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アニソンと俺。

今では洋楽を聴き漁るオタクになりさがった俺だが、
昔はもっとアニソンしか聴かない健全な優等生だった。
確か俺が始めて買ったCD、今になって思うと運命的やけども、
奥井亜紀の「Wind Climbing ?風に遊ばれて?」だったと思う。
魔法陣グルグルのEDテーマだった。
この曲は今聞いても、やっぱりいい曲で、
当時の俺が欲しくなった気持ちはすごくよく分かる。
今でも俺は彼女の曲を聴いている。11月には新譜発売だ?♪

忍空の主題歌も買った。

幽遊白書の主題歌も全部好きだったなぁ。
馬渡松子の迫力たるや、尋常じゃなかった。
高橋ひろもムカツク歌い方やけど、曲は良かった。

そうやって年齢を重ねて、
アニソンと一緒に育ってきた。
俺の音楽性を形成する上で最も大切な要素だったのかもしれない。
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価値観の決定的相違。

本日大学にて徒然と。
友人アイくんと食事をして、あれやこれやと話す。
まあ本来、俺と彼というのは、
一般的に見ると友人関係を気付けるような間柄の性格同士ではない。

というのも、
彼と俺では価値観どころか、
その価値観というものの置き場所から違う。
どこに価値観を置くべきか、そのレイアウトがまるで違う。
それゆえ必然、会話はすぐに衝突の様相を呈する。

議論は非常にチープなものである。
そこには相互理解というものが存在しない。
なぜなら議論というのは、そのものズバリ
本来もっとも日本人向きでない行為であるからだ。

先日も書いたが、日本人というのは
相手の感情を汲み取る文化を育んできた民族である。
しかし議論というのは、どちらかといえば
感情・思想のぶつけ合いである。
ともすれば正論でなくとも、その場で勢いのある者が勝つのである。
つまり議論は感情表現の巧い民族向きというのは自明の理である

また、2人の会話がおりあわない決定的な理由がある。
それは存在自体の方向性の違いである。
俺は社会から見れば、「はみだし者」の部類に入る存在だ。
一方アイくんは、しっかりとした社会の一員なのだ。

俺は「はみだし者」である自覚はあるし、
それを恥ずべきことだとも思わない。
アイくんも自らが社会の一員であることに誇りを持っているようだ。

ここからが少々、難しくなる。
俺は社会の一員であろうとするアイくんのことは、
その考え方は考え方として理解できるのに対し、
アイくんは、俺の考えていることが、
まったく理解できないということだ。

考え方として、こういう考え方がある。
と提示されても、彼は「そんなものはない」と言い切る。
自分の中に「そんなものはない」と言い切る材料さえあれば、
平然とそれを言えてしまうのである。
(もしその時なくとも、その材料を後からそろえればいい。)
それは物事の捉え方が一面的であるといえるだろう。
だからこそ、社会という場所に適応できるのだ。

俺個人としては、それは良い事だけではないと思うが、
社会というのは、そういう仮想世界なのだから、
そこで生きていける力を持っている彼を、
少々うらやましいと思うわけだ。

俺と彼の議論がチープになってしまうのは、
いわゆる思考ベクトルの違いゆえではなく、
存在自体の在り場所の違いゆえであると言えるだろう。

動物園のライオンと、サバンナのライオンでは、
もう表面が同じというだけで、本質は全くことなる存在である。
それと同じことだ。

オナニーの話。

最近非常に健康的なオナニーをしているのですが、
ここへきてやっと前立腺の位置がわかり始めてきました。

前立腺を感じるコツは、
まずイク時に肛門を中心としたおしり部分を地面に密着させて、
普段よりも反り返るような感じで射精を迎えます。
この時、ケツの筋肉を絞めるようにしてグッと強く射精します。
その時、陰茎もしくは睾丸(?)から肛門方面へ伸びる
一筋の筋肉を感じられたなら、それこそが前立腺です。

イクときに、この前立腺を意図的に刺激できるようになると、
驚くほどの快楽を得ることができるらしい。

俺はまだ直接刺激を与えるまでには至っていないが、
射精時に反り返り、
前立腺を普段よりもピーンと張った状態で射精するだけでも、
かなり笑ってしまうくらい気持ちいい。

痔主でさえなければ、もっと内部から前立腺を発達させれるのに…
くちおしや…っ

例えば自分の音楽について。

バンドHP [Ghost Notes]

GhostNotesブログでは、こうやって本家のサイトを紹介する。
っていうスタンスで、やってみようと思います。
毎回はしないかもしれないけど、たまにはこうやって紹介します。

音楽論みたいなことは、
どうせやったら、このカテゴリで語ってみようかなと思います。
んで、タイトルの例えば自分の音楽について。
ということになるわけですが。

俺は好きな音楽はハードロックとかだったりするわけですが、
たぶん俺がつくる音楽って全然そういう要素が入ってない。
っていうと、なんか違う気がするなぁ。
入ってないっていうよりも、ほんまは入ってるんやけど、
表には出てこない。っていう表現がしっくりくるかも。
まあ歌謡曲は好きなんで、そっちの要素の方が
かなりわかり易く入り込んでると思います。

曲や歌詞は、作るからには、
なるべく自分にしか作れないような物を作ろうと心がけてます。
俺という体を通して、
物質世界に生まれたがっている存在。
なるべく、音にしろ言葉にしろ、
そいつ本来の姿に近づけてやる努力をしてあげたい。

俺がいなかったら、この世界に生まれ得なかったもの。
大切にしたい。
文字一つ一つにしても、音一つ一つにしても。

曲を作るとき、いくつかパターンがあります。
先に歌詞が出来てて、そこにコードやメロディを乗せていく。
いわゆる詞先という奴ですね。
ちなみに俺はこの詞先で作った曲はほとんどありません。

次に曲(俺の場合だとメロディやコード進行)が先にあって、
そこに歌詞を乗せていく。というパターン。
いわゆる曲先。これは比較的多いパターンやと思います。
かくいう俺もこのパターンで作った曲は多いです。
このパターンの時、
歌詞のせる前は基本的には宇宙言語で歌ってます。

次に歌詞とメロディ、コード進行などが
ぶつ切りで徐々に知らない間に形づくられていくパターン。
歌詞考えてる間に、コード進行がポンと浮ぶ。
コード進行の続き考えてる間に、メロディがポンと浮ぶ。
メロディ考えてるときに、歌詞がポンと浮ぶ。
といった具合で、知らない間に曲が出来ていく。
とはいえ簡単に出来るわけじゃないよ。
むちゃくちゃ試行錯誤しながら、探り探りやっていくと、
その曲が元々そこにあったかのように、
心地よいくらいに象られていく。
ほかの人も多分こういうことってあると思うけど、
俺は数あるパターンの中でも、これが一番好き。
やろうと思ってできるもんじゃないけど、
こういう感覚で作った曲は大概満足できる仕上がりになる。
心地よいのだ。

俺はメロディやコード進行にも気をつかうけど、
本当は歌詞書いてる時がすごく楽しい。
概念世界を言葉で縁取っている感覚。
そこに良いメロディやコード進行が乗ると、
本当に最高だ。

GhostNotesブログ

バンドHP [Ghost Notes]

えー、今回から始まりましたGhostNotesブログ。
別に変わったことをやろうという訳でもなく、
個人的な区切りの意味で、このカテゴリを作りました。

というのも、バンドのホームページが一応、
仮の仮の仮の仮の仮の仮の仮の仮の仮の仮の仮の仮の仮の仮。
くらいの姿で完成したので、
そこからリンクでメンバー各自のブログへ飛べるようにしました。

んで、俺は前から持ってたブログを継続で使おうかな、
という気分なわけなのです。
新しいブログを作ってもよかったんですが、
両方更新すんのはしんどいし、
今まで書いたブログが消えるのは、
このブログを始めたキッカケに反するので
こういう形と相成りました。

なので、このカテゴリではバンドのことや、
音楽にまつわること、メンバーのことやら、
少々プライベートなことまで、他のカテゴリーとなるべく
差別化を図れるような内容で更新していければいいなと。
思っております。

例えば、うちのバンドは4人です。とか。
ギターが2人とベースとドラムがいます。とか。
俺が他のメンバーより学年でいうと2つ上です。とか。

そんな目を覆いたくなるような、
恥ずかしいプライベートを赤裸々に語っていってやりたいと、
それは心底から、心の声で思っているのだから。
心のまなこで見る覚悟はできているのかと問いたいわけですよ。

まあ皆のブログがあるわけですから、俺が一々書く必要もないんだが
簡単にメンバーを紹介させてもらおうと思ってる訳ですよ。

中村っていうのが、一応リードギターです。
彼とのつきあいが一番長いですね。
俺が奈良に来てすぐ知り合ったから、かれこれ16年くらい。
彼はいつも俺の命を狙ってるんです。
そういう関係なんですよ昔から。
俺はその彼を側においておくことで、常に危機感と隣り合わせでいられる。
先日なんか、練習中にギターに仕込んであった、
サブマシンガンで撃たれましてね
瀕死の重傷を負ったって言えっていわれましたよ。

岡本くんは、ドラムです。
なんかね、まだ未だに彼にはちょっと気を使います。
というか俺は結構人付き合いには時間が掛かるほうなんで、
会った総合時間から言えば、かなり早くに打ち解けれてるけど。
そもそも彼は中村くんの中学時代の友人で、
俺とは直接面識は全然なかったんです。
でも会話ということに関して言えば、
これほどストレスなくしゃべれる相手はめずらしい。
頭がいいからね。
チェコスロバキアからわざわざ出稼ぎに来てはります。

上谷くんは、ベースです。
まだ彼にもちょっと気を使う。
最近彼はバンド内ではいじられキャラみたいな位置付けにいる。
俺らはおいしいのになぁ、と思ってるけど、
たぶん本人はイラっとしてる瞬間が多々あると思う。
まあそこは気にせんとガンガンいくけども。笑い舐めんなよ!
とはいえ、この子はおもしろい子やし、いい子。
本人は絶対気付いてないやろうけど。
というか気付いたら面白くなくなんねんけどな。
中学校の頃は、街角の村おこしと言われるほどの美少年で、
年上のお姉さんからレイプされて女性恐怖症になってしまったという、
すごい悲しい過去をお持ちの親戚とデジモンを闘わせたらしい。

最後に俺はサイドギター担当になりました。
それにあたり本名を明かすことになりました。
丸い山が寛げる貴い場所であることを教える使者。
そうmpeは円山寛貴だったのです!!

#03 板尾創路

まさにシュールの申し子、超低温のお笑い芸人。
俺がこの人の存在を知ったのは、
いわずもがな「ごっつええ感じ」である。
当時小学生だった俺でも彼の存在に度肝を抜かれた。
意味が分からないのに面白い。
なんだこいつは???!?だったのだ。

そしてその時の印象のまま、彼は今でも。
意味が分からないのに面白い。
なんだこいつは???!?なのだ。

以前、どこかのサイトで、
シュールな笑いというのは、明確なつっこみが出来ないものである。
という意見を読んだが、その通りである。

「なんやねんそれ!」
としか言えない、なのに面白い。
これこそシュールである。
それこそ板尾である。

俺の中で板尾という男の地位が揺るがなくなったのは、
ごっつええ感じの中のコーナー
ボケましょう、ごっつの車窓から、という二つからだ。
お笑い好きの間では伝説となっている、
ボケましょうの銭湯編と学校編。
銭湯編では、いきなり銭湯に裸で入ってきて、
そこにいる客に10円をあげはじめる、という奇行ぶり。
学校編では、転校生という設定で登場するのだが、
「今日から一緒に勉強することになった…」
おもむろに黒板にグラウンドの見取り図を書き、
ある場所に名前を書いて「ライト板尾です」
これで好きにならへん奴おらんやろ!

とどめはごっつの車窓から。
第1回目は電車。
第2回目は遊園地なんかにあるジャングルツアーズみたいな、
船に乗って遊覧する奴である。
まあこれは口で説明しても全然おもしろくないので、割愛するが
このボケましょうと、ごっつの車窓から、
の二つが俺の中で板尾創路を不動のものにした。

シンガー板尾やら、板尾係長なんかもヤバイくらい面白いが。

コントでは板尾は
ヴィジュアルバムの「古賀」を筆頭に
「ゲッタマン」「む”ん」「ミックス」「園子」などで
かなり爆発しているのでお勧めである。

130Rって最近の若い子は知らんかも…
特にお笑いに興味ない奴は絶望的だ。

面白い話をしてやる!

面白い、面白いというが!
きょうび顔が白いくらいで笑いがとれるか!

と、おもったら、面白いという言葉は
どうも目の前が明るくなるような感覚のことを表しているらしい。
なんという感覚の言語化であろうか…

この感覚の言語化の巧さが
日本の娯楽発展の原点であると思われる。
他国、例えば英語圏などと比べると、
その違いが"面白い"ことに気付く。

よくいわれる日本語と英語の表現の数の違い。
簡単にまとめると、
日本語は非常に現象に対する単語数が多い。
比べて英語(少なくとも日常使われる英語)は、
その現象を表現する言葉が少ないのである。

例をあげるなら、
日本語では雨のことを、普段使うレベルでも
霧雨、小雨、にわか雨、時雨、五月雨、秋雨などなど
多くの表現を使う。

あまり使われないものになると
袖傘雨(そでがさあめ) 袖笠をしてしのぐほどの少しの雨。
陰雨(いんう) 空が曇って雨の降ること。いつまでも続く陰気な雨。
煙雨(えんう) けむるように降る雨。
甘雨(かんう) 草木をうるおし育てる雨。
快雨(かいう) さっぱりとするような雨。気持のよい雨。
小糠雨(こぬかあめ) こまかい雨。ぬかあめ。
などなど少し辞書をひくだけで計り知れないほど出てくる。

しかし英語はというと、
・にわか? a shower.
・こぬか? a fine rain.
くらいのものになってしまう。
もちろん他にもあるにはあるのだろうが、
この際それはあまり関係ない。

ここまでで、ひとつわかったことがあるだろう。
それは日本語は現象を表現する"単語"が多いのに対し、
英語は現象を表現する為には熟語を必要とする、ということだ。

そして"面白い"の話に戻る。
ここで日本語の非常に"面白い"一面が見えてくる。
というのも日本語で普段使われている面白いに近い意味の言葉は
他には"おかしい"や"楽しい"くらいしかないのである。
それに比べて、英語では
interesting ; entertaining ; amusing ;
merry ; pleasant ; delightful ; funny ; odd [funny, queer].
と、この量になる。

つまり日本語は感情表現の単語の数が乏しく、
それに対して英語は感情表現の単語の数が豊富であるといえる。
もしかするとこれが、
日本人は感情表現がヘタだといわれる、所以かもしれない。
(しかし!その日本人が作った、アニメや漫画は
世界中に広まっていることを忘れるな!
感情表現がヘタなのではない、その答は最後にわかる!!)

"面白い"という言葉のなかには、
厳密に言えば、上記のおかしいや楽しいも含むことができる。

これこそ日本の余白の美学であるといえる。
感情表現の言葉をあえて少なくすることにより、
ものごとの解釈を各々の裁量に委ねることを可能としている訳である。
いうなれば、意味の広さの違いだ。
英語は感情表現の言葉の数が多い為、意味が狭い。
逆に日本語は、感情表現の言葉が少なく、意味が広い。

そう。
このことが、最初に言った日本の娯楽文化の繁栄につながる訳である。
"面白い"という漠然とした感情表現単語のおかげで、
日本人は様々な娯楽を生み出してこられたのである。
他の国では考えつかないような文化が生まれた。
たとえば漫才、たとえば落語、たとえば狂言、たとえば歌舞伎、
たとえば漫画(絵巻)などなど。

感情を表現する言葉が曖昧であればあるほど、
その感情をなるべく明確に他人にわかるようにしたくなる。
それが日本の"面白い"ことを紡ぐ原動力となる。

逆に感情を表現する言葉が具体的で多ければ多いほど、
今の日本人にしてみると、安っぽい表現に見えてくる。
それだけにわかり易く、笑いやすいのかもしれないが。
いうなれば、そこには感情の深さがないように見えるのだ。

日本人は感情を汲み取る文化を育んできた。
逆に他の国の多くでは、感情を表す文化を育んできたと言えるだろう。
つまり日本人は他国の人間よりも、
他人の感情を感じ取る能力が高い。
それに比べて他国の人間は日本人よりも、
感情を感じ取る能力が低いといえるだろう。
これこそが日本人が感情表現がヘタだ、と言われる理由である。
日本人が感情表現がヘタなのではなく、
日本人に言わせれば、他国の人間が
感情を汲み取る能力に乏しいだけだ、ということである。
もちろん例外は多々存在する。
日本人にも、外国人にも。

どちらが良いか、と言う問題ではないが、
俺は日本人として、
そういう感情を汲み取る文化のなかで育てたことは幸せに思っている。

階段

案外あたりまえのように使われている階段。
実はこれ文明という言葉そのものといってもいい。
兵器やらテレビやらなんていうものは全て付随物である。

恐らく階段は最初は山や坂道などを、
人間が登り易くする為に作られたものだろう。
二足歩行を基本とする人間には非常に勝手の良いものである。
そしてそれを応用し、建築物に組み込んだ。
これこそが文明である。
生活に密着した文明の進歩である。
最初は坂を楽に登るために考えられたものが、
次は新たに何かを建造するときに応用される。
非常に大切なことである。

一度機会があれば、非常階段でもマンションの階段でも
なんでもいいので登ってみてはどうだろう。
ほんの数十秒、ほんの数分で
人間というのは、これほどまでの高さに至ることができる。
ということに感動するはずだ。

そして天の高さを知るに至り。
その足を月にまで伸ばせるようになるのは、
それから遥か後のことではあったが…

月にまで階段が届いた、と言ってもいい。
そして人はその過程で不必要なものばかり生み出してしまった。
核しかり、細菌兵器しかりである。

この二つの足でどこまで行けるのか…
それを突き詰めることで、
多くの二つの足を奪ったのは皮肉としか言いようがない。

北村薫「盤上の敵」

北村薫の「盤上の敵」を読了。
…なんというか、普段から考えつづけていて、
むしろそれを考えることはすごく大切だと知っているはずのことを、
圧倒的なリアリティでもって肯定された気分。
嬉しいと感じれるような事だったらよかったんだが、
それはこの世の悪そのもののことだから。
今、とても気分は重く辛い。

悪のことを、悪だとは知っていた。
けど、これほどのリアリティで本当に悪が存在すると。
全力で書かれている。

今まで俺が読んだ北村薫の小説はたった2冊。
「ターン」と「水に眠る」だけである。
しかし「ターン」は俺が読んだ歴代小説の中でもトップ3に入るくらい、
大好きな小説だ。
それほどに北村薫という人は俺にとってインパクトがある作家だった。

この盤上の敵は、その核心をさらに加速させた。
俺ごときが、ちんたら書いたところで裾にも届かない。
恐らく、これから数日、落ち込み続けるだろう。
考えなければならないこと。
祈らなければならない。

この世界に満ち満ちた悪意のことを。
それからどのようにして逃れるのかを。
出会わないようにするのかを。
せめて愛する人だけでも、その悪意から守らなければならない。
人は直面するのだから。
その正体のない悪意に。

だから祈らなければならない。
せめて誰かの為に。

自分に祈ることが、誰かの為になる日が来ることを。

闇。

今、軽いうつ状態になってますが、
面白い感覚を体感して、テンションが少しまともな自分に戻りました。
なので、このタイミングで書いておこうと思います。

気分が沈むと、部屋を真っ暗にしてしまうのだが、
うつむいた背中が部屋の闇をズルズルと吸い込んでいる感覚がある。
これは実際はどうとか、そういう問題ではない。
けど体感的には、まず間違いなく体が揺れそうな勢いで、
背中からズルズル、ズルズルと闇を吸い込んでいる。
吸い込んでも吸い込んでも闇は消えない。
体の中に闇を充電している。

これは普通の人が聞いたら、
頭がおかしいとか、健全じゃないと思うかもしれないけど、
俺はまるでふるさとに帰ってきたような気分だ。
なによりも美しい景色の中にいるような癒し。
人それぞれ癒しの対象っていうのは違うと思うけど、
結局俺のふるさとっていうのは、
この暗い闇の中なんだろうなと思う。

個体という存在が消え去って、
体の中と外に充満する闇が、世界を支配している。
その闇に集中していると、
音がどんどんと形を変えていくのだ。

まず最初にぼんやりと両耳に入ってきていた音が
うねうねと動き始める。
そして左耳と右耳を貫く一本の棒(線?)のようになる。
その棒は音の届く範囲の端まで続いているのだが、
どんどん闇が満ちてきて、それに集中していると
両端の方から頭の中心に向かって音が縮んでくる。
そして闇が俺の頭の中にまで充満する頃には
音は完全に消えてしまっていた。

(これは感覚、概念の文字化(具象)なので、
この感覚を他人が理解できるかどうかは関係なく、
俺が感じたままの感覚をそういうものだと伝えておく)

俺は今まで何度かこういう感覚に出会っているが、
今回のは恐ろしく奇麗に音が消えたので驚いた。
(ちなみに、薬物のたぐいは使用していないので悪しからずw)

ここでみなさんに闇という漢字を思い出してほしい。
門に音。
門という漢字ってどことなく、人間の耳に見えませんか?
そう。音すら頭の中に閉じ込めるのが、闇なのです。
この漢字を考えた人間が
そこまで考えていたかどうかはわかりませんが、
やはり真理の一端を捉えていると言えるでしょう。

こういう感覚を味わったときに思いますが、
理解というのは脳でするだけのものではない、と思いますね。
体感あってこその真の理解なのだと思います。
もちろん脳で理解していなければ、
体感したところで、真の理解に至ることはできないでしょうが…

普段から考え、理解を深めようとしていれば、
本当にひょんなことから、
真の理解といえるものがほとばしる瞬間があります。
こういう感覚は貴重なものだと思いますので、
一応書き留めておきます。

ぬくもり

一人で生きているわけじゃない。
少し考えればわかること、
常に隣において知っておくべきことだけど、
俺はすごく弱いから、そういうことを忘れてしまう。

誰かの涙、誰かの笑い、誰かの悲しみ、誰かの喜び。
価値観が支配する世界だから、
それはとても大切にされなければならない。
でも、"誰か"という言葉には、
どうしてもリアリティが伴わないから、
俺はすぐに忘れて、冷たい孤独に沈みがちだ。

それは、俺個人においては決して悪いことではないと思う。
陽だまりの中、
愛すべき誰かといるときに感じる孤独よりは数段マシだ。

けれど、他人の価値観をないがしろにしている。
でもそれは俺だけじゃない。
多かれ少なかれ、
人というのは、そうして他人の価値観をないがしろにする。
"誰か"のぬくもりを忘れてしまっている。

けれど人間は想うことができる。
本当のぬくもりを。
目を閉じて、あの人たちのぬくもりを想う。
そうするだけで、"誰か"は象られ、
ぬくもりを放つ、繋がった世界を形成してくれる。
そのぬくもりこそ彼らが与えてくれているものだ。

目をあけると、色々なものがありすぎて、
彼らのぬくもりは見落としてしまいがちだ。
だから、こうしてときどき目を閉じて、
その残滓を掻き集めている。

だから、
ありがとう。

The"E"(自慰)を日課としていると、
時として恐ろしく強い快楽を手に入れることができることがあります。
尿道から金玉が飛び出してしまうような、快楽のほとばしり!

今日がそれでした

にょ

女は嫌いだ。
馬鹿ばっかりだから。
自分の価値観が世界の全てだと、
信じて疑わないのが多いから。
それとは逆に他人の価値観だけにすがるのも多いから。

けど、完全に絶望してるわけでもない。
もちろん俺の中にだってささやかながら
理想の女性像くらいある。

勉強はできなくてもいいから、
せめて馬鹿じゃない人。
自分の価値観と他人の価値観との相互世界を作れる人。

こんな人に出会えたら多少趣味がちがってもやっていけるかもしれない。
ただそれは文字の上で夢想するよりも遥かに難しい。
そんな女性は、いやそんな人には男性でも出会うのは難しいのだ。

だから…

あえて言おう。
カスであると!

女性のみでなく男性もその多くを、
この俺は嫌いである。

夏休みが終わる

まもなく夏休みが終わる。
そして夏休みの続きのような大学四回生の日々が始まる。
俺はあとどれくらい生きられるかわからないけど
生きてる間くらいはせめて幸せがいいな。
そのためには周りが幸せでいてくれるといいな。

少し人に優しくしたくなった。
他人が優しく感じてくれるかどうかはわからないけど。

成績表届く。

本日大学から成績表が届きました。

実質残単位[6]。
なんとか卒業できそうです。やったじゃぁあああああん!

それにしても、最近不眠症なのか
あまり寝れません。
今日は朝の10時くらいに布団に入りまして、
起きたのが昼の1時過ぎくらい。
約3時間の睡眠ですね。

昨日は寝たのが12時くらい。
起きたのが5時なので、5時間の睡眠。

このパターンで行くと、
俺は今日1時間しか睡眠できない。

そして明日から睡眠をとることを許されない、
まるで抜け忍のような生活を強いられるのだろう。

実質残単位[6]
やったじゃああああん!やったよー、やったったよー!

なんか知らんが今日はめちゃくちゃ更新したったw

すでに6回ブログ書いてる。
全部大体30分おきくらいに更新してる。
つまりひっきりなしにブログを書きつづけてる。
理由は気分が乗ったからである。
逆にいえば、今日は気分がのらねぇ。
とロックスターよろしく、ブログを更新しない日も非常に多い。

しかし俺の愛する中川翔子(しょこたん)は、
毎日ブログを10回以上更新している。
最大更新数が50回とからしい。
負けてられないよ!
ということで、できるだけ頑張ってるんです。

今日これで7回目の更新ってことになりますなぁ。
まあ現在朝の8時前ですが、
これから爆睡しまして、
少年少女が「カラスが鳴くからか?えろ?♪」と合唱する、
空が紅く染まる時間までは仮死状態に陥りますゆえ、
本日の更新はこれが最後となるかもしれない次第でございます。

まあ、俺の性格をよく知る人間がこの無謀な更新を見たら、
「どうせ2日以上つづくわけないわ」と、
のたまうことは目に見えている。

そう。続かないのである。
こんなもん毎日やってられるかー!
既に2時間から3時間以上ブログの更新だけに当ててる計算になる。
アホらしいやら、すごいやら。

もともとのコンセプトはカテゴリーで言うなら文盲語録の方がメインで、
このmpe語るに落ちるblogの方は、
本家である「肩甲骨を砕く為の傾向と対策」の延長なんだが…
まあ文盲語録の方だけじゃ、ブログとして成り立たないしねw

…あぁ、疲れた。

最近はギターを弾くことが多いよ。

最近はギターをよく弾いている。
一時期は作曲の為の道具としてしか使ってなかったが、
友人の弟がギターを始めたので教えてるうちに面白くなってきて。
ここ1週間くらいは毎日ギターを弾いている。
練習せなあかん!と思ってやってると
ギターは全然おもしろくなくなるけど、楽しんでやると面白い。

この当たり前のことが、できなくなるのが最初の壁なんだろうな。
今はなんとかその壁を乗り越えてるけど、
この壁は定期的に立ち憚るので凄く厄介だ。
あとやっぱアンプ通して練習するのが一番面白いね。
エレキはアンプなしで弾きまくってると切なくなってくる。

マイケルシェンカーは曲によっては非常に耳コピしやすいのも多いので
シェンカーの曲を耳コピしてる間に自然に時間がたって
知らん間に練習になってることもあるので一石二鳥♪

中学校3年くらいから始めたギターだったと思いますが、
こんなに続くとは思ってもみませんでした。
小学校の時はサッカー部に入部して1週間たたずにやめて、
空手も一年そこそこでやめて、
バスケはちょっとハマったけどやめて、
ヨーヨーブームにはしっかり乗っかって、飽きてやめて、
まあまだ他にもいろいろあるんでしょうけども、
結局ずっと継続してやりつづけてるのはギターだけ。

それは多分、俺にとってギターが作曲に直結したものになったから。
ギターが演奏する為だけのもんやったら、
多分おれはとっくにやめてると思う。
コード弾いて、そこにメロディーのせるだけで曲ができる。
これに俺の魂は震えた。
ギターを弾くのが嫌な日でも、作曲はしたい。
ならギターを持つのは嫌じゃない。

そうして俺の中でギターは特別な意味を持つようになった。
ギターを練習するのが嫌な時期は、そうやって乗り越える。
そして壁を越えたらギターを弾きまくる。
また嫌になっても、作曲がある。
もし俺がピアノなんかできてもうたら、
もしかしたらホンマにギターは埃をかぶる一方になるかもしれない。

本来、俺がいなかったらこの世界には生まれ得なかったもの。
それが俺の曲であり、詩である。
つたなく、人が聞いて全然よくない、と言われようが、
その命はもうこの世界に生まれてしまった。
素晴らしいことである。

Dクラッカーズ

友人から「これ、おもろいよ」ということで
Dクラッカーズというライトノベルを貸してもらった。

ドラッグキメまくったジャンキーが悪魔を召喚して戦う。
という非常にシュールな設定なのにもかかわらず、
とてもエンターテイメントとしてのクオリティが高い面白い作品。
全部で短編集含めると10冊ほど出ているらしい。
現在は7の上巻を読んでいる途中。本編は次の巻で終了でございます。

やはりライトノベルは良いね。
なにが良いって一般の小説よりも若年層をターゲットにしているから、
研ぎ澄まされた感覚に対して玉を投げている。
どう言えばいいのかわからないが、
論理で理解するよりも、感覚でこそ理解してほしい事象がある。
世の中にはそういうものが実は非常に多く存在している。
ライトノベルには、そういったものが詰まっていることが多い。

ライトノベルという性質を巧くつかって、
表現の枠を調節しているな、と感じられる作品は結構多い。
一般の小説なら、その表現の中にある感覚を理解させる為に
遠回りしなければならないような、非常に曖昧な感覚も、
「君達なら感じるよな」という風に、ある種の信頼、
言い方を変えるなら上手に手を抜くことで、
エンターテイメントの水準を調節している気がする。

よく言われることだが、
エンターテイメントだから純文学より下だとか、
純文学だからエンターテイメントより上だとか。
そんなことは何の役にもたたないことなのだから、考える必要はない。
ただ感じればいい。
己が好きな文章を。物語を。
それだけでいいのだ。

Dクラッカーズは友人から借りて全巻読むが、
もうすでに買う気満々だったりする。

ROGUE GALAXY(ローグギャラクシー)

http://www.playstation.jp/scej/title/rg/

いやぁ、久々に出たーー!って感じのRPGが発表されましたね。
これこそRPGに心を焦がした我等の世代が待ち望んだ、
新世代型RPGだと言えるのではないでしょうか。
ドラクエ8も確かに大作と言えたかもしれないが、
そこにドラクエとしての新鮮さはあっても、
こらえきれない興奮は残念なことに得られなかった。

しかし、このローグギャラクシーという作品は、
ドラゴンクエスト、ファイナルファンタジー、
それに続くように作られた多くの名作、良作RPG作品に続くだけの
恐るべき度量を持っていることは間違いないだろう。
そう言い切れるだけのパワーが、
プロモーションビデオからあふれ出ているではないか。

ファイナルファンタジーがリアルな方向性に行ってしまったことは、
当時からFFをプレイしていた人間にとっては、
少なからずショックを与えたことだったのである。
だからといってFF9のような間違ったファンタジー回帰は、
俺にはさらなるショックを与えた。
PS2という媒体では、俺達の求めるRPGはできないのだ。
俺は、そう思い半ば諦めていた。
しかしPS2でドラクエ8の発表があった時、
これならもしかしたら…
と、希望をいだくことができたのだ。
アニメのような美しい世界が、動いている。
どこまでも広がっている。
それはセガサターンでのグランディアが
新しいRPGへの未来を期待させた感覚に似ていた。

このローグギャラクシーという作品は、
我々が小さい頃、夢中になって遊んだ
多くのRPGの大切な素晴らしい要素を、
キッチリ我々が望むかたちで作品にしてくれそうである。

戦闘は見る限りでは、聖剣伝説のようなシステムを導入している。
世界観の構築の仕方も心地よさそうである。
ファンタジー世界と宇宙SF的要素を巧く融合させる、
というので成功したのが往年スクウェアであり、
スターオーシャンを作ったエニックスである。
それをさらに高いクオリティで、我々が望む映像でやられたなら
もう興奮するしかにゃーではにゃーか。

とりあえず、ブロードバンドの方は一度リンク先のPVをどうぞ。
RPG好きなら興奮すると思います。

兄さんが姉さんを殺すから、俺が妹に弟と一緒にデジカメをとれと言った日。

今日は俺の一家の話をしたいと思う。
我が家は最近ではめずらしい大家族だ。
15畳一間の少々特殊な、村の中にある公民館のような、
いわゆる長屋といった風情の一軒家の中に、
1050人で暮らしている。
おっと間違えた、18人だった。ご愛嬌ご愛嬌カッコワライ

家族構成は、まず俺がいる。
両親は2人だ。そして俺の上には2人の兄弟がいる。
兄と姉である、お互いに連れ合いがいるので
この時点で7人である。
さらに下に双子の妹と、さらに双子の弟がいる。
双子の弟の一人には彼女がいて、この子も一緒に住んでいる。
これで12人だ。

へへ、すごいだろ?
次に総理大臣と、電気屋も一緒に住んでいる。
電気屋は名前を言ってもいいそうなので、彼だけは本名を明かしておく。
シャープ弘道、日系のハーフだ。
なにを隠そうあのSHARPの創始者である。
何故一緒に住んでいるかというと、
総理もそうなのだが、どうやら父と古くから交流があったらしい。
それで父の呼びかけで一緒に住んでみようという話になったのだ。
まだまだこれで14人だ。

次の3人は少々訳ありなんだが、
書き始めた手前、ここまで来て彼らだけ書かない、
なんてわけにはいかないのは分かっている。
彼らはいわゆる、奇形である。
足は2本なのだが、胴体は一つで腕が6本に顔が3つある。
もちろんそれぞれに独立した自我もあれば、
いろんな物事に対応できるように役割もある。
けど、どうにもケンカっぱやいところがあるようだ。
そういえば常に包丁を持ち歩いてたりするし、
結構あぶない奴なのかもしれない。
この前も帝釈天とかっていうインド人っぽい人と、
切り合いしてたし…

最後の一人が俺の嫁。
といってもつい先日結婚したばかりだ。

そんな我が家に重大な事件がおこったのは、
昨日の午後6時前だった。
兄さんが姉さんを殺したのだ。
俺は妹の2人に、弟の2人と一緒にデジカメで記念撮影をしてもらい、
包丁振り回す三面六臂のおじさんも
そのバイオレンスに大喜びして踊っている所を通報され警察につれていかれた。
総理と電気屋と親父も「ご一緒にご同行ねがいます」と言われてた。
母さんは俺に「このことは誰にも言っちゃ駄目よ」と言った。
どうやら姉さんの旦那と兄さんの嫁が浮気をしていたらしい。
それに気付いた兄さんが旦那の管理を怠るからだ!
と姉さんに逆上し姉さんを刺したというわけだ。

でも俺は母さんも電気屋と総理、さらには三面六臂のおじさんと一緒に
合計6Pしているところを見たことがある。
夜中の2時に皆が寝ていると思ったのか、おもむろに行為を始めたのだ。
でもその声のでかさに15畳一間に住む全員おこされてしまったが。
親父はそんな家庭の現状ににこやかに笑っていた。
俺も嫁も幸せだった。

うん、また飽きた。

感情なくして、人生というキャンパスに色が塗れるか!

最近感情の起伏が乏しい。
脳が愚鈍になっているのがはっきりとわかる。
ひらめきは遠のき、感情がベットリとした汚れた油に包まれて、
常に思考の回転が遅い。
もともと頭の回転は速いほうではなかったのが、
さらに遅くなって、役立たずになりかけている。
焦ってグリスを塗るが、それが余計に汚れた油と混ざって
回転の邪魔をするハメになる。

昔は松竹芸人の名前ですら空で10組は言えたのが、
最近では8組くらいしか浮んでこない。
コカコーラよりもペプシコーラに目が行く始末だ。
一瞬ニャロメの表情が出てこなくなる。
ハタ坊に至っては頭のハタの柄が思い出せなくなってしまった。
小学校2年生の2学期の時、自分が何班だったかも忘れた。
荒井由美の代表曲のタイトルをあまり知らないし、
松任谷になってからだと絶望的だ。
ブルドーザーをカブトムシ、
ユンボをクワガタ的に捉える感覚に自信をもてなくなった。

シナプスが繋がらない。
昔の俺は図書室と卵かけご飯が似ていると思うこともできたのに。
(一人の時は案外イケる、という意味でだ。)
今の俺ときたらパプリカとピーマンの類似性にすら、
他人に言われるまで気付けないようなくそったれだ。

それもこれも感情の起伏が乏しいからだ。
自慰行為で絶頂を迎えるときですら、
ノルマンディー上陸作戦のことを考えてしまう。
そして自陣営の砲台から発射された白濁砲にやられて、
やっとこ少々の嫌悪感と倦怠感でもって、
その遺恨を拭い去ることができるのだ。

飽きた。
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