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命の灯台、鼓動の光

それにしても今月はよく記事を書いたなぁ。
久々に月45件オーバーだ。
確認したら、これまでのブログでも、
月45件を超えてる月は4回くらいしかなかった。

長文もやたら多かったし。
まあ色々と思うところがあって、
記事を書く回数が増えた訳でございます。

プライベートの方でも、
かなり色々と動き回ってはいたんですが、
上手く行かないことも多く、
単純に努力が足りないんだろうと反省。

本当に何を頑張ればいいのかすら分からず、
五里霧中状態。
やったこと全部、無駄にはならないように、
全てを全てにフィードバックできるように。
とにかくガムシャラだ。

簡単にできちゃったら面白くない。

たぶん、どんな人も途中で死んでいく。
道の半ばで倒れていく。
だったらせめて前のめりで死んでいきたい。

俺の後ろのなんだか分からない力が、
グイグイと俺の背中を押す。

最後には崖から落っこちてしまうかもしれないけど。
霧の中、ガムシャラに手探りで、
それでも前に進もうとしていれば、
そんなこともあるよ。
賭けられるものなんて自分の命くらいしかないんだから。
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本棚

今日の昼過ぎ頃、注文していた本棚が届いたので、
用事を色々とすませてから、せっせと組み立ててました。
確か組み立て始めたのは15:00くらい。

それから約4時間弱くらいは、
ずーっと本棚を組み立ててましたね。

それで19:00頃にはようやく完成。

あとは本を並べるだけ。
本棚から溢れていた、かわいい本達を
せっせとニュー本棚につめていく僕。

並べてみると、思ったほど入っていない感じ。

いや、まあ充分といえば充分なんですが、
今の調子のまま本を買い続けると、
前と同じになっちゃいそうな感じがプンプンします。

とはいえ部屋の雰囲気が変わるのは嬉しいもので、
ニヤニヤしながら、晩御飯は何食べようかしら?
なぁんてことを考えていたら、意識がなくなり。
目が覚めたら朝の5:30!

意味プー

逃走との闘争

沈黙した慟哭に引きずられるように
声がついて出る
呼び込まれるように
呼び水となるように

ついて回る不安を
振り払うだけのスピードで走る
心臓が止まっても
逃げ続けている

臆病な戦いを繰り返す僕に
とどめをさしてくれ

孤独色の虹

その気配を
浮かび上がるだけの全てを
沈みゆく何か欠片を
感じた気がしたから
捉まえた

ほら、まだ誰も知らないけど
誰のためのものかもわからないけど
ここに確かにある
そこにもたぶんあるんだ

どこにだって
いつだって

この軽薄な宇宙で
気ままな僕の心が捉えた
嘘っぱちの価値観
でっちあげの虚像
僕だけの満足

不必要な感傷
裏返す心臓
さかさまの静寂

ひとりぼっちの磁石
生きるものの孤独
引き合う感覚に
勘違いをする

動き出した世界

終わる色のポスト
白紙の便箋と
中身のない手紙

想いだけを込めた
誰に宛てたものだ
君に宛てたものだ
僕に宛てたものだ
ただ誰も知らない
誰かなんていない

いない世界のなか
叫び声をあげる
響かない心を
ムリヤリこじ開けて
鍵穴が壊れる

その気配を
浮かび上がるだけの全てを
沈みゆく何か欠片を
感じた気がしたなら
捉えてみせてくれ

紅い翼

夕暮れに映える

その美しい翼を

君は汚れてしまったと嘆くけれど

僕はたぶん、その美しさを知っている

この落陽を追いかけながら

声が出なくなるまで話そう

今日すらもう終わらせたくはない

呼吸が楽しくて嬉しくて仕方ない

個性とは何なのだろう。
表現とは何なのだろう。

昨日は中村の家で、自分の歌の問題点を再確認できた。

今までは自分の曲や詞を作り終えた時点で、
俺の中で第一段階の表現が終わってしまっていた。

内的直観を、あらわす。
これだけならば作ってしまった時点で終わりなのだ。

しかし、色んな楽器の呼吸が一つの音楽となった時に、
俺の声はその呼吸の中で不協和音へと変わる。

有無を言わせぬ個性もなく、
すべての呼吸に同調できるほどの協調性もない。

大切なのは呼吸だ。
全ての生命が同じように行っている呼吸という作業は、
それだけで他と同じであるのと同じに、
他の何物にも代わることのできない、
独創的な領域の営みであるのだろう。

独創とは独奏ではない。
それぞれが独創的な営みを当たり前に行っているからこそ、
世界は一つの壮大な和音を響かせる。

自然に、呼吸を。
揺るがない呼吸を。

俺の声が不協和音を奏でるのは、
歌おうとすればするほどに
多くのことを見失ってしまうからであろう。

空想という種を大地に撒き、
根を伸ばし、幹を肥やし、
葉を茂らせ天へと伸びる樹へとする為に。
そして、その樹に実りを現す為には、
全ての呼吸を感じ、
体内で昇華しなければならなかったのだ。
空を想い、天へと届くように。

受け止めるとはそういうことだ。
反射するとはそういうことだ。
感謝するとはそういうことだ。
吐き出すとは受け止めたということだ。
歌はなんて深いものだったんだろう。

恐らくは俺が歌うときに行っていた呼吸は、
正反対の位相のものであったのだろう。
普段は酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出すが。
歌とは、その逆の領域のステージだったのかもしれない。

第二段階の表現をする為の努力ができるかもしれない。

ここへきて長く生きれないかもしれないという予感が、
俺の全てを動かし始めている。
今年に入ってから何かが始まった気がした。
それは同時に、終わることが約束されたということなのかもしれない。
どれくらい時間が残されているか分からないから。

できることは全てやろうと思う。
「全てを楽しもう」
今年の抱負にこの言葉を選んだということは、
恐らくはそういうことなのだ。

そうして。
枯れた葉や、朽ちた樹も、
無駄じゃなくなってくれるはずだ。

空想とは空を想う事である。

空想って良く出来た言葉だよなぁ。

空を想う。
つまり「確かにあるのに、目には見えないもの」を想うってことだ。

それはどこか「空っぽ」に似ている。
何もないから何かを求め、
それを作ったり、それに想いを馳せたりする。
これは人が生きる力の根源のようなものだ。
最初は見えなくとも誰かの中には確かにあったものが、
いつか形という現実を伴って現出する。

「空」ってどこからどこまでを空っていうのか知らないけど、
多分、俺達が呼吸して肺を満たしているものも
「空気」っていう空の一部なんだろう。

深い深い、空の海の中を泳いでいる。

肺の中は空っぽかもしれない。
けれどその空っぽは声を響かせ想いの一部を伝える。
全ては伝わらない。
だから伝えたい。
その想いが振動して空と想いを溶かす。

言葉とは音とは、
多分「想い」によって繋がれるものなのだ。

音と言葉の融解点とは
「想い」によって見つけうるものだ。

見えないものを見る。
現実とは確かなものではない。
ただそこにあるから、
それに納得して生きていかざるを得ないステージだ。

空想とは現実的なものではないかもしれない。
しかし自分の中に直観として確かに捉まえうる何かがあれば、
それはいずれ現実となりうるからこそ、
人は空っぽの世界のなかで生きることを許されたのだ。

呼吸だけが世界を満たしている。
息吹は言葉を想いとして声となり
声は空を響かせ想いの架け橋となる。

こんにちは、世界。
君からもらった空っぽから生まれる何かを受け止めてくれるかい?
もし受け止めてくれるなら、もう少しだけ呼吸を続けさせてくれないか。
声を届けなくちゃいけない。
伝わりきらない想いを少しでも伝えるには、
もう少しだけ空っぽの燃える命がいるんだ。

Skype多重起動できなくなった。

この前Skypeの多重起動についての記事を書いた。

しかしSkypeを最新バージョンの4.0にアップデートしたら、
多重起動ができなくなりやがった。
Shift+右クリックしても別ユーザーとして起動できなくなった。
既にスカイプが起動されていると認識されてしまうようで、
現在開いているスカイプが表示されるだけだ。

これってスカイプ側で複数のアカウントが
同時ログインできるようになったからとかじゃないよなぁ。
ちょっくら調べてみるか。

追記(2009/05/21)
Skype4.0での多重起動方法についての記事はこちら

いとしき架空請求

先日、右脳派、左脳派?という記事を書いた日くらいに、
パーティでも使える右脳左脳チェッカーなるサイトで、
暇つぶしもかねて自分が右脳か左脳をチェックしてやろうと軽い気分で登録。
(※みなさんはくれぐれも登録しないように!!)

はて、それ以降何やら携帯の方に出会い系メールが届くようになる、
あれあれ?
そんなの登録した覚えないよ?
ということで調べてみると、「らぶりんく」っていうサイトが、
総括して色んな「○○チェッカー」のようなサイトのスポンサーになっており、
それらのサイトへの登録が自動的に、
出会い系への登録を誘導しているという、
いわゆる出会い系インセンティブ広告の窓口サイトだったことが発覚する。

お っ し ゃ テ ン シ ョ ン あ が っ て き た ! w

他にも調べたりしていると、登録解除も簡単にはできず、
所持ポイントが自動で減っていき自動的に課金請求がくる仕組みになっている。
こちらとしてはビタ一文払うつもりもなく、
ヘタをすると個人情報が抜かれて、
(個人情報っていってもハンドルネームとメアドくらいだけど)
らぶりんくを経営している会社が他社に売買している可能性もあるので、
今後、違う出会い系サイトからのメールなどが来るようであれば、
それなりの対応をさせてもらおう。

利用者が意図しない契約は民法95条が適応されず、
電子消費者契約法第3条によって契約は無効となる。
ってことで、受信拒否して放っておいてもいいんだが。

ただこういう悪質なやりかたで、
本当に騙されてお金払っちゃう奴がいるからねぇ。
できれば業務停止くらいにまでは追い込んでやりたいが。

ちなみに運営会社は↓ココ↓。
会社名:株式会社 センス
所在地:大阪市西区新町一丁目7番21号EPO新町レジデンス601
運営責任者:村川 聡史
電話番号:080-6143-9861
メールアドレス:info@152152.net


さぁて、色んな方法でややこしくしてやることができるが、
どういう方法がお望みなんだろうか。
国家権力に泣き縋るってのもバカバカしいし、
徹底抗戦してやるほどの体力も時間もない。
かといって他人の力を借りて潰すってのも如何なもんか。
だからってシカト決め込んで泣き寝入りってのじゃ腹が立つ。

社長を檻の中に放り込むには、
色々とウラを取らないといけないだろうしなぁ。
一応その会社で金を貰って働いている人間もいるだろうし。
でもやり方が悪質でバカっぽいのが嫌なんだよね。

せめてもう少し上手いやり方を考えてくれているなら、
騙す方のセンスを褒めてやりたくもなるが、
短絡的かつアホ丸出しのやり方だしなぁ。

まあでもメールがうざいので受信拒否するしかないか。
明日になってもまだムカムカ・ワクワクしてたら、
ちょっと色んな所から情報かき集めてみることにする。

あたまやわらか宇宙

また最近あたまが硬くなってきている。

ぐにゃぐにゃ、からっぽ、アニョハセヨー。
ふにゃふにゃ、ぐるっと、ポンポコナー。
おまえは、いちいち、ホームレス!

もっとやわらかいあたまにならんと。
すぐに確かなものに縋りたくなるのはなんとかならんのか。
確かなものなんてないと後になっていつも思いだす。

弱いね人間。

夜の闇に自分の頭をとかして
宇宙と一緒にかき混ぜる。
そうすると自分と世界がもう一度とけてまざって、
知らない感覚が俺の中に根付く。
夜を凝視しろ。

R-1優勝者決定

今日がR-1だということを忘れていて、
ちょうど最後くらいしか見れなかった。

まだR-1を見ていない人は、
これから優勝者を書くので読まないように。

-----------

はい。
ついに優勝してくれました。
中山功太が。

僕ねぇ、最初嫌いだったんですよ。
中山功太。
最初って言っても
たぶん本当にデビューして1年目2年目の頃ですけどね。

メモ用紙片手に、舞台でポツンと立ち
毒舌系の一言ネタを淡々とこなす。

実は近年のネタ構造と
それほど違いのない切り口ではあったんですが。
最近のネタは明らかに面白くなっている。

最初の方ではあまりに淡々としすぎている為に、
客がどこで笑っていいのかが分からず、
そのまま畳み掛けることもなくネタが通り過ぎていくので、
ネタ内での緩急がほとんどない状態だった。
いわゆるキメのポイントと普通のポイントの差が分かりにくく、
ネタ自体が散漫だったのだ。
しかし、彼の中に何か光るものがあるのは間違いなかった。

デビューして1年や2年の若手が、
それほど視聴者に印象を残しているというのは、
良いにつけ悪いにつけ、何かを持っているということだ・。

その「何か」の肝である独自の切り口と一言ネタのセンスを、
ネタとしてどうパッケージングすれば、より面白く見せることができるか。
それをずっと試行錯誤しつづけ、
新しい形を毎年模索しつづける努力というのは尋常ではない。
あべこうじや中山功太が今年が最後のつもりでやる、
と発言したその心情を思えば胸が締め付けられる思いだ。

ウザイ奴、罰をあたえる超能力者、対義語などなど
様々なジャンルで中山功太というスタイルを確立し、
そして毎年新しい領域で自分のネタを模索し続けた彼が、
ようやくR-1という大きな舞台で認められたことに、
俺は久しぶりに目頭が熱くなった。

去年のM-1では泣けなかったけど、
やっぱり熱のある大会ってのはこういうことだろう。
全てを見たわけじゃないけど、
思い入れがある芸人や、思うところのある芸人が、
新しいことをして認められるというのは嬉しいものである。

おめでとうございます。

今年のR-1はもう一回ちゃんと最初から見よう。
今だにビデオ録画の俺。
プラズマが泣くぜw

マスコミュニケーションと民主主義

テレビマスコミの観点が入らずに国会答弁を見ることができる。
今後ネットが普及していけば、
ネット社会は真の意味でのマスコミュニケーションの役割を果たしうる。
そして国会はこれまで以上に開かれた場所になるだろうし。
本当の意味での民主主義社会が到来するのも遠くないかもしれない。

それが訪れたとき、
試されるのは国民ひとりひとりの判断力と、
自分が暮らす国を想う心のあり方だ。

定額給付金の使い方ってどうしよう?

世界最大規模の総額75兆円の景気対策。

そのうち2兆円が定額給付金に当てられ、
一人当たり1万2千円が給付される。

さて、せっかく国が景気対策の為に
1万2千円を渡すと言っているのだから、
せめて少しでも有意義に使いたい。

といっても自分の為だけに使うのも、
たかが1万2千円程度では、あまり面白くない。

どうせあぶく銭なんだから、
俺としては何人かで定額給付金を出し合って、
面白いイベントなんかが出来たら面白いなぁと思っている訳だが。
どこまで乗ってくれる人がいるのかはわからない。

もちろん全額出し合わなくてもいいし、
自分の欲しいものを買って余った金を集めるって感じでもいいだろう。

単純に消費するだけでも、
当然景気対策にはなり得るだろうが、
国民それぞれがプラス方向に働くような、
金の使い道を考えるということも、
重要なことなんじゃないかなぁとかも考える訳だ。

面白そうなアイデアを出し合って、
その為にお金を使う方が、
ただ浪費するだけよりは幾分マシになる気がする。

旅行に行くとかでもいいんだろうけど、
なんか片腹痛くなるようなバカバカしい事とかできないかなぁ。

自分達以外も楽しくなるような事とか、
世の中を金の面以外でも良くできるように何か。
っていうことをこの時代、色んな人間が考え始められればいいのにね。

Skype多重起動できた。

skypeが多重起動できて、
複数アカウントで同時ログインできることを始めて知った。
これで仕事用とプライベート用の同時起動ができるじゃねーか。
こりゃ便利だ。

一応プライベート用のアカウントを作成したので、
もう知ってる人も知らない人もバシバシ登録しちゃってください。

skype名は「mpe_code」、表示名は「円山寛貴」になってるはずです。

追記(2009/05/21)
Skype4.0での多重起動方法についての記事はこちら

右脳派、左脳派?

俺、自分が論理的な思考を得意とする、
いわゆる左脳派の人間だと思ってたんだけど、
どうも色々なデータをとっているうちに、
右脳派なんじゃねーかっていう気がしてきたのね。

まず右脳派か左脳派かを調べる為の代表的な錯視映像、
回る人影をどうぞ。
リンク先を見に行ったら、人影がどちら回りに回転していたかを覚えて、
こっちに戻ってきてください。

回る人影

さて、どこまで本当かはわかりませんが。
この映像、時計回りに見える人は「右脳派」だそうです。
反時計回りに見える人は「左脳派」。
俺は初見じゃどうやっても時計回りにしか見えない。
慣れてくると、どちら回転にも調整できるようになるんだけど。
パっと最初に見た感じだと「時計回り」にしか見えないんすよね。

でも色々と意見を見てると、
これはやっぱり「時計回り」に見える人も多いようで、
左脳派か右脳派かってのを見分けるための指針の一つにはなれ、
確定的な情報源にはなりえないだろうってのが俺の意見。
なんてたって錯視ですから。

次は
右脳・左脳のおもしろ診断
というサイトを見つけましたので、こちらでも診断してみる。

まず両手を組んだときに、左の親指が上に来る人は「右脳派」だそう。
逆は「左脳派」みたいね。
次に腕を組んだときに、左手が上に来る人も「右脳派」だそう。
逆は当然「左脳派」ね。

これが指が左脳、腕が右脳って人もいるみたいで、
その辺の細かい診断結果があるみたいですが、
俺はどっちも「右脳派」。。。

錯視でも、身体を使った診断でも右脳派。
こりゃ流石にショック。
頭悪いってことじゃねーの、これ?w
論理的な思考ができないってことか?
天才肌が多いって言われるのは嬉しいんだけど、
なんか努力しない奴みたいで少し寂しいんだよなぁ。

利き目も以前は右だと思ってたんだけど、
最近チェックしたら左目っぽくなってた。
もしかすると脳が右脳派的に変化しはじめてんのかもしれん。

利き手も、右手だとは思うんだけど、
右手で書く字が汚すぎて、
もしかして左手で練習したら綺麗になるんじゃねーかとか。
最近色々考えてます。

でも、左脳も右脳もバランス良く使えてこそ、
上手く脳を使えてることにもなるのかなぁって気がするんで、
右手で綺麗に字をかけるように努力してみる。

大体、左脳派だ右脳派だと、
他人が作った概念の上に乗っかって、
これまで自分がやってきたことを無理に変化させてる時点で、
不自然な流れになっちゃいそうだし。
どっちも必要だからあるんだろうしねぇ。

ただAB型なもんで、脳が2つあるせいで、
脊髄に脳から二重らせんの青と赤のドロドロが降りてきているような気がする。
もうこういう感覚を言語化してる時点で右脳派なのかもなぁ…

どうしても宗教的な方向へ思考がいきがちなのも、
そういう所に関係しているのかもしれない。

空を悟る猿

諸星大二郎の西遊妖猿伝を読んでいて、ふと思ったのだが。

悟空という名前は、
「空を悟る」という意味であろうか?
そして西遊記でその名を象徴する存在は猿である。

猿とは東アジア的な価値観において
重要な価値観の「無垢」を有する類人である。
無垢とは即ち「空」の状態に近しい存在である訳で、
「悟り」の聖地である天竺へと赴くというのには、
物語性以上に語感的かつ直感的な理解への糸口があるのではないだろうか。

近年の研究によって宇宙空間の真空ではなく、
チリや不純物のない本当の意味での何もない空間
「絶対真空」では量子的な確立で常に電子と陽電子が
対生成と対消滅が繰り返しているということが分かりつつある。
そしてそれが宇宙の加速膨張の原因であるというのだ。

さて、色即是空とは何ぞや?
空即是色とは何ぞや?

真に空な状態において、
電子と陽電子は対生成と対消滅を繰り返しているが、
ではその対生成を陽とし、対消滅を陰とした場合、
真に空な状態の中においての、
さらに真に空な状態とは何か。

生じることと滅することの間に存在する概念。
それこそが「空」ではなかろうか。

「空を悟る」とは
ないがままにあり、あるがままにない
ということではなかろうか。

物質も精神も、本来は「有る」ものである。
しかしそれらが「無い」ものだという懐疑が生まれた時、
懐疑が生じ、「無い」ことが「有る」という対生成が行われる。
互いが価値観を消滅させることにより、
再び相互的に価値観が生じてしまい対消滅は成立しえなくなる。

この世界の根本構造の矛盾こそが、
陰陽思想の根源ではなかろうかと考える。

「悟り」を開いた瞬間に、
無いことは有ることであると知り、
知ることで有ることは、また無いことでもあると知る。
知るという状態が有るということはまた、
無いという状態を知ることに繋がり、
その矛盾に思い悩み人は苦悩する。

しかし苦悩しない存在は、
ただ、あるがままにない、ないがままにある。

彩りは影、影は彩り。
色即是空、空即是色なり。

トポロジカルな宇宙構造は穴であるとされているが、
これは連鎖的な宇宙構造における、
穴の一部ではないかと推測する。
二重らせん構造は連続的な時間の連鎖による構造で、
無数の「空」を生み出しながら、
宇宙と反宇宙が互いに万象を生み出し続けている構造があるはずである。

二重らせん構造の相補性というのは、
世界の根本構造と幾何学的な繋がりを持っていると推測できないか。

二重らせん構造における空が、
永劫的な宇宙存続の相補性を担う一因となっている。

空とは無であり、
無とは無極であり、無極とは万象を生み出す太極でもある。
これは宇宙構造の根源的な構造を言い当てている真理性の一端だ。

死したもの達が、
幽世[かくりよ]、つまり隠世または隔離世という場所に帰依するのは、

谷神(こくしん)は死せず、是を玄牝と謂う。
玄牝の門、是を天地の根と謂う。
緜緜として存するがごとく、これを用いて尽きず。
(老子6章)

とあるように。
谷の神とは大地の裂け目の神であり、
地は木火水金土の土にあたり、
陰陽五行に置いて季節の巡りを支える母体である。
その母体である谷の裂け目というのは、
即ち女の股であり、存在が生じ帰する場所の象徴である。
これは「有」の「無」への帰還を意味し、
谷神は死せずというのは、
無の本質である「空」は消えうることの無い場所であると告げている。

宇宙空間における「絶対真空」、
現在では真空のエネルギーやダークマターなどと言われている存在は、
全宇宙空間が常に加速膨張しつづけているにも関わらず、
その絶対比率を一切変化させることのない空間であるとされており、
しかもその空間が宇宙空間の加速膨張を支えている力だとされている。

まさしく「谷神は死せず、是を是を玄牝と謂う。」である。
命の源を生み出す無が、消えずに
死した命が無に帰すことを玄牝と言うというのはまさしく真理であろう。

我々が空と呼ぶ、
天と地の間に満ちる青い海のことは、
皆さん知っておられると思います。

そこには何があるのだろう。
何もない。
けれど何かある。

命を繋がせるだけの、
とんでもない爆発的なエネルギーがある。
これが空と無の満ち溢れた有の無限であると感じるのだ。

呼吸とは、空を消滅させ、何かを生じさせる。
その何かこそが空であり無限であろう。

いつか空を悟り天竺へと赴きたいものですが、
恐らくはその天竺もまた、この世界と同じく、
ユートピアにもディストピアにもなりうる、
ただの世界であるということが分かるだけな気がします。

そして分かるということは、
結局のところ分からないことが分かるというだけな気がして、
それを分かってしまった時点で俺は何も分かっていないのだと気づく。

堂々巡りなんだけれど、
その堂々巡りの刹那。
時折あらわれる真の「空」から何かを救い上げるために、
我々は常に観察しつづけているのだ。

「仰いでは以って天文を観、伏しては以って地理を察す」 繋辞伝

ともあるように我々は天地の間に満ちる「空」の只中にある。
空を悟り、天文と地理を観察していたい。

ないものをあるがままに、あるものをないがままに見て。

自分の中の空っぽから溢れる何かを信じる。

松本人志のネタへのこだわり

松本人志という人について。

この人が持っている「ネタ」への異常な執着というのは、
芸人というよりはクリエイターよりの欲求だろうと思う。

特に松本は「ごっつ」の復活スペシャルの視聴率不振から、
視聴者不信になってしまっていたが、
新作コント「Zassa」や映画「大日本人」などを作ったということが、
クリエイターとしての松本人志に再び火を入れるきっかけになったのだと思う。
そして「ごっつ」や「大日本人」や「すべらない話」のDVDなどの売り上げが、
普通ではありえない数字をマークしたことも、視聴率に振り回されずに
自己の自信を獲得できるようになった大きな要因だろう。

大日本人に関しても賛否両論ある。

しかし賛否両論あるのが分かっていながら、
それでも「笑い」という土俵の上で物を作って、
自分の信じる笑いの形を提示し続けることが、
自分の役目だと信じて覚悟を決めている男の目は違う。

ドリームマッチでの内村と松本のネタの壮絶さたるやなかった。
プロの仕事とはああいうことなのだと分かった。
ラジオでも
『本当に面白いコント番組をやらせてくれるならノーギャラでもいい』
と電波にのせて発言してしまえる覚悟の決め方に俺は痺れた。

自分が面白いと信じて作ったものでも、
新しい領域のものであれば失敗することだってある。
という意味合いのこともラジオで言っていたが、
これもクリエイターとしての気概に繋がる言葉だ。
失敗をおそれてネタを作らないよりはマシだ、
という大前提が彼の中にはある。

そして、気づいている方も多いとは思うが、
ここ数年「ガキの使い」でのフリートークの割合が減っている。

俺はそのきっかけを、松本人志の放送室のイベント
『高須ちゃん生誕40周年記念in武道館』で
『ダウンタウンのライブ』企画が決定したという発表したくらいだと思っている。

松本は昔から常々たとえ漫才を作っても、
ダウンタウンはフリートークの実力があるので、
フリートークの方が面白くなってしまうことがあると言ってきた。

もし『ダウンタウンのライブ』というものが本当に実現される為に
水面下で動いているのだとすれば、
ガキでのフリートークが抑え目になっているのには、
ある理由が考えられるようになる。

それはダウンタウンの漫才というものを、
もう一度再構築するにあたって、
これまでのダウンタウン二人きりのフリートークの面白さが、
漫才と如何にバッティングしないようにするかを計算しながら、
もしくはそれらを上手く取り入れながら、
新しい形の漫才のスタイルを提示する為に、
綿密にネタを繰っている可能性があるのだ。

どちらにせよ、
二人きりでのフリートークを抑える理由があまり他に考えられないので、
今年か来年中にはダウンタウンが何かをやらかす可能性があると考えている。

そしてフリートークを抑えるというのは、ネタ繰りの為でもあるかもしれないが、
ダウンタウンにとって鮮度と爆発力を確保するという意味で、
かなり深い意味合いを持っていると思われる。

新しい挑戦をするにはダウンタウンという看板は大きくなりすぎてしまった。
しかし、松本人志はそこから逃げ続けていられるほど、
大人にはなれなかったのだろうと思う。勝手な推測で申し訳ないが。

3月に一応の完結を迎える予定の、
放送室のCD-BOX10セットの購入特典が、
その『ダウンタウンのライブ』企画についての発表があった
『高須ちゃん生誕40周年記念in武道館』のDVDである。
俺はもともとそれを期待してボックスを全て購入していた人間だったので、
予想がズバリ的中してニヤニヤしていたのだ。

そして松本の映画第2弾が今年の秋には公開されることも発表されている。
何か動きがあるとすれば、今年の年末ではないだろうか。

最近の松本人志の発言の節々から感じる、
覚悟とプライドは壮絶なものがあるのだ。
それは自分が物創りの第一線でいることから
逃げなかったという自負があるからだろう。

そこまでネタや笑いにこだわる人間が、
あえてフリートークを抑えるのは何故だろうと考えた場合。
理由は、「こだわり」が故。
という以外に想像できない、というのが今の俺の考えだ。

面白いか面白くないかなんてことは後で誰かが決めればいい。
だが芸人ダウンタウンの真髄は逃げないことにあるはずだ。

期待したいなぁ。
まあこれはあくまでも俺の妄想であって、
実現するかどうかなんてのはまったく未知数ですからね。

単純にフリートークはしてるけど、
オープニング企画の尺が長くなりすぎてトークに割く時間が足りない。
っていうだけのことかもしれないし。

まあ俺程度の人間の妄想が的外れだったとしても、
誰にも迷惑かけないから問題ないでしょう♪

関西人はお笑いが大好きだ

あらびき団で見たが、
とにかくキュートンが面白かった。

椿鬼奴や増谷キートンなんて、
関西在住だと、そう頻繁にお目にかかることがないのに、
もうお笑い好きなら好きで当たり前ってくらいに実力が認められてる。
少なくとも俺の周囲では。

アホマイルドも良いネタ作るんだよ、これが。
くまだまさしは人が良さそうな感じがにじみ出てて面白いなあw
キュートンの中ではパソコンを担当してる奴が一番おいしいよw

当時は関西くらいでしか通用しなかったような
奇妙でアナーキーなものが、
関東の方からも出てきていて面白い。

しかもレベルや質が高いんだコレが。
吉本以外でもすんごいのが沢山出てきてて、
関西のお笑いはテレビがほぼ死んでるから、
若い世代が育つ土壌がなくなってる。
そりゃ東京勢力やその他の地方勢力が強くなるのは自明の理だ。

お笑い大国だなんてバカみたいな自尊心の上で
悠々と胡坐をかいてるからこうなる。
若手が現場でどれだけ頑張ろうと、
それを汲み上げるテレビ番組のスタッフがいて、
一緒になって新しい笑いの形を作り上げていく空気がなければ、
テレビ的に芸人が育っていくことは難しい。

今は確実に関西よりも、
東京や関西以外の地方の方がお笑いに対する熱意を感じる。

そして「あらびき団」やら「やりすぎコージー」なんかが、
これまでのテレビでは「オールザッツ漫才」くらいでしかやらなかったような、
いわゆる前衛的で変なネタを
それを見て笑う芸人と一緒に見せるという構造をより洗練させたことによって、
全国区でも通用するということを提示した。

まあ、そのおかげでオールザッツ漫才自体の
存在意義のようなものが薄れたのは否めないが。

ただやっぱりオムニバス形式のネタ見せ番組が
週一回というのはサイクルとして早すぎると思う。
やれエンタだレッドカーペットだあらびき団だ。
それぞれに住み分けがあるとはいえ、もう少しサイクルを考えないと、
このままでは、ただの芸人の使い捨て番組になってしまう。

せめて月一回くらいにしてくれればスペシャル感も出るし、
より集中して見ると思うんだが。

それと関西の人間としては、
当時、自分達が好きで面白いと思っていた芸人さんたちのほとんどが、
今は東京という場所でも面白いと認められていることにもはや、
ある種の満足感と充足感を感じているというか。

感覚としては後は$10とシャンプーハットだけか。
といった所なのだ。
芸歴も長く実力があるにもかかわらず、
全国的に関西圏ほどの実力評価を得られていないコンビというのは。
本当の実力を全国で見せれてないなあと感じるのは。

サバンナや野性爆弾は恐らくもう今年以降は大丈夫だろうし、
ジュニアが才能を認められて爆発的に売れだしたのだから、
せいじの本当の実力が認知されはじめるのも時間の問題だろう。
コバはもはや言うに及ばず。
バッファロー吾郎もキングオブコント覇者となった。
メッセンジャーは東京でも関西でも大丈夫だ、安心して見ていられる。
元ビリジアンの小藪もすべらない話で全国区に。
誉は解散したけど遠藤は作家として東京で頑張っているようだし。
中川家も当然大丈夫。
ハリガネロックがテレビの露出が少ないのは少し気になるところではあるが、
東京の劇場を支える力になっているであろうことは想像に難くない。

プラン9も鈴木つかさが抜けたとは言え、
それぞれがピンとしての存在感を見せ付け始めているので、
そろそろ全国区で久馬歩の実力が認知されても良い頃だ。
それには、もう少し時間はかかるかもしれないが。

あ、それで思い出した。
全国での認知度が上がって欲しい芸人。
実力が認められて欲しいとかじゃなくて、
とにかくまず認知度が上がって欲しい芸人がいる。
後藤秀樹だ。

プラン9のリーダー久馬歩の元相方である。
シェイクダウンっていうコンビだったんだけど、
シェイクダウンはもはや今の関西の若い子でも知らなかったりする。
俺と同世代でも結構知らない奴らがいたりする。ショックだ。

そういや鈴木が抜けたんなら
後藤秀樹をプラン9に入れて穴埋めしたらいいんだよw
バンド再結成ブームに乗っかって
シェイクダウンinプラン9の完成でいいじゃないか。
ただ、ツッコミはヤナギブソンの役目だからなぁ。
後藤にはもう今の後藤秀樹っていうポジションで頑張ってもらうしかないけど。

後藤秀樹のツッコミとしての実力を知っている人間としては、
それは少々つらいことではあるんだよなぁ。
でもこのまま行っても後藤秀樹のピンネタじゃR-1で優勝できないだろうしなぁ。
なんとかならないかなぁ後藤秀樹。

プラン9は継続させつつ、
シェイクダウン復活っていうのでも全然ありな気もするなぁ。

そりゃ欲を言えばティーアップのネタをもっとテレビで見たいとか、
おかけんたゆうたの全盛期のネタの勢いをもう一度見てみたいとか、
言い出せばキリはないんですけどね。

ただ、やっぱり千原兄弟が中心となって盛り上がった
当時の関西お笑いブームの中心だった若手芸人たちは、
あの当時のお笑い好きの若者にとってはカリスマだった。

椿鬼奴や増谷キートンなんかには、
何かその血脈を感じるんだよなぁ。

昔ほど関西ってのがカテゴリとして異物感がなくなってきて、
もうお笑いと関西って構造が普通になっちゃったんだよなぁ。

だからキュートンのような存在感の方が、
逆に関西人から見ても異物感を感じて、
なんかこいつら新しいことをやっているっていう感覚に繋がって、
懐かしさやシンパシーを勝手に感じているのかもしれないなぁ。

ユニコーン特番

ニュースサイトで知ったユニコーンの特番が
関東ローカルだと知った時の落胆ったらなかった。
関東ローカルなら関東ローカルだって書いておいて欲しいよ。
完全にぬか喜びだった。

まあいいや。
画質も音質も悪いけどP2Pテレビでも使って見るか。

デイドリームビリーバー

これは誰の為に記すわけでもない。

自戒であり、自責であり、認めなくてはならない俺の罪だ。
逃げようとしていた自分の後悔の根本だ。

これを書くことで誰かの心を傷つけてしまうかもしれない。
誰かは俺を責めたてるかもしれない。
もしくは慰めるかもしれない。
しかしそんなことを俺は望んではいない。

それでも俺は書いておかなければならない。
俺自身が過ちを認めていく為に。

俺は母から貰った命で、
この上なく母を傷つけてしまったから。

丁度、母の癌が脳に転移が認められた時。
母の命はもう長く持たないだろうと言われた。

そのことを母に告げるべきなのかどうなのか。
俺にはわからなかった。
母はそんなことは知りたくない。
と常日頃から言っていた。
それを俺は知っていたが。

俺は勝手な自分の価値観で、母にそれを告げた。
それが俺の役目だと思ったから。

母は笑いながら、
「そっかぁ、知りたくなかったなぁ」
と僕を抱きしめてくれた。

最低な息子だ。
貰った命を刃にして、母を傷つけた。
大きなお世話だった。

そんな俺を抱きしめながら、母は笑った。
心配そうに、辛そうに、それでも笑った。

もうどうしようもない。
俺は母に謝ることも、償うことも許されない。

夢のような日々の終わりは、
僕の罪で幕を下ろした。

何もしてあげられなかった。
そうして俺は今も生きている。
生きなければならない。
背負ったまま。

生きていこう。
呼吸は長くは続かないかもしれないから。
書いておく。

不安定な僕の心は未だに
母の抱きしめてくれた温もりの残滓によってのみ保たれている。
あの複雑な笑顔の意味を慮る度に、
しめつけられて壊れそうになる。

いつか抱きしめてあげられるように。
何かを。
幸せは辛いけれど。

一歩を踏み出そう。
そうする以外に僕には何ができるのかわからない。

<デイドリームビリーバー>
ずっと夢を見て 安心してた 僕はDay Dream Believer
そんで 彼女はクイーン
ずっと夢見させてくれてありがとう 僕はDay Dream Believer
そんで 彼女がクイーン

本当は白紙だって構わないんだ。

自分が多趣味で、あらゆる娯楽が大好きなことも、
結局は自分の中には何もなくて、
外からの刺激を常に受け続けていなければ。
普通に生きていくことすらもままならないくらい
危うい均衡の上に生きているということに気づいて。
自分の心の貧しさに驚く。

お笑いやマンガや音楽やアニメや、
その他多くのものへの興味というものは、
自分の内面に深く潜っていったが故の
反発として生まれているのかもしれない。

何もない。
何もないからといって何もしなくて良い訳がない。
それでは生きていないのと一緒だ。

と思ってしまうのが俺の自我であり業なのだろう。
だからといってその業を克服する為に、
何もしないと決めてしまうのは弱さへの言い訳に過ぎない気がして、
受けた刺激を自分と言うフィルターを通すことによって、
自分なりに再構築したいと望む。

しかし、その絶対性を信じることができない。
だから多様性というものに縋る。
そこで少しだけ自我や業が薄くなってくれるような気がするから。

それが俺がこの世界に残すことができる影だと信じている。

影は響く。
残響となる。

俺の直観こそは恐らくそこにある。
そしてその直観を、受け止めてくれる仲間がいる。
生きていても、死んでいても、
その直観のみが骨格であるのだから、
多様性は失われない。

受け止めてくれる人の数だけ広がる。
響いていく。
影は彩られていく。

真っ白に燃え尽きるまで。
この危うい平衡を保ちながら、
心に支配されながら。

そんな心程度では揺るぐことのない空っぽを信じて。

ファビコン

ファビコン作ってみた。
ブラウザをFirefoxに変更して、
ブックマークリストにファビコンと呼ばれる、
サイト用のアイコンが表示されるようになったので、
自分のブログ用にファビコンを作成してみることにした。

ご使用のブラウザによっては表示されないかもしれませんが、
ブラウザによっては、こういうのが表示されるようになりました。

ブログタイトルの頭文字だけですけどね。
あるとないとじゃ気分が違います。

ブックマークリストに自分の作ったファビコンが並ぶだけでも、
ちょっとした嬉しさがあったりします。

疲れるな

しんどい状況になると自分の不遇を嘆きたくなるのは悪い癖。
もっとしんどい人は沢山いる。
俺は幸せだ。
不遇を嘆くだけの余裕がまだある。
乗り越えていこうと思える余地がまだあるから。

頑張ろう。
頑張れる幸せは忘れちゃいけない。

新居昭乃パリツアー

4月に新居昭乃のパリ公演があって、
それ用のツアーが組まれているんですが、
一人用の必要経費が24万くらいで、
さらに空港利用税だなんだでプラス5万くらいは必要になるそう。

「新居昭乃との夕食会」とか最高の思い出でしょう…
金額にはは航空券、夕食会とサイン会と二回のコンサート、
現地での観光費用まで含まれているらしい。

4月8日から4月13日までの5日間。
最低必要経費が30万と考えて、一日6万。

どうしようかなぁ。
親に借金して行こうかなぁ。

すげー迷う。
ちょうどその時期にタイのツレが休みで、
遊びに来て欲しいって言われてるんだよなぁ。

タイに行くのとは圧倒的に金額も違うしなぁ。

でも俺の昭乃たんと食事会、ハァハァ
コンサートが二回、ハァハァ
昭乃たんとパリ観光、ハァハァ
最大15人だから、昭乃たんに俺のこと覚えてもらえる、ハァハァ!

最終締め切りは3月6日。
金額的に友人を誘うわけにもいかず、
行くなら俺一人。
金額的には全然しぼりだせないことはないんだよなぁ。
ただその俺一人ってのが一番の問題かもしれん。

知らない人たちと会話とかできんのか!?
というか俺の民度の低さは
他の新居昭乃ファンの方達と相容れない気がする。

念のためにパスポート更新いっとくか。
どっちにしてもタイかパリには行かなくてはならんだろう。

というか4月29日に5枚目のオリジナルアルバム発売予定って書いてるよ!
ひゃっほーう!
ソラノスフィアは4月29日かー!

死んだらまず神は殺す。

リンパマッサージをして、
加湿器を買って、ヒーターを買って、
うがいをしたら風邪ひいた。

俺が死んだら神は絶対殺す。
対策したらすぐに風邪ひくってどういうこと!?
俺っていっつもこんなの。

調子に乗りすぎた天罰みたいなことかな。

神め、待っとけよ。
死んだらヒゲもって引きずりまわしたんねん。
基本的に俺の運命をもてあそびすぎ。

自殺について。

ちょっと思うところがあったので自殺のことについて。

自殺をテレビとかで取り上げる時に、
「どうしてこんなことに」とか「理由が見当たらない」
なんてことをコメンテーターとかインタビューされてる人とかが答えてたりするんだけど、
もちろん場合や人にもよるけど。

たぶん自殺に理由なんてないんだよ。

ただその日、唐突に自殺したくなる日がある。
いや、今日俺がそういう日だとかそういうことじゃなくてね。

でもたまにそういう日があるのは事実。
もちろん俺は自殺はしないけど。
母の思い出が生きる俺を殺すことは、
俺が母をもう一度殺してしまうことになるから。

けど、それは今の俺だから言えることで。
唐突な自殺の衝動と、ちょっとしたきっかけがあれば、
人って案外簡単に自分を殺せるんだと思う。

当然俺の価値観の中ではってエクスキューズがつくけどね。

自殺の予告なんてしてる人は、
たぶん自殺を止めて欲しかったり、
自分のことを見て欲しいって気持ちが残ってる人だと思うんだよ。
だからまだ大丈夫。
そういう人ならたぶん、まだ生きていける。

でも。
ふとした時、今まで生きてきた自分と、
明日からの自分が急速にどうでもよくなる瞬間がある。
自分の命の軽さに笑いがとまらなくなりそうになる。
だからそういう日は、車にはなるべく乗らない。
遠くには行かない。
高い場所には行かない。

何があるかわからないと自分で思ってしまうから。

そしてその狂気は翌日には綺麗サッパリ自分の中から消え去っていて、
阿呆のように笑って一日を過ごすことを知っている。
何度も繰り返しているから。

また急速にどうでもよくなる。

だから眠る。
だから笑う。
だから自殺なんてする奴は最低だと自分に言い聞かせる。

それでも暗い影がべっとりと自分からついて離れない。
そういう人がたぶん全国に何パーセントかいるんだ。

だから、もし届くなら。

「とりあえずの享楽」で構わない。
自分をごまかして、その一日を乗り切ってくれ。
腐った世界も美しい世界も表裏一体だ。
分かっているから、どうでも良くなるんだろう。

生きていたらきっといいことがある。
なんてウソは俺にはつけない。
たぶん嫌なこともそれ以上にあるし、
何よりそんなことは大した問題じゃないだろう。

だから少しだけ、笑って忘れてくれ。
笑っている間だけは、どうでもいいことすらどうでもよくなると思うから。

刺激に弱いM

今日は風呂に行ってサウナに入って、
その後リンパマッサージなるものやってもらった。

それでわかった事が一つ。

俺はどうやら刺激にやたらと弱いようだ。
強く押されるとビンビンと痛い。
そういえば昔から、指先で押されるだけで凄い身体が痛かった。
一時期それが原因で先端恐怖症にもなったのだ。

Mのクセに痛みに弱いなんて、
女王様になんて顔向けしていいか分からない。
こんなブタ野郎を飼ってくれる女王様なんていないだろうけどさ。

責めに弱いMなんてー。
また新しいコンプレックスができそうだ。
アナルはガバガバなんすけどねぇ。
外部からは苦手でも内部から得意みたいです。

基本的に強い刺激には弱いみたいだってことは、
実は前々から気づきはじめてはいたんです。

強めにフェラされて歯があたったりすると、
「あいたたたた、ひぃぃい!ごめんなさいぃいい!」
と行為を静止してしまう。
興醒めもいいところだ。

ただし精神的には間違いなくMなんですよ。
おざなりに手コキされたりするとビンビンになっちゃったりしますし…
足で踏まれると白目剥いて喜ぶんです。

でも刺激には弱いんですよねぇ。
刺激に弱いってことは、痛いのが好きになる可能性があるってことだって
誰かに聞いたことあるような気もするんですが。

慣れるまでに時間かかりそうだなぁ。

あーあ、先は長いぜ。
こういうことをリンパマッサージされながら考えていると、
途中で勃起しそうになっちゃいますよね。

ブサイクでも乳が見えそうになると、見ちゃう自分が大好き。

このまま日本を終わらせるかボケが。

麻生の発言に対するマスコミや各議員の風当たりの強さがおかしい。
小泉も麻生の発言を受けて「怒っちゃうより、笑っちゃう。」だそうだ。
毎日新聞の記事によると。

麻生「国民が感じていたのは民営化かそうではないかだけだったと思う。
内容を詳しく知ってる方はほとんどいなかったと思う」

4分社化体制は周知されておらず、
経営形態を見直すことは問題ないとの認識を強調した。

俺はまさしくその通りだと思うのだが。
その4分社会体制について、
明確にどのような体制なのか理解し、
解説できる有権者が一体何割いるだろうか?
まさか麻生批判にかまけて、
当時そのことについて有権者に対するアピールが充分にできていたと、
マスコミも国会も開き直るつもりなのか?
あきれ果てて物も言えない。

少なくとも俺は説明できない。
これを恥ずかしいことだとは思わない。

こうした国民を多くつくってしまった国会の閉じた体制にこそ問題があるだろう。
麻生が全面的に正しいなどというつもりはないが、
少なくとも今の報道には変な意図しか感じない。

金の流れも不透明。
民営化されて民間に流れるはずだったお金は一体どこへいったのか?
教えれるもんなら教えてみろ。

国民をバカにするのもいい加減にしろ。
麻生の発言の揚げ足ばかりを必死にとって、
報道するべきことをまったくしていないマスコミの何を信じろと?

国民の意見をまったく聞かず、
充分な議論もせずに危ない法案ばっかり通してしまう国会の何を信じろと?

麻生は演説は下手だし、
漢字も読めないかもしれないが、
少なくとも国民よりの目線で物事を見れていると俺は感じる。
当然、及ばぬ部分はあるし、
消費税を増税するのなら、
国民から預かったその大切なお金をちゃんと
国の為に、国民の為に使う責務を負わねばなるまい。

「痛みに耐えろ」と言った総理大臣がやったことは、
本当に痛みに耐えただけだったのだ。
地震や自衛隊派遣問題など多くの問題を抱え、
確かに大変だったことだろうが、
それは思わぬ状況への対応であり、
彼が掲げたのは「郵政民営化」という大きな看板だ。
4分社化体制という細かな説明ではなかったと俺は記憶している。

ちなみにトンデモ論ではあるが、
今の技術力があれば地震だって人為的に起こせるかもしれないんだぜ。
当然戦争だってね。
そういえばやたらめったら自衛隊派遣問題については、
国会で議論されてたよね。
あれって一体誰に見せる為の議論だったんだろうな。
あの件で一番得をしたのはどこだったんだろうね。


参考URL:毎日新聞

ジャンプスクエアについて。

今日は早起きしたにも関わらず、
用事が思わぬ速さで終わった為、
溜まっていたマンガを沢山読む日にした。

とりあえず読書カレンダー内にもコメントを書いたのだが、
ジャンプスクエア作品が色々と溜まっていたので、
それを読んでの感想をそれぞれ書いていこうと思う。

買っていたのは、テガミバチ、屍鬼、幻覚ピカソの3冊。

いやはや、ジャンプスクエアは本気です。
とにかく画力のレベルが高い上に面白い。
月刊誌なんで構成や演出、背景の書き込みなんかにも力をいれてる。

テガミバチ6巻 / 漫画:浅田弘幸
テガミバチは恐らく伏線の張り方、
劇の展開のさせかたから行けば
恐らく10巻以内に収めるつもりで描いているマンガだと思うんですが。

もし予測が当たっていれば、そろそろエンディングへ向けて
伏線回収しつつ勢いに乗せた劇展開が期待できそうな感じ。
とにかく、あの世界観を構築して絵にするイメージ力はお見事。
I'llを描いてた人だとわかってから余計に驚きました。

まずこれまでに、どの漫画でも描かれていない世界を、
自分独自の絵の世界で表現することが如何に難しいことか。
黒ベタとホワイトの使い方や、
切り絵かと思わせるような角ばった独特の描線が面白い。
こういう絵でスラスラと読ませるってのは実力だよなあ。
画力すごい高いと思うんですけど。

屍鬼4巻 / 原作:小野不由美 漫画:藤崎竜
屍鬼はもともと映画やドラマ向きの作品だと思っていたので、
写真をトレースしたような背景の上に、
平面と立体が混在したような人間の絵が載ると面白い効果がでる。
水木しげる、つげ義春的な手法の新しい様式かなぁ。

視線の誘導や、コマを見たときにまず何を見せるべきかを、
藤崎竜は分かって描いていると思うので、どんどん読みやすくなっている。
一巻の頃はすこし煩雑すぎてマンガに集中できなかったが、
藤崎的な屍鬼の表現が確立されてきた印象を受ける。
背景の描き込みの量のわりに読みやすさが向上するというのは素晴らしいなぁ。

夏野、敏夫、静信の3人が一応の主人公なので、
原作を読んでいる人間としては、これからの展開が楽しみで仕方ない。

幻覚ピカソ1巻 / 漫画:古屋兎丸
幻覚ピカソにはとにかくビックリした。
まず古屋兎丸がジャンプスクエア!?っていう所に。
さらに設定がジャンプスクエアの読者層に受けそうなんだ、これが。
古屋兎丸がしたたかなのか、編集者がしたたかなのかは分からないが。
もともと絵画というのは心理の視覚化を目指すものでもあるので、
その芸術性を連載漫画に持ち込んで、
尚且つ設定としても盛り込むなんてことは普通は考えないし、
なにより余程の実力がないとできない。

これまで古屋兎丸は画力の高さには定評があったものの、
どうしてもアクの強さからマニアック作家なイメージがあった。
それがどうしたことか、この幻覚ピカソで一気に花開いた感じ。
インノサン少年十字軍やIKKIコミックスのハピネスも良い出来ではあれ、
一般への浸透を考えると少し難しい部分があった。

というか古屋兎丸自身も、
そういう所を目指している作家ではないように感じられた。
しかし、こうした形でなら一気にメジャー化することも可能なのだ。
という新しい発見に驚く。
これはたぶん色んな層に受け入れられるぞ~。
面白かった。

---------------

シャーマンキングの人も新連載を始めるようだし、
まだ買っていないが和月のエンバーミングもある。
さらに藤子不二雄Aも書いているんだよなぁ。

ジャンプスクエアはコミックスが刊行される度に、
徐々にマンガ好きへの浸透率を上げていくかもしれない。
読者を引っ張る作品が増えてきているのは良い傾向だよ。

大衆に迎合してちゃ、どんどん右肩下がりになっちゃうんだから。
とにかくまずは日本人が日本人に向けて、
新しい価値観を提示しつづけていかないと。

外国への輸出を視野にいれて合わせに行っているようでは、
進歩なんて止まっちゃうよ。


大槻ケンヂと絶望少女達 / かくれんぼか鬼ごっこよ


大槻ケンヂと絶望少女達 / かくれんぼか鬼ごっこよ

いやぁ、大槻ケンヂという人がオタク文化とこれほど上手く融合を果たすとは。
というより、これまでは照れくさくて大衆に迎合することができなかった人が、
上手く折り合いのつけかたを見つけたというか、
自分のセルフプロモーション方法が面白い方法で成功した感じだなぁ。

人として軸がぶれている
空想ルンバ

この二曲が「さよなら絶望先生」というアニメの主題歌に抜擢されたことで、
大槻ケンヂの歌詞世界にシンパシーを覚える、
潜在的な層に対してとても効果的なアプローチになり得たという所だろうか。

それでもこのアルバム内の曲で「ニート釣り」なんてタイトルをつけてしまうあたりが、
「君よ!俺で変われ!」や「バトル野郎」に対して
「タイアップ」という曲を書かせてしまう大槻ケンヂらしい所だなぁと思うw

どこまでも完全には大衆に迎合できない人なのだろうなぁ。
でも、大丈夫。
小銭が稼げる間は筋肉少女帯は続けますと言える大槻ケンヂならば大丈夫なはずだ。

しかもナッキーの幅の広い作曲能力が、
大槻の持っているアナーキーさを加速させつつ緩和させてもいる。

アルバム内に「さよなら!絶望先生」という曲があるのだが、
もはや拍手もののオタクサウンドを特撮で踏襲している。
ピコピコサウンドでハードロックをやってしまって、
そこに大槻の類まれなる作詞センスが乗っかることで、
とんでもないケミストリーを生んでいる。
ENTER SHIKARI聴くくらいならこっちを聴くねw

いやぁ久々に特撮サウンドを楽しませて貰った。



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