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最近気になる音楽

The Alpha Couple
PureVolumeでその存在が確認できる。
恐らくまだメジャーデビューはしていないので、
日本で手に入る音源はPureVolumeで聴ける4曲だけだろう。
メジャーデビューしたら即売れるって感じの音楽です。
新鮮なのに安定感があるってのはすごいやね。
PureVolumeに上がってるのは、
まだマスタリングしてない音源らしいですが、
十分のクオリティを持っているように感じます。
個人的にはツボでしたね?。
インディーではアルバム何枚か出してるっぽいけど、
聴けそうにないなぁ…悔しい

ENTER SHIKARI
何せ勢いが半端じゃない。
シングルくらいしか出してないのに、
日本にファンサイトはできてるし、
イギリス本国でのファン層は確固たるものらしい。
ダンスミュージック+ヘヴィメタル。
まあとにかく盛り上がるだろうし、
売れるだろうってのがヒシヒシ来る。
個人的にはそんなに好きな音楽ではないが、
否応なく印象に残ってくるパワーがすごい。
カッコイイ曲もあるし、ジャンルとしてはすごく面白い。
これからダンスミュージックとラウド系が混ざった音楽がキそう。

DREAM STATE
ピアノエモというジャンルらしい。
何せデビュー作の[Something To Believe In]の完成度が高い。
さらに今月14日に発売された2作目
[A Place To Rest My Head]も良作とくれば、
お勧めしたくもなるというものだ。
表題曲の[A Place To Rest My Head]、
#6の[The Gamble]など秀逸な曲が目立つ。
女性ボーカルの加入により、幅を広げたようにも感じるが、
個人的には少々クセが強すぎるように感じる。
というよりも、もうすこし抑え目に歌って欲しいかな。
すごく安っぽく聞こえてしまうフレーズがあったりするので。
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ぐにゃぐにゃ

最近「まとも」を演じるのが上手くなったなぁとか思っていたら、
自分がとうの昔に壊れていたことに気づいた。

自分が拡散しすぎていて、
もはや手の施しようがないレベルに達してた。
歳をとるにつれ、
人は多分それに気づき、
自分を、自分で決めた枠組みに放り込まなければならなくなる。

拡散した自分すべての把握はできない。
ならば自分の手の届く範囲に、
把握できる自分を置いておく必要がある。

それを是としない自分もいれば、
それでいいだろうと思う自分もいる。
この内面的矛盾を享受できる自分もいれば、
絶対に納得できない自分もいる。
それらすべての自分を認めてしまえば、
僕は僕自身であれるかもしれないが、
ぶっこわれるだろう。

これからもそれらは拡散しつづける。
ケースバイケースで自分を作り出す。
そういう方法もあるだろう。
というよりは、恐らく僕はそうして来たのだ。
そしてどんな自分が自分だったか分からなくなる。
誰もそんなことは気にしていないし、
僕自身ですら気にならない時もある。

しかし、ここで悩まない訳にはいかない。
この苦悩をしない訳にはいかない自分に気が狂いそうなのだ。
そしていつだって、
この手合いの苦悩を乗り越える為に、
これを乗り越えれば何かが待ってくれているような気がする。
そんな理由もない予感だけを頼りにしている。

変化は訪れる。
苦悩が終われば。
しかしそれは、次なる苦悩への準備でしかない。
結局は繰り返し繰り返し、堂々巡り。
分かっていても苦悩しない訳に行かないと、
思ってしまう自分の精神構造に気が狂う。

とっくに狂っている。
もう無理無理。
アホらしい。いつまで続けるつもりなんだか…

無我

たとえば宗教というものが、
世界の枠組みを決めるような、
いわゆる精神を依存させ安定させるような役割であるとすれば。

僕の宗教は、
社会と法律と国家というものの複合的なものであり、
且つ、不安定で曖昧な自我を調味料にしたような、
ひどく頼りのない宗教であると言えるだろう。

僕にとっての世界とは、
僕を基準点とはしているが、
僕自身の中にすら隔たりがあることを鑑みても、
曖昧で頼りのない貧弱な世界しか形成できていない。
枠組みを作り出す力が弱い。

エデンは家のようなものである。
としか言えないほど貧困な世界像しか持ってはいない。
つまりはそういう弱いものだ。

僕の世界の中で、
何かを神として据えることができるとすれば、
無意識、としかいいようがない。
自分の中にあって尚、自分でないもの。
僕に思い当たる神とはそれだ。

しかし、それを信奉しようとは思わない。
それは自意識を否定することに繋がる。
だが、自意識を信奉するつもりにもなれない。
そんなものは取るに足らないものだ。

僕にとっての知恵の実とは、
このわだかまりのことである。
いや、多くの人にとってもそうであるのかもしれない。

無意識は、自意識を罰し、
自意識は無意識を恐れ、
その堂々巡りがついには思考の大洪水を起こす。
残されたものが正しかろうが、間違っていようが、
残されたモノがそれしかなかったのなら、
それはもう正しかったという判断を下すほかない。

では、それらすべてを取り除いた時に残るのはなんだ?

そこは無だ。
我は無にあり。
無我とは己への執着を超越することである。
しかしそれはもう、我ではない。
我ではないのに我であるという無。
唯一無二の我。
自我と無我。
それは自意識と無意識とは違う観念で考えられるべきかもしれない。

Beyond The Bounds

Beyond The Bounds / 木村真紀

この曲はANUBISというゲームの主題歌なのですが、
非常に素晴らしい作品です。

フィンランド語の響きを意識した造語と英語で形成される、
エジプト神話をモチーフにした歌詞のイメージ世界。
それと共にエスニック的要素の入ったアップテンポな曲調にあわせ、
造語のスキャットを呪文のように連続して聴かせてくる。
とんでもなく訳の分からない独特な世界を構築している。

ゲームミュージックを作っているような人にしか、
こういう音楽は思いつけないだろうなと感じた。

造語で音楽をやるというのは、
非常に難しい事ではあると思う。
上手くやれば何よりも国境を越える音楽になりえる。
けれど、失敗すればそれは間抜けで、
滑稽にしかならない。
この曲では少なくとも、それは成立し、
ひとつの形を成しているように思われる。

日常からかけ離れた、
まるで人間が思いつくような音楽とは思えないものが、
そこにある気がした。
こういうことを忌憚なくできる人たちが、
同じ国民の中にいるということは嬉しいことだ。

かき鳴らされるヴァイオリン。
呪文のような言葉。

神話世界と電子の融合。
        Beyond The Bounds
これはまさに  領域を超えて  作られた、
素晴らしい音楽だと僕は思うのである。
一生耳に入れないまま、終わらせるには勿体無い一曲であろう。

ノゾミ

夢を見た。
おきている時に見る夢だ。
本当にとめどもない、幸せな夢だ。
ここに心地よいという感覚がある。
そういった漠然とした、けれど突拍子もない、
本当にどうでもいい夢ですらない夢だ。
だって本当は夢なんて見てはいないのだ。
見たと錯覚したかもしれない自分という存在が、
確固としないうえに、過去の記憶のフラッシュバックの中を泳いでいる。
それはもう今となっては意味も価値もない、
冷たい夢想中に浮かぶ連続した曖昧の欠如でしかない。
変則的に届き続ける言葉に相槌をうつのは、
僕という存在ではなく自動的ななにかであるのかもしれない。
唯々諾々とそれを書き連ねるだけの曖昧さしか、
僕の自我というのは形成されていないのだろう。
しかし壊れかけた心はここにしっかりと形成され、
まだもう少しの猶予を与えられているのかもしれないと思う。
僕という存在がまだもう少しだけ言葉を続けることができるのならば、
せめてこの曖昧で意味もない、降りしきる無駄の雨を、
書き連ねることくらいにしか意味はあるまい。
誰もが読む価値のない、明日には僕自身が読み返すことすらないような、
僕でも誰でもないものの言葉にすらならない、
何かの羅列のようなものを僕は、どこかしらから、書き連ねている。
放心状態のような、それでいて研ぎ澄まされているような感覚の中、
僕は明日を待つ。
信じて待つ。夢の続きを見るためではなく。
目を覚まし、いとおしい全て抱きしめることができる、
なによりもリアルなこの世界の真実に僕自身が触れるため。
僕は僕を知っている。
僕を知っている人を知らないけど、
僕は僕を知っている。
だから僕は僕を知っている人を知りたいのかもしれない。
広がりは無限だとそう信じているだけの愚者なのだ。
けれど、そんなような夢をみたのだ。
僕は夢を見ている。
僕が笑っているような夢を見たいという夢も見ている。
もう自分自身何をいっているのか分からないが、
これは紛れもなく祈りだ。
誰も泣かないですむような世界を望んでいる。
誰もが望んでいる世界を望んでいる。

水散文

欠けた月にぶらさげた
   黄金の糸が光ってる

群青の向こうに微かに残る
   昨日の欠片に繋がって

夜のライトが沈んでく
   黄金の糸に引かれてく

僕 は  そ ん な
     ありふれた                 ち 
                             り
        言 葉 を ち り ば め て    ば
          うすい闇の            め
         お わ り の な か で     て
            お わ り の な か で
ひ  ど  く

ひ   ど   く   あたたかな
              ね  む  り  に 
           そ  う  っ  と
  お    ち
        て   い
                  く

シリメツレツ

支離滅裂。
僕らというのはとても支離滅裂だ。

一日分の頭の中にある思考を言語化して、
小説に起こしたら、それはもう考えられないほどに整合性がない。
物を見れば、何かを思い出したり、想像したり、
それに対していくらか思いをめぐらせたりする。
それと、その次の思考にはなんの整合性もない。
日常は支離滅裂にできている。

それに整合性をもたせるのは、
自分自身がまともであると思い込む概念だ。
今日は一日、何をしたかな?
という出来事を思い出す手法なら、
それほど変な出来事がなかったと思える。

しかし、今日一日、
自分がどんなことを頭の中で思ったかな?
と考えて、それを覚えていたら、
あなたは多分発狂するほど爆笑できる。
それほど支離滅裂であるということ。

自我の基準点は、
経験と、自身への客観的な評価と、言語による思考などであろう。
そしてそれらは肉体というものの中に、
仲良くおさまっているように勘違いされがちだが、
それらは常に矛盾を抱え、自分というものを曖昧にさせる。
それが良いか悪いかはどうでもいいのである。
そういうものだ、と感覚的に理解しておくことが大切なのだ。

確固たる自己というものはそんざいしない。
しないにも関わらず、
我々のなかには、絶対的な何かが存在している。
それは与えられた命の選択権は、
常に自分に与えられているということに類似する。

自分というのは支離滅裂であり、
世界というのもまた支離滅裂である。
並列的に自分も世界も、整合性がない。
我々はいつだって混沌の中に浮かんでいるが、
言葉と概念と自我でそれらを縁取り忘れているのかもしれない。

外を見なくても雨。
音の雨。
雨がやんだ音という雨。
雨が降っていたという名残の雨。
ポタポタと残り雨。

気配だけで雨を知る。
僕は歳をとった。
知らない間に世界を決め付けてしまえるほど、
僕は歳をとった。
雨とはなんだろうとは思わない。
思えない。
空から降り注ぐ雫だという。
そうしたことを知っている。
知らないわけにはいかない。

僕はもうどうしようもないくらい、
この世界を知ってしまった。
でも知らない。
本当は何も知らない。
分からない。
分かるのは怖い。知らないのも怖い。
どこにいたって怖い。

安らぎは暗闇に浮かぶ泡のようなものだ。

もし雨が暗闇に泡を浮かべるようなものだとしたら。
僕は雨を知っている自分を少し、許せるかもしれない。
そうした錯覚が僕を少しだけ優しくする。

目の前に見える景色と、目に見えない景色。
それは歳をとるたびに、近づいてきてしまう。
僕らは無限を縮めて生きている。
本来無限だったものを、世界というものさしに収めていく。
それをエネルギーにしてしか生きることができない。
自我というのはそういった消耗からしか生まれない。

忘我することの真理と、自我を得ることの真理は表裏だ。
雨を知っても、僕にはまだ隙間を夢想することができる。
こうして残った隙間を埋めていく作業こそが人生だろう。
なにも悲観することはなかったのかもしれないが、
少しだけ寂しい気がしてしまうのはしょうがないのかもしれない。

雨というのはそういうものだということも、
僕らはなんとなく歳と共に分かってきてしまったのだろうか。

予測外予報

はてさて、俺も知らない間に歳をとってきた。
この歳になって、色々なことが動き始めている気がする。
俺一人だと絶対にできないようなことが、色々と進行している。

たとえば音楽。
多大な協力を得て、どんどん『大切』が形になっていく。

他にも色んなことが動いている。
俺は今までの俺の延長にしかすぎないのに、
出来事はうごめいている。
俺の居場所が曖昧になりそうなほど。
怖いような嬉しいような。

結局、
僕以外の誰かがいなければ、何も変わりはしない。
僕の中ではとっくに劇的に変化がおきていても、
それを具現させるには僕だけではダメだ。
とても凄い力だ。

想像を絶する。
このタイミングで色んな様々なことが動き出している。
子供の頃よく感じていた。
歯車が合いすぎている感じ。
全てが必然だとしか思えない偶然の連続。
ある人はそのことを「人生の風」と呼んでいるそうだ。
人によっては「運命」や「作為」などとも呼ぶだろう。

どれも僕一人だけの力では、実現不可能なことばかり。
この流れに乗らないといけない。
でも冷静に、足元を見失わないように、
自分が掻き消えてしまわないように。
外に広がった瞬間、引き換えに失うもののないように。

最近聴いている音楽

なんとなく、ここ最近聴いている音楽を紹介。
ほぼすべて今の会社に入ってから先輩とかに教えてもらったアーティストだ…

Sleeping At Last / Keep No Score
これは普通に良かった。
これでもかというほどストリングスを使いまくって、
曲に感情を乗せている。
彼らは一般にエモ系(叙情系)といわれるジャンルのアーティストらしい。
M1のTension & Thrillは鉄板。

Frou Frou / Details
もう完全にハマりました。
良い曲はトコトン良いです。
M1のLet Goは耳にハチミツを流し込まれるかの如くとろけます。
ちなみにですが、おそらくM9のMaddening Shroudは、
坂本真綾の真昼が月という曲の元ネタです♪
興味がある人は聴いてみてくださいな☆

Death Cab For Cutie / Plans
素直に耳に飛び込んでくる曲ばっかり。すごい。
細部にまでこだわって作られている音。メロディ。
俺はビートルズでも聴いているのか?と思うほど。
これはやられたなぁっていう感じです。
まさに感服。


Mum / Finally We Are No One
とりあえず言えることはMumのボーカルの声はヤバイということ。
魂まで引っ張っていかれかねない。
M2のGreen Grass of Tunnelでのウィスパリングは、
完全に精神をブっこ抜こうとしているとしか思えません。
聴いているだけで、ふにゃふにゃになれます。

Tristeza / Spine And Sensory
これはヤバイです。
ひたすらループするんですが、精神を持っていかれます。
気を抜いて聴いていると、
知らない間に頭の中がグニャグニャになります。
そして文句なしにカッコイイ。
ちなみに現The Album LeafのJimmyが、
以前に所属していたバンドのようです。
どちらも最近聴き始めたので、細かい知識はありません。
The Album LeafはTristezaよりは暖かみがあって、
ループ感は少ない感じです。

といった感じ、まだまだ聴きたい音楽は一杯あるので、
どんどん聴いていこうと思う。
聴けば聴くほど、どの曲が
どのアーティストのものだったか分からなくなっていくが…
正直、インスト系はヤバイっすよ。

Sigur Rosとか、Album Leafとか、Burning Parisとか、
Tristezaとか、Mogwaiとか、Paikとか…
ランダムで流されたら絶対あてれない自信がある。
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