重ねのストレッチで身体が少し伸びてきて、
色んなことが多分、そうやって少しずつ伸びて
ゆとりが持てるようになったりするるんだろうなとか思ったり。

明日は奥井亜紀さんのライブだ。

楽しんでいこう。
俺のモチベーションも上がるぞー。

音楽だって続けてりゃ、いくらだって伸びていくはずだ。

ほんとうのたいよう

黄金の景色を求めている

いつだって光に満ちている世界で

探そうとするから見つからない

そこにいると思えば

たぶんそこはもう既に輝いている

いちについて

精神の中心にて

放射と収束の胎動

雨の海を泳ぐ

世界の色が滲む

絶えない心の声

リビングレジェンド・エアロスミス

エアロスミス新ボーカル募集とタイラーの脱退の噂。
少し驚き、そして少し悲しい気分になる。
リビングレジェンドがついに終焉を迎えるか。

あまり驚かないで済んだのは、
エアロが既に新作を発表しないバンドになっていたからだ。
今年は新作製作してるって噂を聴いて少し楽しみにはしてたけど。

JUST PUSH PLAY以降のエアロは、
確執やトラブルの火種を抱えたまま走る列車だった。

当時からタイラー以外のメンバーは
JUST PUSH PLAYの方向性に難色を示していた。
事実JUST PUSH PLAYは良いアルバムではあったが、
エアロスミスである必要性はなかった。  

Honkin' on boboではその鬱憤を晴らすかのように、
カバーでもエアロスミスは成立するということを証明する一枚となった。
セールスはJUST PUSH PLAYと比べるとイマイチだったようだが。

ペリーだって一度抜けて帰ってきたんだし。
ペリーとタイラーが仲直りすることも祈りつつ。
まずはトムの癌が治ることを祈りたいと思います。

それにしてもエアロは昔から険悪な空気になるのが得意なバンドですね。

まったくもってどうでもいい記事

いやぁ、辛気臭いネタばっかりだったのは、
俺の精神がネガティブな方に向いていたからなんですねぇ。

スパロボNEOが思ってた以上に面白くて嬉しい悲鳴。

そのおかげかどうかは知らないが少しずつ回復の兆し。
一つ何かが良い方へ転ぶと、
自分の中から見つけるものも良い部分が多くなる。
ポジティブシンキングの醍醐味はここにある。
俺の幼少期の性質から言えば俺の本質はこっち側のはずだ。

まあ、思春期を迎える頃にはネクラになっていたんですがね。

人間ですもの、そりゃどちらの性質も持ってます。
俺の場合はちょっと極端に表面に出てしまうんですよね。
単純に根性が足りないとか忍耐力が足りないとか、
そんな程度のことかもしれませんが。
たはは。てへへ。とほほ。

まったくどうでもいいことなんですが、先日
「あなたの音楽には訴えかけがない」と指摘されて目から鱗だった。
まさしくその通りだ。

指摘してくれた人は別に悪い意味で言ったわけじゃなく、
素直に意見をくれたのでとても感謝している。

語り部的だとも言ってくれたが、
これは以前に書いた記事に俺自身もそのようなことを書いていた。

観察ありきなのだ。
メロディやコードに起因する観念や言語的な0地点を自分で規定して、
それらを包括して語る言葉を音と共に探す。
これが俺の曲の作り方だ。
言葉にして書くとわかるが、
これが開かれた訴求力をもつものかどうかは一目瞭然だ。
「分かりにくい」と一言でバッサリだろう。

俺の音楽や言葉は外部に対する能動性
つまり主張というべきものがほぼ皆無で、
受動的な人にとってはまったく意味のない音楽なのだ。

少なくとも能動的な受動をしてくれる人には何かを残せると思っているが、
それはまだ結果として証明できていないので、
この仮定にはまったく実が伴っていない。
さらに言えば、そうした人たちなら
勝手に探してこちらを見つけてくれるから、
その人たちを意識して球を投げる必要がない。

そういった性質のことは、言われれば確かにその通りなのだ。
しかし指摘されるまで、俺はそれが弱点だったとは気付いていなかったのだ。

つまり、俺はそれを武器にしているつもりだったのが、
結果として聴いてくれる人間を限定する性質になってしまっていた。

別に売れっ子になりたい訳じゃないので、それはそれで問題はない。
しかし意識させられてしまうと、
意識的にその外を見てみたいと思うのが人の常。
できるかどうかはわからないが、
もしかしたら新しい自分の音楽を探せるかもしれない。

どうせなら受動から能動へと誘うような音楽を探そう。

自分の言葉で、他者に何か楔を打ち込めるようなのを。
とりえあえずはポジティブ思考で先へ進んでみることにしよう。

墓参り。

久々の更新。
ちょっと色々とあって更新ができなかった。

ずっと伸ばし伸ばしになっていた墓参りにようやく行けた。
遠くにお墓があると墓参りに行くのも一仕事だ。
親父の身体の調子もここ最近あまり良くないので、
もしかすると一緒に墓参りに行けるのは最後かもしれないと思って行った。

いつもそうして覚悟を決めておかないと、
不意に何かが起こった時のことを考えると不安で眠れやしない。
いつ何が起こっても不思議じゃないことを俺は知ってる。
そうしたことは突然訪れるんだってことも知ってる。

辛そうな身内とずっと暮らすというのは結構きつい。
自分は何もしてやれないし、
憎まれ口を叩く気力すらないほど消耗している親父の姿を見ると、
なんだか己の無力さを見せ付けられているようだ。

昔は本当に自分の手で殺しても構わないとまで思っていたのに、
いつの頃からか親父との関係は少しずつ改善されはじめた。
母が助けてくれたのかもしれないなぁ、と思う。

墓参りついでに温泉旅館をとって一泊した。

恐らく次に墓に行くのは誰かが入る時なんだろうな、と、
またなんとなく覚悟を決めながら、
残された家族団らんの一時を楽しんだ。

多分、母たちも一緒に来てたに違いない。
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