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懐疑し、そして信じるな。ただ考え続ければ良い。

テレビや新聞などのマスコミが
本来のマスメディアとして機能していないのは事実だと思うのだが。
最近のネットvsその他のマスメディアという図式はあまりよろしくない。

テレビや新聞がまともに機能していないから、
「ネットの方が健全な情報が手に入るかもしれない」
という頭に利用者がなってしまうと、
ネットもテレビや新聞と同じ轍を踏むことになる。

朝日新聞の工作員だとか、毎日新聞の変態記事云々は、
それこそ本当に一部のスパイによって起こされた事件かもしれず、
新聞社自体を批判する理由にはならないかもしれない。

身内を擁護する体制が日本的なものだとすれば、
その体制を利用したスパイ活動を行い、
日本の各マスメディアをまともに機能しなくさせることが、
最終的な目的かもしれないと考えることだってできる。

だから自分で考える力が必要になるのだが、、
自分で考えたからといって、その答えが正しい訳でもなく。
そいつが自分で考えたように
心理を誘導させることくらいは比較的容易なことだ。

懐疑的であることは悪いことじゃない。
あらゆる可能性を吟味しているといえるからだ。
しかし真実というものはあまり信じない方がいい。
物事というのは見る角度によって答えが変わる。

とにかく、あまり何でもかんでも信じるな。
と言ってしまうと、
俺が「信じる心」をなくさせようと目論む、
悪の組織の工作員の一人のように見えてしまうこともあるだろう。
まあ信じすぎてしまうよりかは警戒心があって良いんじゃないだろうか。

自分に対しても懐疑的なくらいでいい。
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脳を絞る

今日はあまり身体の調子が良くなかったのか、
頭がボーっとしてしまう。
親父も退院し、その他いろいろな問題も少しずつ解消。
身体と頭の気力が一気に抜けたのかもしれない。

頭の中にジュクジュクの灰汁が溜まっていくような感覚。
寝ると脳が絞られて、どんどん不要な灰汁が出てくる気がする。

また新しいことを吸収させる為に脳を絞る。

バカという処方箋

自分で考える力を養え。

と人に言われると、
「てめぇよりは考えてるよバカ」
と思ってしまうのが人の常。

でも、そう思っているうちは大体が自分の方がバカである。

自分で考える力を養えと言っている奴はというと、
まだ自分のバカさ加減を知っている分だけ、いくらかマシってもんだろう。

ここで自分のバカさ加減に気付いた時に、
どのように自分のバカさと付き合うかを考える。
するとそこで頭を使うので、少しだけ賢くなることができる。

次に自分もバカなら自分以外もバカばっかりだと気付く。
その反面、すべてのことが自分にとって先生にもなりうるのだとも気付く。
だって自分がバカの代表で、知らないことだらけだと分かれば、
どんなことでも学ぶ材料にすることができるのだ。
バカだらけの中でバカを知り、自分や自分以外のバカと向き合う。

するとバカってのはそれほど悪いことじゃねーと思い始める。
そうして自分の中のバカ探しをするのだ。

ああ、俺ってこんなにバカだったのかと気付き反省し落ち込む。
でも気付けたから少しだけ賢くなる。
賢くなった分、自分のバカさ加減がもっと見えるようになる。
そしてまた自分のバカさ加減に気付いて落ち込む。
たぶん死ぬまでこれを続けなきゃ、本当のバカになっちまうんだ。

『バカは死ぬまでなおらない』

世界中の人間が自分はバカだと気付けたら。
この言葉を皆で鼻水たらして泣きながら叫びたいね。

なんて希望に満ち溢れた言葉なのだろうか。
死ぬまで人は学び続けることができるのだ。
賢くなることが決して良いことだとは思わないけれど。

全ての世界中の人が抱えているバカ以外に死ぬまでなおらない病気とは何か?

それは「生きる」という病だ。
死ぬまで人は生きるという病におかされる。

俺は生きている限りバカであり続けたい。

宣言しなくたってバカなんだけれども。
バカだから言ってしまうんだなぁ。
いやぁ、バカだねぇ。

藤子F不二雄のパラレルスペース

藤子F不二雄のパラレルスペースというドラマを見た。
タイトルどおり藤子F不二雄の作品をドラマ化した、
全6話の作品群なのだがこれがまた全部良く出来ている。
久しぶりにドラマで良く出来た作品を見た。

01「値ぶみカメラ」
02「あいつのタイムマシン」
03「ボノム~底ぬけさん~」
04「かわい子くん」
05「征地球論」
06「ボクラ共和国」

以上の6作品だが、それぞれに毛色が違う。
また作品のチョイスが良いんだこれが。

最初の「値ぶみカメラ」は短いが、
藤子マンガをマンガのテイストそのままに実写にする。
というマンガをドラマ化する意味性に逆説的に踏み込んでいて、
しかもそれがちゃんとした味になっていて好感を持てた。
恥ずかしながら「長澤まさみ」さんという人の顔と名前が、
この作品でようやく一致しました。

全作好きなんだけど、
個人的には「ボノム ~底抜けさん~」のラストシーンでの
國村隼さんの表情が凄く好きだ。
役者の実力を見せ付けられたような気分。
脚本も上手くて「底抜けさん」をドラマ化するスタッフを、
「底抜けさん」のプロットを使ってオーバーラップさせる、
いわゆる二重構造にしている。
そうしたそれぞれのスタッフや役者たちの、
ただ単にマンガを実写化させるんじゃないぞっていうプロ根性の部分が、
このドラマを面白くしている理由に違いないと思う。

それとやっぱり子役がむちゃくちゃ頑張った「ボクラ共和国」だ。
これは最初の「値ぶみカメラ」とは違ってて、
原作の設定だけを流用してドラマでは少し違う筋になっている。
しかし、これがまた上手いんだ。
物語の緩急や流れの作り方はマンガに忠実だ。

「征地球論」のドラマ内での作品への突っ込みや、
皮肉っぽい表現手法なども好印象で―

―と、褒めだしたら6作全部いえるくらいに良く出来てた。
役者を含めたドラマのスタッフが、
自分たちの仕事にも誇りを持ちながら、
原作である藤子マンガへのリスペクトの念を忘れていない感じ。

日本にも品質の高いドラマを作る技術はまだあるんだなと、
個人的には非常に感銘を受けた。
ただ単に原作が藤子F不二雄だから面白い訳じゃないんだなぁ。

もし機会があればご覧になることをお勧めしたいドラマだった。

新居昭乃の物販のセンスは良いよね

それはそうと新居昭乃のツアーの物販は良い。
ソラノスフィアのTシャツは黒と白の二種類があるのだが、
デザインはソラノスフィアを表す内側に広がる球体世界の絵のみ。
どこにもアーティスト名やツアー名が入っておらず、
普段着として使うことのできる中々の一品だ。

というか普通のシャツとしても良い出来で、
男が着ても女が着ても成立するデザインで非常に秀逸だ。

俺は紅茶を飲まないので買わなかったが、
オリジナルブレンドの紅茶に曲やアルバムのタイトルをつけて、
そのイメージに合わせた味や香りのブレンド紅茶も販売している。

ナナちゃん人形も少しお値段は張りますが、
俺は記念品として購入しました。
人形好きな人とか女の子とかは、
どこかにつけて一緒に出かけてもいいかもしれないね。
俺がやるとただのヤバイ人になってしまうのでやらないけども。

ライブのパンフレットもDVDという形をとっていて、
ただの写真集みたいなのに3000円近く出すよりは
同程度の金額でも値打ちがある。
インタビューや未発表曲が収録されていたりして、
高級ホテルじゃないが行き届いたサービス精神のようなものを感じる。

DVDパンフっていうスタイルはこれからどんどん増えそうだなぁ。
というか増えるといいな。
物販はアーティストごとに色んな遊び方をして欲しい。

筋肉少女帯はマイお箸セットが良かった。
奥井亜紀は黒いふわふわのタオルが良い。
ZABADAKはピックセットが嬉しかったな。
物販もライブの醍醐味の一つでもあるから。
どうでも良い物よりかは普段でも実用的なものか、
おっと目を引くアイデアグッズがあると嬉しいね。

ほんの雑感

毎月、その月の前の月に読んだ漫画の感想を書いているのだが、
6月は40冊オーバーしてしまい少し辟易している。
全部書かなくてもいいような気もするが、
どうせ読んだんなら書きたいしなぁ。

というか7月も中々のペースで読んでいるので、
二ヶ月連続で大変な目にあいそうだ。

原因はおそらく上遠野浩平のライトノベルをまとめ読みしたからだ。

情報中毒になっているのだ。
ある一定の情報量を身体に供給し続けないと飢餓感に襲われる。
少しずつ改善させていかないと、家が本屋になってしまうなあ。

輪環の魔導師6 / 渡瀬草一郎

渡瀬草一郎の輪環の魔導師の新刊が出ていたので購入した。
もう読み終わったのだが、やはりこの人は凄い。
何が凄いってこんなに分かりやすくて面白い作品を書いているのに、
世間的にはそれほどブレイクしないのが凄いよ。

「空鐘」も好きだったがこちらも十分に面白い。
空鐘ではあまりなかったがパロディ的な要素を作中に入れてきているし。
輪環の魔導師にはそういう遊び心を受け止めるだけの土壌は十分にある。

これまでの丁寧な伏線の張り方が
ようやく怒涛の展開に向けてまとまり始めてきた所って感じかな。
最近では丁寧に伏線を張る事を
冗長的だと感じる人も多いみたいだけど、
それはあまり良くない傾向だろう。
フリが利いているほど面白いということは往々にしてある。

空鐘の熱が冷めやらぬままに1巻を読んだ時には、
『面白くはなりそうだが「空鐘」と比べるとどうかな~』
なんて馬鹿なことを考えたりもした訳ですが、
いやいや十分に面白い。

人間関係の構造構築と物語の転がし方が異様に上手い。
登場人物の多さの割に不自然さが感じられないのは、
作者の手際がいいからだ。
作劇上であまり必要のないキャラを読者の意識から消し、
それを裏で動かすセンスが抜群に上手い。

「空ノ鐘が響く惑星で」と合わせて、
ぜひ「輪環の魔導師」の方もお楽しみ頂きたいなと思います。

ショタ志向の方には主人公のセロを。
ヤンデレ好きにはヒロインのフィノを。
人間には萌えないという方には、
喋る黒猫(♂)のアルカインもご用意して御座います。
もちろん子安武人の声が似合いそうな、
インテリイケメン担当キャラのホークアイ様もおられますし。
東方系の頑張り屋さんなキャラがお好きな方にはシズクを。
お姫様好きにはイリヤード姫などなど。
キャラクターの品揃えには自信がございます。

空鐘も十分キャラクターは豊富なんですけどね。

つまり何が言いたいのかというと。
キャラクターが生きているからこそ物語が面白くなる訳で、
物語とは物語だけでは人にとってはつまらないものになってしまう。

これは「よつばと!」のあずまきよひこが言う
『物語性というものは信じていないがキャラクターは信じている』
という部分にも通じている所だろうと思います。

キャラクターが生きていなければ、
どれだけ面白い物語であろうとも「ただの出来事」にしか過ぎない。
逆に言えばキャラクターさえ生きていれば、
ただの出来事も十分に物語的な文脈を持ちうるということだ。
「お話」とはそういうものなのかもしれないなぁ。

ソラノスフィアからエデンに降るプラチナ

新居昭乃 in Zepp Osakaにて。
音に酔っぱらう。

一緒に行った人のことをまったく意識できなくなった。
ただ歌と音と空間に酔いしれていた。
あれを最前列で見ることができたのは本当に幸運だった。

新居昭乃はもちろんのこと。
すべてのメンバーを肉眼ではっきりと見ることができた。
少し残念だったのは近すぎて、
舞台全体を使った映像的な演出が
効果的に見れなかったことくらいだろうか。

薄い幕を使った現実空間におけるレイヤー感というのは、
デジタルな世界とアナログな世界の融合に思えた。
『降るプラチナ』の時の光の降る演出は凄まじかったなぁ。

パンフレットDVDじゃなく、
ソラノスフィアのライブDVDを出して欲しい。
今日一日じゃ全然足りないよ。

細かくあれこれと思い出すが、
あまり言葉にはしたくない。
とにかく最高の一日だった。
今日は人生におけるターニングポイントだ。
はっきりと旗をたてた。

直日神

以前に天河神社に行ったときに引いた「おみくじ」を読み返していた。

やたらと暗示的な言葉が並んでいるように思える。
おみくじだから当たり前か。
当たり前ってのは深い言葉だね。

その中に「直日の神をまつりふかくしんずべし」とあったのだが、
その時は俺の知識不足で直日の神のことを知らなかったので、
信じようが無かった訳だが。
調べてみると直日の神とは「直毘神」とも記し、
罪や穢れをはらう神のことであるようだ。

折口信夫は直日神は禍津日神と対句となる神ではないかとした。

なるほど。
禍は「曲」とも表記される。
音楽を志すものにとって
「曲」が悪しきものであるというのは辛いことだ。

しかし「曲」とは人という存在なくしては、
それのみで存在することのできない概念だ。

人々の間に存在するもの。
まがって理解されても良いもの。
曲解され誤解されても良いもの。
それが音楽としての「曲」ではないだろうか。

直日の神が誤りを正すのではなく、
曲を直す神だというのであれば。

もしかすると俺は
昔からその神を深く信じているかもしれないなあ。

ReAction

リアクションってのはいい言葉だ。
アクションに対して反応する反響。
能動的受動って訳だ。

提示された何らかのアクションに対して、
人々はリアクションをする。
そこから何かを受け止めようとしている人と、
与えられる事をただ求めているだけの人では、
明らかにリアクションが違う。

肯定的であるか否定的であるかは、あまり重要ではない。
でも俺が好きなのは何かを受け止めようとする人だ。

そしてやっぱり、俺もそうでありたい。

本日は新居昭乃のライブなり

今日は新居昭乃のライブの日。
ここ数年で最も楽しみにしていた日だ。

あれは確か大学生くらいの頃だ。
俺は初めて聴いた新居昭乃という人の音楽に、
一撃でやられてしまった。
よく考えれば歌声自体はそれ以前にも、
アニソンなどで聴いたことはあったのだが。
新居昭乃という人を意識して、
はっきりと自分の意思で聴いたのはそれが初めてだった。

『降るプラチナ』というアルバムだった。

言葉による表現は、
言葉以前の概念を伝えるための邪魔にはならない。
ということを教えてもらった。

自分の中にある、
まだなんだかよく分からないもの。
それを作品にすることができるかもしれない。

伝わりにくいものは伝わりにくいまま伝える。
それが本質を伝えるために必要な作業なのだと。
新居昭乃の音楽を聴いて教えてもらった気がする。

つまり自分勝手に音楽を聴くことを許してもらえたのだ。
そして俺はそういう音楽をやりたかったんだと再確認した。

さあ、今日は楽しもう。

幕張録音倶楽部の凄まじさ

俺が尊敬するアーティストの一人、
チバマコトという方が自分のホームページで紹介されていた、

幕張録音倶楽部
[メンバー:和田章花、フジワラサトル、チバマコト]
という方々の編成の楽曲がMySpaceにUPされている。
曲はFishmansのナイトクルージング。

もともと良い曲で、
個人的にもかなり好きな曲だった。

しかし、俺はあえて言いたい。

新しいナイトクルージングがそこにはあった。
Fishmansとは違う、新しい世界のナイトクルージングが聴こえた。

カバーソングとは人の心をこんなにも揺さぶるものだったのか。

鳥肌が止まらない。
泣きそうだ。
なんだ、これは。
すごい。
カバーってこんなに凄いのか。

海と空気の震動と楽器と声の震動。
これらはこんなに音楽的に融合するのか。
スタジオでは絶対に創れない音楽が聴こえる。

世界の中で手を結び
音を鳴らすことでしか話すことができない者達の和音があった。

すごい。
すごい。
悔しい。
なんてことだ。
信じられない。

世界が変わる足音がする。

[チバマコト氏のサイト]
[幕張録音倶楽部]

正解

いやぁ、のっけから下品な話になってしまいますが。

私は25歳になってからというもの性欲は「顕著」に減退してしまいました。
「自慰」は己の「アイデンティティ」を保つためだけの役目へと成り下がり。
ただただ「処理」のごとく短い時間で
すぐに終わらせるようになってしまっておりました。
しかし、未だ忘ることのできぬ、あの素晴らしき「自慰」の日々。
失くしたはずの性欲が「復活」の兆しを見せ初めたのは最近のことでございます。
「朝勃ち」「疲れマラ」「無意識的な勃起」と。
中学生の頃のような、あのムラムラした欲情を私は取り戻しかけています。
私は全盛期には遠く及ばないものの、
一日に三回以上の「自慰」は取り戻すことができたのでございました。
ナイスですね。(村西とおる監督 風でお届けしたのでございます。)

(追記…ここで()遊びが面白そうだと筆者は思いつき、
筆者は以下より話の主軸からブレる遊びをしはじめますが、
毎度のことながら、楽しめる人だけ楽しんであげてください。)

問1.
さて、みなさん。(浜村淳 風です。)
お入りください。(ありがとう{桑原和男 風です。}、浜村淳です。)
以上の方程式を参考に以下の設問を説きなさい。

浜村淳 風の導入に対し次に来るであろう
「ありがとう、浜村淳です。」というお約束の期待を逆手にとり。
「お入りください」で「ありがとう」という
桑原和男 風のお約束と浜村淳 風のお約束のブレンドを要求する
フリを行ったのは一体誰になるでしょう?

A [わかるか!!]

神の化

ああ、髪の毛を切りたい。
しかし体重が落ちてからは、
いったいどんな髪型にすればいいのか分からない。

これまでは楽だったので坊主頭にしていたのだが、
なんというか身体が薄くなって髪の毛も少ないと、
どうにも俺の中で釣り合いがとれない。

しかし髪型に時間をかけて気を配るような根気や色気など、
俺にはないので今は非常に髪の毛に困っている。
とにかく全体としての「おさまり」が悪いというか。
何か違和感がないと落ち着かないというか。
これまでは太っているという違和感に俺自身が助けられていたのだろう。

しかし、それを失った今、
俺がどういった風に自分の舵取りをするのか。
底力の見せ所のような気がする。

坊さんになってスキンヘッドにするというのも、
有りのような気もするが。
一生をお坊さんとして過ごす覚悟はない。
しかし短期間の修行というのもないだろうし。
そんな心構えではお坊さんに失礼だ。

ダイエットもその一環だったのだろうと思うが、
何かが変化していないと落ち着かない。
自分自身や自分の周囲や世界に違和感を置いておきたい。

そこから何かが始まる気がするから。

ヅラでも買って毎日の気分でヅラを変えるっていうのもあるんだよな。
これは昔からハゲたら絶対やろうと思ってたけど、
ハゲる前からやったって別にいいと思うんだよなぁ。

暑い日とかに、普通にヅラとって
「あっぢぃいい」とタオルで汗を拭いたりしたら、
そうすれば街は少し幸せに、
俺も違和感で満足できるし調度いい気がする。

ヅラをエクステ感覚で使い分ける時代が来ればいいね。

みんなが自然にそれをやるような世の中になったら、
俺はすぐに飽きて違うことやっちゃってると思うんだけど…

この飽き性な性格はなんとかならんものか、まったく。

自分の身体の中で気に入らない部分って沢山あるけど、
体毛や皮膚は気持ち悪い。
けれどツルツルだったらもっと気持ち悪いだろうなと思うし、
甲殻類みたいにゴツゴツだったら生活しにくいだろう。
柔軟かつ多少の防御力を有するボディという意味では、
人間の身体は良くできている方かもしれないが、
「体毛(特に髪の毛)」と「爪」は少々やりすぎじゃないっすか。

そこは自意識で必要な栄養分を補給すれば、
いつでも自動で調節できるようにしておいて欲しいもんだ。
神さんに機能追加の祈りでも捧げておくか。

神さんが世界や人間を創った存在だったとしたら、
クリエイターとしてこの提案はなかなか魅力的なんじゃないの?
自動メンテナンスシステムを組み込み済みの生命体。

あとホイポイカプセルを作れる人間を早く登場させてください。
物が溢れて仕方ない。

どうでもいいがドラクエはそこそこ面白いが途中でなんか止まってる。
別に冷めたとかじゃなくて、
なんとなく止まってしまうと続きをやりにくくなる。

仕事が一旦おちついて、親父も来週中には退院できそうだ。
少しずつだが物事が片付いていく。
すると少し不安になる。
忙しく生活することになれると暇が怖くなる。

しかし、こういう時にはあえて怠ける。
ひたすらに。
爆発させなければならないほどの苛立ちを待つ。

世界と戦うための理由を待つ。

俺が髪を切るときはその時だ。

友人が子供を授かったのを見て、
それだけで泣きそうになってしまう俺はおじいちゃんのような感受性だ。

でも、この年になってくると、
お年寄りの方がなぜ新しい命を喜ぶのかが分かる気がする。
多くの友人や家族を失って、
自分の人生を振り返り見て
与えられたものと失ったものの多さに眩暈を覚えそうになる。

だからこそ、新しく生まれてくれる命が嬉しい。

この上なく喜びを与えてくれる気がする。
新しいというのは素晴らしい。
これからの世界の種の一粒だ。

もう早くも7月の半ばだ。

今年も一瞬で過ぎ去ってしまった。
思っていたほどの勉強もできずにいる。

髪の毛を切ろう。
自分の中の何かを突き抜けてみよう。

失敗したから、前を向こう。

また今日も何かを間違えた気がする。
毎日なにかを間違えて生きている。

気持ちを伝える時。
人は何かを間違える。
寂しい。
難しい。
やりきれない。

気持ちは伝わったかもしれないけれど。
けどやっぱり押し付けがましかったかもしれない。

ああ、反省だなぁ。
なんだか上手くいかないことが多い。

自分なんてちっぽけだ。
わかったようなつもりになってるだけの無知蒙昧。
心を掴んで握りつぶす。
明日、笑うための失敗だ。
今日を糧に昨日に投げろ。
明日を育てる人になろう。

次はもっと上手くやれるといいな。

アマネクワオン

なんだか自分が動き出すと
周囲がとまっているように見えて孤独で。

自分が動けない時は
自分だけが置いていかれているようで孤独で。

人は絶対的に一人なのだから
孤独から逃げられないのは当然で。

与えられ、失うことのみが本質の世界で
何かを創ろうとするのは独善で。

けれど、どうしようもなく人と世界は繋がっている。
創ることは。
その繋がりの間のようなものになり得るのじゃないかと思う。
音色とは透明な光だ。
鳴らすというのは、僕たちが放つ本当の光なのだ。

「壮大な孤独の和音」が、この青い星に満ちている。
なんとも独創的な独奏ではないか。

空気という生命のスープの中を音の波が響き渡り。
それぞれが音の波紋を広げていく。
青い星は響きあう和音の音色そのものだ。

孤独から解き放たれるための音。

月の独楽

月の独楽

自虐ゆえの独白

回転する嫌悪

くるくると道化が回り喝采を待つ

色も音も消えてしまえば無為のものを待つ

なんのためにまわるのだ

おとがたり

今日は新曲を少し作った。

以前に作ったまま、
途中で放りっぱなしになっていた曲も、
なんとか形になりそうな気がしてきた。

面白い。

やっぱり感性の赴くまま音を鳴らすほうがいい。
頭で考えるとドツボにはまる。

ギター車につんで巡礼しようかな。
色々感じることが音楽であり人生だわな。
そんな物語のようなオトガタリをしていきたい。

言葉とは言葉たりて言葉たらん

今日は夢の下見に行ってきた。
芸能の神様のいる天河神社にも参拝した。

色んなコトを創める為の第一歩。

共に歩む人との会話。
滲む希望の桟橋で切なる願いを唱うがごとく。
理想の在り処を探すがごとく。

なんと、ありとあらゆる事柄の凄まじく嬉しいことか。

言に忍ぶは認めの言祝ぎ。
心の刃で切り結ぶ。
現の刃に挑みて咲かす。
真に放ちてマホウの言霊。

ああ、手に取れるような黄金の景色だった。

おでかけですよルルルのル

今日はちょいと奈良の天川村まで行きます。
ちょっとした小旅行気分でもある。

同じ奈良でも奈良市内から吉野郡の天川村までだと、
もはや東大阪や京都南部に行くよりも遥かに遠く。
気分的には三重や和歌山に行くのと大して変わらない。

ただ芸能の神様が祭ってある天河神社もあるそうで、
ついでという訳ではないが、一度は参っておこうかなと思います。
25歳くらいになってくると、神社や仏閣がやたらと好きになってきて。
必要以上に足を運びたくなってしまうんですよね。
昔は好きじゃなかったように思うけど。

年齢で趣味や趣向って本当に変わるんだなぁと思うね。
さて、行きますか!

七夕の短冊は二人以上で完成する気がする

今日は七夕だ。

ねがいごとを書こう。
         ミミミミミ
      ""ミミミ#ミミミ
          ||  ミ           
          ||
          ||
          ||
.       | ̄ ̄。 ̄ ̄|
.       |  そ 誰 |
.       |  の か |
.       |  ご の |         
.       |  相 願 |         
.       |  伴 い |        
.       |  に が |         
.       |  預 叶 |         
.       |ま り  っ | 
.       |る た て |         
.       |や .い .   |        
        ノま     ノ           
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
一粒で二度おいしい願い事ができました。
これで後は誰かに幸せなことが起こって、
俺もおいしい目にあえるのを祈るのみだ。


はっ!!

結果的に俺に幸せを分けてくれるような奴がいなきゃダメじゃん!
誰か!!
俺に幸せをお裾分けしてくれる奴が現れるようにお祈りして!!

その無責任が世界を殺す

人を殺す。

「誰でもよかった」という言い訳は許されない。
それはウソだ。

色んな場合が考えられるが、
殺したいという欲求が先にあることもあるだろう。
しかし強い人間には戦いを挑まない。
自分より弱い人間を襲う。

社会や世間から逃げ出すのに、
殺人という手っ取り早い方法を使う。
それなら自殺すればいい。

まあ人によっては自殺でも殺人でも良かったという者もいるだろう。

それでも煩わしさに耐えながら生きていく決意をする人間が一番強いと思うが。

しかし人間は多い。
誰しもが強くあれる訳ではない。
だがその弱さを他人に簡単に転嫁してしまう奴がいる。

けれど、そんな社会を作ったのは我々だ。
厳密に言えば我々よりも上の世代かもしれないし下の世代かもしれない。
だが本当の所は分からない。
しかしどの世代であろうと社会を作り上げる要因の一つだ。
だから殺人者に対する責任はなくとも、
そんな殺人が起こる社会を作ってしまったことに対する責任は忘れてはならない。
我々全員が殺人を起こさせる要因の一つなのだ。

『どうしてこんな痛ましい事件が起こってしまったのでしょうか?』

ワイドショーのコメンテーターが喚き。
誰とも知らないブログの記事の片隅にも書かれている。

何も考えもせずに解決しようともせずに、
そんな言葉を吐く人間が山ほどいるからだ。

その無責任が世界を殺す。

それぞれが、自分の背負うものを自覚しなくてはならない。
世界を作っているのは自分ではないと思っているのなら、
そんな馬鹿な考えは捨ててしまえ。

お前がいなくても世界は動いていくかもしれない。
しかし世界は今、お前がいる状況で回っているのだ。
ならばお前と世界は無関係ではいられない。

殺人者は責められて然るべきだ。
しかしそれと直接的には無関係な者が、
無関係であるはずがないということだけは忘れないようにして欲しい。

イースに燃える

最近、息抜きの時間にイースをやっている。
順番は年代に沿ってやろうと思い、
イース オリジン
イース1
という順番でやった。

イースSEVENに間に合うといいのだが。
如何せん数が多すぎるので、恐らく絶対に間に合わないだろう。
3はフェルガナの誓いをやるとして。
4と5あたりはPS2の奴をやるつもりだけど。
果たして中古ゲームショップに置いているのか…

しかし何にしてもファルコムのゲームは面白い。
英雄伝説とイースの二本柱に、
ヴァンテージマスターやツヴァイもあるし、
英雄伝説のPSP移植が思った以上に当たったみたいだし。

古い時代からパソコンゲームを作り続けてきた、
老舗の底力がようやく認められてきたのだろうか。

ちゃんと作られた王道のRPGを楽しませてくれるのはファルコムくらいかなぁ。

オリジンのシステムはかなり気持ちよかった。

ハジメル

なんだかめんどくせぇし、ムカツクので書いてやる。

俺は頑張るだのなんだのと四の五の言ってるが、
そんなもんは自分を追い込むための方便に過ぎない。
俺が出来るはずのこともやれてないようなダメ人間だってのは、
誰より一番俺が知っているんだ。

自分の境遇を嘆く?
バカバカしい!
嘆いた所で誰かが助けてくれるのか!?
助けてくれて俺はそれで満足か!
まっぴらだ!

まっぴらごめんだ!

俺は腐った人間だ。
腐った人間だからせめてまともでありたいんだ!

まともってなぁ、なんだ!
だれが決めた「まとも」だ!?
そんなもん俺が決めたもんに決まってる。

俺はいつだって、自分に格好つけて生きていたい。

誰にどう思われようが、
自分に嘘さえつかなければいいと思ってる。

しかし、それがどうだ。

他人の評価が嬉しいか。

納得していない自分の今を認められてご満悦か!

ふざけるな。
こんなところで終わるか!

言っておくが俺は命をかけて音楽を作っているつもりだった!
言葉だって無為に綴っているつもりはない!

しかし言葉は本来無為なものだ。

人とは無為に存在し続け会うことを約束されている。

頑張るだなんだと、おためごかしだ。
自分をダマす為の方便だ。

俺が本当に命を削って何かをしてたら、
俺はもっと何かできているはずなんだ。

さあさ、お立会い。
ここへ参りまして、ワタクシ。
覚悟や決意とは違う、領域へと至りました。

これからのワタクシの人生すべてをかけて。
皆々様に如何様な恩返しをしていけるのか。
それを見せ付けてしんぜようと思います。

失敗しようが、成功しようが、
そんなもんは皆々様がお決めになられますよう。

人が他人の人生に良し悪しを決められるのかどうかはご吟味の上。

長生きしたくて生きているんじゃない。
何かをしたくて生きている。
そうして自分を追い込んで見える世界を、
いつか皆々様と一緒に見ることができれば、これ幸い。

頑張るだのやってみせるだの言いません。
やるんだから。
何年かかろうが。
できると思ってなきゃ言わないよ。

やるんだよ。
ボケが。

足音

曇る夜道

湿気った空気の波を泳ぐ

足音は壁に響いて跳ねまわる

俺の存在を知らせる音

光のいらない色

ああ、どうしようもなく俺は孤独という世界だ

世界という孤独を壮大な和音にして叫んでいる

ここにいるよ

だからどうした

俺がいる

歩いている

ここじゃない場所へ行くよ

はじまりの音

意思なき四肢に意義はなく

意思あれば義肢も四肢となる

曇る夜道

反響する足音

ここにいる音

光のない色

音色

孤独色

世界色

印象

音と光

つくらなきゃな。
吐き出そう。

誰かの日常の一部になるような音楽が欲しい。

頼む。
あふれろ。
俺の中から。
こぼれろ。
お願いだ。
欲しい。

あるがままの。
悲しいとか嬉しいとか超越したような。

応援なんて必要ない。
生きていく人たちの一部に。

俺がそうしてもらったように。

ああ、音の光だ。

痛い

腰痛に悩む。

ストレッチをやりすぎたせいなのか、寝相が悪かったせいなのか。
それは定かではないが、ひたすらに腰痛が押し寄せる。
ギックリ腰ではないとは思うんだが。

YO2と表記すれば
ヨートゥ!と無邪気なラッパーを気取れるのだろうが。
しかし、あまりの痛みに痛悪(トゥバッド)

正直、原因は普段の仕事をしている姿勢にあると思うんだ。

地べたに直接座って曲がった背中でモニターを見続けるというのは
これはもう腰への攻撃以外の何物でもない。
整骨院にも何度か行った程度で、行かなくなっちゃったし。
ダメな俺。
今日行こう、そうしよう。

新居昭乃のライブに行けなくなる所だった。

新居昭乃のZEPP OSAKAでのライブ。
チケットは三枚予約していた。
配送情報を確認すると既に配送済みになっていた。

ちょうど、俺が筋肉少女帯のライブに行った日だった。
受け取りの時間は午前10時。
あれ?
その時間なら俺は家にいたぞ?
と思いつつも、佐川急便に電話して問い合わせ。

「受取状にハンコかサインってしてますかね?」
「はい、確かに頂いております」

とのこと。
となると家にいたのは祖母なので、
祖母が受け取ってくれたのかもしれない。

がしかし、家中探しても見つからず、
これはまずいぞ。
ということでキョードー東京に電話して、
事情を説明した所。
公演によって紛失の際の再発行が可能なものと不可のものがあり、
新居昭乃の場合は公演の1週間前に電話をくださいとのことだった。

家のどこを探しても見つからなかったので、
明日か明後日あたりに電話してみようと思っていた。

すると今日、突然携帯に電話がかかってきて
「すいません佐川急便なのですが」
という導入で。

「間違えて同じ苗字の方の家に配達してしまいまして…」

うんぬんかんぬん。
一応間違えて配達された方が電話で佐川に連絡してくれたらしく、
なんとか事なきを得た訳だが。

なんか釈然としないんだよなぁ。

うちの近所にある同じ苗字の家は1件だけで、
しかもそれは親戚の家。

まったく違う区画で同じ苗字の家に配るかねぇ?
配達する方も名前確認をしてからサインをもらうはずなので、
そういうミスってありえない気がするんだよなぁ。

あくまで推測ですけど。

配達忘れてただけじゃねえだろうな…佐川さん。

新居昭乃の大阪公演を逃したら俺は発狂する所だったんだよ?
これを逃すと、次いつ大阪に来てくれるかわかったもんじゃない。
なんとか届いたから良かったものの。

まあ…
それにしても良かった良かった♪

これで7月は幸せな時間が過ごせそうだ。
8月には狼と香辛料の2期のOPでシングルも発売されるみたいだし。
ソラノスフィアは言うまでもなく名盤。
楽しみで仕方がない。

それにしても一階のA列の5番~7番ってものすごい近くね?
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