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何を言うてるのやら、もうわかりません。

人間にとって大切なものはなんだろうと考えたとき、
俺は「観察眼」と「判断力」と「情」あたりが大切なんじゃないかと思うのだ。

観察眼は言うまでもなく、他人や世界を観る能力。
どんなことにでも興味を持ち、観ることが大切だと思う。
そして観たことに対して、主観と、客観の総合的視点から、
それらを判断すること。
さらに言うなら、そうして判断したことの全てを、
情でひっくり返せるような熱さや冷静さも必要なんだろうと思うのだ。

理論や自分の中で判断できる全てのことも、
なんやわからんけど、やってもうたんや!
っていうそういった衝動的なものがなければ人間じゃない。

俺は多分ちょっと変わった人間で、
「どんなことでも話せる」そんな友人がいたとして、
それが俺にとっての親友となりえるかどうかは分からない。
もちろんそれは大切な友人ではあるが、
親友と呼べるかどうかは別問題。
極端な話、土壇場で俺を裏切るような人間でも、
俺がそいつの人となりを分かっていて、
本当に俺を裏切ったとしても、
俺はそいつのことを嫌いになれるかどうかはわからない。

理由は聞いてくれるな。
説明できるようなことなら
「情」なんていう情けない言葉を持ち出したりしない。

自分をこういう奴だ、と決め付けることは、
自分を縁取る作業で、有意義なことだと思う。
それでも説明なんてできない自分という存在もまた、
自分を掘り下げる作業で、これまた有意義なことなんだろうなと、
この歳になると、そんなことを思うんだよなぁ…

はてさて、そろそろ本気で自分が死んだあとのこととかも
考えはじめておかなければならないかな。
こんなことを思ってしまう自分の思考回路が
まったく理解できないんだけれども。
ふと浮かんだことなので、考えておけってことなんだろうね。
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からくりサーカス -感想-

さきほど、3度目の「からくりサーカス」全巻を読了した。
やはり感動して泣いてしまったことはおいておくとして、
これから感想を書こうと思う次第である。
ネタバレを含むので、現在読んでいる途中の人、
またはこれから読もうと思っている人は、続きを読まないでくださいな♪
というか長文すぎるので、全部よんだ人はエライ!

さて、何を話そうか…
そうそうキャラクターだ。
俺を感動させやがった登場人物たちと、
なぜ俺がそいつらに感動したのかっていうのを書こうと思っていたのだ。
もちろんメインのナルミやマサルやしろがねたちにも、
愛着はあるし好きなのだが、
俺が感動したキャラは別にいる。

フランシーヌ人形
ギイ・クリストフ・レッシュ
パンタローネ
アルレッキーノ
ジョージ・ラローシュ

そしてフェイスレス。

フェイスレスの作った自動人形からエレオノールを守るために、
井戸の中で死んでいったフランシーヌ人形。
心がなく、笑えなかったフランシーヌ人形が、
アンジェリーナの出産に立会い、エレオノールと触れ合うことで、
少しずつ心を知り、感情を持っていく。
『私はエレオノールに指を握ってもらいました』
感情のなかったフランシーヌ人形が、
そんな暖かな言葉を話せるようになっていく過程は、
すごく好きな場面のひとつだ。
そして井戸の中で生命の水に溶けるフランシーヌ人形は、
最後までエレオノールを守り続ける。

怖がるエレオノールの為に、
おどけてエレオノールを笑わせて、
そして微笑みながら死んでいくのだ。

俺はこのシーンにすごく心を打たれた。
「からくりサーカス」という作品において一貫して貫かれているのは、
『笑う』ということだ。

心がないはずだったフランシーヌ人形は、
自らが相手を笑わせてあげたいと思い、自らがおどけた。
それをエレオノールは感じ取り、笑い。
そしてそれを見てフランシーヌ人形は微笑んだ。
心のやりとり。
それが初めてできたフランシーヌ人形は、
満足して死ねただろうか?

俺は満足できた分だけ、
途方もない後悔をフランシーヌ人形は背負ったのだろうと思う。
もっとエレオノールの笑顔を見たい。
エレオノールを笑わせてあげたいと、
そう願って、悔しさの中で死んでいった。

パンタローネやアルレッキーノもそうだ。
笑えなかったフランシーヌ人形を笑わせるために作られた人形。
彼らもまた「心のやりとり」を知らなかった。
しかしアルレッキーノは、
リョーコに『ありがとう』とお礼を言われたことで、
心の揺らぎを知る。
フランシーヌ人形を笑わせられないまま二人は死に瀕していた。
そしてフランシーヌ人形が溶けた生命の水を飲んだエレオノールが、
ナルミに笑っているのを見たアルレッキーノは、
そこで自らの悲願を果たし、かつてのフランシーヌ人形と同じように、
喜び微笑み、満足した。
そして同じようにその微笑みを与えたのが自分たちでなかった悔しさも、
彼らの中には生まれただろう。

ギイもまたそうだ。
クールで感情が表に出ない彼にも、大切な存在はある。
母のかわりとなってくれたアンジェリーナの娘エレオノール。
彼にとっては妹のような存在。
彼はエレオノールをずっと守ってあげたかったのだ。
しかしそれが叶わないと知った時、
彼は自分の役を作った。
愛する妹を自分が信じられる男と一緒にいさせてやりたい。
『幸せにおなり…』と背中を押す。
それは優しく力強い、兄のような、
そして父のような心境であるのだろう。
その役目に満足したギイではあるが、
彼もまた、幸せな妹の姿を見ることはできない。
後悔を残しながら死んでいくのだ。

それでも愛しい人の幸せを祈って。

しろがね-Oのジョージ・ラローシュもそうだ。
冷徹な存在だった彼も、
最後に子供たちにピアノを弾いて拍手を貰う。
『子供たちが、こんな私にピアノをまた弾いてねって言ってくれたのだ』
『こんな私にだぞ!』
彼もまた、満足を得て、死んでいく。
また子供たちにピアノを弾いてあげたいと悔しそうに。

もう俺の涙腺は崩壊しっぱなしなのだ。

すべての黒幕であるフェイスレスは、少し違う。
彼は最後まで満足することはなかった。
なぜなら彼の欲望は何よりも深く、何よりも単純だったからだ。
彼の心は子供のままで、
誰よりも大人になれなかった。

それゆえに全ては複雑になり、どうしようもなくなり、
破綻し、整合性がとれなかった。
だからこそこの物語は成立しうる。

からくりサーカスという漫画に対立の構造があるとするならば、
マサルとフェイスレスの対立の構造以外にはありえない。
ナルミとフェイスレスでは成立しえない、構造があるのだ。

それは子供同士の対決という構造だ。
かたや「子供の心のまま大人になったフェイスレス」
そして「子供だが、いつだって大人になろうとあがくマサル」

フェイスレスとの最終決戦にナルミが行っていれば、
それは白銀と白金の兄弟対決のようになったかもしれない。
フランシーヌを奪った兄[白銀]と同じように、
エレオノールを奪った男ナルミ。
白銀とナルミはフェイスレスにとって同じ役柄だっただろう。

ならばフェイスレスは絶対に、
ゾナハ病の治し方を教えはしなかっただろう。
なぜならナルミは最初から最後まで、
子供を守る「大人」という役だからだ。

フェイスレスが聞き分けの良い
かしこい生き方のできる大人だったなら、
事態は複雑になどなるはずがないのだ。

フェイスレスが最後にマサルに対して、
弟のような感情を抱くシーンだが、
一時はマサルの父「貞義」であったフェイスレスであるのに、
なぜ親ではなく、兄のような心境になったんだ。
と、俺の友人は言っていたが、
答えは恐らく、
親のような心境になれる男であったならば、
フェイスレスはこんな事件は起こすはずもなかった。
ということに尽きると思う。

そして彼はグリポンに「一人は寂しいなぁ」とつぶやき、
「僕が間違っていたよ兄さん」
と笑ってベロを出しながら死んでいく。

自分の間違いを認める。
という行為は、人間的成長の第一歩である。
彼は死の間際にほんの少しだけ、大人になれたのだ。
それはマサルという、
いつだってナルミという大人に憧れ、
熱い血をたぎらせてきた小さな子供に出会ったからだろう。

これ以外のエンディングが存在する可能性だってなくはなかった。
その為の伏線はいくつもあったのだから。
それでもこのエンディングに何の不満があろうか。
この物語は人間の物語なのだ。
どう転ぶかわからない、
そして転んだ先がそういう物語だったのなら、
その物語に満足してこれからもその物語のなかで、
精一杯笑っている登場人物の存在を祈り、
笑顔を送ってあげるのが、
この漫画を読んだ我々の『役目』ではないだろうか。

なぜなら『からくりサーカス』という漫画に出会い、
その物語を『観る』という選択をしたのは、
まぎれもなく観客である俺自身だったのだから。

知り合いのブログを読んでいて気になった一文があった。

「研究が楽しい、なんて言ってる研究者がいたら、
どうせほとんど頭使わない研究してるんだろうな」と思う。

なるほど。
そうかもしれない。

俺が言い換えるなら、
「生きてることが楽しいなんて言ってる人間がいたら、
どうせほとんど頭使わないで生きてきたんだろうな、と思う。」

ってことになる。
考えるってことはドツボってことだ。
突き詰めるってことは、どん詰まりってこと。

でも、
こうも言えると思う。

「真剣に考えたことのない奴に、
生きることの楽しさなんて分かるはずがない。」

この世界のことを何度地獄だと思ったかわからない。
それでも、まだ、この世界のことを好きだと言ってみる為に、
毎日を過ごしている。

想像したことがあるか?
子供の前でレイプされ首を絞められながら殺される人のことを。
流れ弾で理不尽に奪われてしまう命を。
行って来ますと出掛けて地雷を踏んでバラバラになる人のことを。
家族の死を、自分の死を迎えない為に明日よ来るなと祈る人々のことを。
そんな世界のなかで、のうのうと何も考えずに笑いほうけている、
自分たちのことを。

生きて見つめていく覚悟はあるか?

奥井亜紀 -青空の手紙-


青空の手紙


今月、約一年ぶりに奥井亜紀の新譜『青空の手紙』が発売される。
それに伴い、奥井亜紀『東名阪ツアー』も行われる。

正直、去年の『トキノマニ』というアルバムは、
奥井亜紀の音楽にフックをきかせすぎたと思った。
骨格はしっかりしているのだから、
何度も聴けば味は出るし、いいものではあるのだが、
もっと素直な音の方が優しさが伝わるような気がした。
個人的な趣向もあるだろうしね。
僕はDENIMUMのようなアルバムが大好きだ。

今回の青空の手紙は、
試聴した限りでは、とても素敵で素直な音が伝わってきた。

実は奥井亜紀が今年ツアーをすると知った時も、
最初は行かないでおこうかと思った。
忙しいというのもあるし、
ぶっちゃけるとトキノマニ以降、
少し奥井亜紀から心が離れてしまったということもある。

しかし、今回の青空の手紙。
普段は東京でしかライブを行わない奥井亜紀が、
東京、名古屋、大阪のツアーをすると決めれるだけの出来だったのだ。
試聴したときに、失敗した!と思った。
このツアーに行かないと僕は一生後悔するかもしれない。

そう思った僕は、
気がつくと、ぴあでチケットを購入していた。

そして、僕が購入を決断したのには、もうひとつ理由がある。
インターネットラジオだ。
奥井亜紀といえばラジオ。
この青空の手紙というアルバムは、
ツアーだけでなくラジオまでマッシュアップしてしまうほど、
奥井亜紀がプッシュしたいアルバムなのだと感じた。

楽しみである♪

真実という仮定

僕という基点がある。
そう思っていた。
僕を中心として、世界は無限の方向へと向かっていると信じていた。
内側へも、外側へも。
すべては僕という基点から始まっているのだと、
これまで生きてきた経験が漠然とそう思わせていた。

しかし、考えてみると、
そうでないことも知っていた。
言葉にしていないだけで、
そうではないことも分かっていた。
世界とはもっと複雑で奇妙な形をしている。

僕という基点と並列的に、
僕以外の誰かの中にいる僕もまた、
僕の世界を形成する上で重要な基点であるのだ。

それは子供の頃には想像もつかないことだった。
幼い世界では、自分の無限だけで十分だったからだ。
しかし歳をとり、さまざまな経験をつむと、
人というのは欲張りになっていく。

自分以外の中にある『自分』すら、
自分自身であろうとするのである。
これはどの人間でも無意識的に行っていることである。
他人にどう思われているかどうかではなく、
当たり前に、他人の中に自分という存在があると、
仮定して世界を考えてしまっているのである。

自分だけの無限では満足できずに、
他人の中にまで自分という存在を置きたがる。
無断で侵食するのである。
自分という存在を他に見せ付けるだけで。
なんという横暴か。

自分が存在しているのだから、
他人の中にも自分がいる。
これは誰が決めたという訳でもないのに、
世界に住まう人々の絶対の真実となりえている。
我々は真実に依存している。

僕は、僕自身に依存している。
それはとりかえしのつかない病だ。
僕という存在を真実たらしめている要因はなんだ?

それは、僕と、僕以外だ。

では僕とはなんだ。
僕とは、僕以外の影響を受けて形成された基点のことだ。
心という概念で世界に浮かんでいる点だ。
では世界とはなんだ。
世界とは、僕を基点として存在する、
僕を含む僕以外のことだ。

その僕と、世界の因果関係はどこにある。
それは僕という存在でも、
僕以外という存在でも、世界そのものでもない。

すべてが真実だという仮定こそが、
この僕を世界に定着させている。
たったそれだけのものが、
僕と世界をつなぐ最も強い理由だったのだ。

そしてそれを疑うことこそが、
僕が僕を逸脱した高みから見つめるきっかけとなりえる。

真実というものが真実でなかったとしたら、
僕の存在なんてものは簡単に崩壊してしまう。
では真実が真実でなくなったとしても、
僕は僕であれる何かを探しておく必要がある。
僕が僕に依存するために。
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