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ふるえた

本日、人生3度目のライブをやってまいりました。
今日は完全に1人でやってきたので録画も何もしてませんが。


いやあああああ、きんっっちょーーーしましたっ!!!
緊張して途中コード進行は飛ぶし歌詞も飛ぶし、
声も震える指も震える、
しかし初めて少しだけ気持よくライブができた気もします。

ここで緊張しててどーすんの的なことも共演者の方に言われましたが
不特定多数の人様の前で曲を披露するのは人生3度目ですから、
あいも変わらず緊張してやりましたよ。

来週ももし良ければと声をかけて頂いたので、
都合があえば挑戦させてもらおうと思っておりますが。

ギターや曲作りを始めて10年を超えましたが
正直もっともっと人前で経験をつまなければ話にならない事もわかりましたの。

謎の孤独な創作活動期も新たなシーズンへさしかかろうとしておるのでしょう。
色んな方に聴いていただくために、
作り、歌っていけるように新しいテーマを自分の中に求めることもあるかもしれません。

自分と世界の関係を知るための音楽。
知らず知らず生き死にを切実に見つめ続けてきた日々は、
死へと向かい生きていく自分の無駄にはならないだろう。

これから俺がどういうテーマを見出していけるかわかりませんが、
これまでの俺とこれからの俺をつなぐ今の俺のお仕事として取り組んでいきます。

自分の恥はしっかりと受け止めつつ、
次なる自分へと向かって行きましょう。

今年で28歳になりましたが、
もっとおっさんになっても挑戦を忘れない人間でいたいなと思いますっ。

さ、酒も飲んだし寝ますかね。
また太るぜえ。
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門と人

俺にとって音楽の本懐は言葉だけでは伝えきれない「何か」を、
心へと届けることだと思っているわけで。

「何か」のなかの一つは「面白い」ってことだと思うんです。
面白いっていう言葉は、
目の前がパっと明るくなるような瞬間の感覚の言語化らしく。
それは閃きや気付きってことだと思います。
曲を作ってから気付かされることだってあるし、
把握しきれないからこそ膨らむし広がっていく力がある。

もちろん作り手として、その「何か」が何であるのかを、
しっかり把握しようとする必要性はあるかもしれませんが、
根本は「なにがなんだかよくわからない」という所で。
人間はいつだってそんなところにいる。

だからこそ言葉とは真剣に向かい合わなければいけない。
言葉の力を信じて、言葉だけで伝えきれないことを、
なんとかして言葉にしてやろうとする。
自分の中から外から。
その言葉に出来ないものを漠然と捉えるように手を伸ばす。

その瞬間にもう何かにすでに包み込まれていたことに気付くような。
俺はたぶんいつだって
そんなものを形らしきものにしようとしている。

眼に見えないからって無い物だと切り捨てたくない。
切り捨てられてしまった者たちの想いを代弁させてもらっている。
音楽とはきっと見える物しか見ようとしない者たちへのメッセージなんだ。

言葉もまたそうであるはずだ。

儲からない音楽について。

音楽が儲からないんだって。
じゃあようやく、やりがいのある時代が来たんだね。

儲けようと思って音楽はじめてるんなら、
それが理由で人の心に届かないんじゃねーの!!
多くの人に聴いてもらいたいから売れて欲しいと思うのは健全。

儲からないからやる意味のない音楽なら、
最初からなくていい。
俺はそう思う。

辞めざるを得ない状況というのはあるだろうし、
実際の現場では
お金が先で動いている人なんて数えるほどしかいないだろうと思う。
もしそうじゃないなら、
音楽を腐らせたのはそんな心根に違いないと言っておく。

音楽やる上でお金はとっても重要で必要。
そういう意味では俺もお金をないがしろにしないようにしたい。

報酬としていただいたお金や、
「これで何かを買いなさい」と渡して貰ったお金は、
とってもありがたいと思う。
それは証明であったり、そこに心がこもっていたりするから。
使い方にも気を使おうと考えられるなら、もっと良いはず。

音楽それ自体は存在しているようで実は目には見えない。
CDという形になっても、
音という振動は心に届けるためのもの。

でなければ音は目に見えているはずだし、触れられるはず。
本当は眼に見えているし、包まれているのだろうけど。
そういう風になっているのなら音楽の理由は、
お金儲けの為のツールじゃないことは明らかじゃないか。

心の伴わないお金に価値はない。
それと同じで心の伴わない音楽にも価値はない。
だから、たぶんそんなお金なんて抱え込んでたら、
音が鳴らなくなる。

素朴な琴のように、明るさの中におけば。
秋の美しさに耐えかねて鳴り出してしまう。
そんな自然な音楽をやりたい。

音楽の本質はそこにあるはずだ。
なら、それをやっていくだけだと思う。

素直な鏡

今日は心が膨れ上がる感動が僕を襲いました。

別に秘密結社に所属してる訳じゃありやせんがね。
八咫烏神事の日に熊野本宮大社へ行ってきました。
こいつ年中神社に行ってるなと思われるかもしれませんがw
別に願い事をしにいってる訳ではなくて、
藁にもすがる思いとかでもなく。
そうしたかったからとしか言えないのですが。

丹生川上神社下社、天河神社を経由しての
素晴らしい訪問紀行でありましたのー。
熊野本宮大社の八咫烏神事開始の夕方5時には間に合わず、
それどころか色々あって7時を回ってしまっていたので、
旧社地以外の参拝はご遠慮させていただきました。

しかし雲ひとつない満天の星空の下、
ライトアップされた大斎原の大鳥居が映しだす風景には脱帽。

闇のなかで踊る影のダンスを見てきました。

星の瞬きや川のせせらぎや風の音は声のようで、
吾々は不自由ながら万感の世界に生きていると実感したわけで。

最近はすごく素敵な出来事に出会うことが多い。
それを素直に受け止めて感謝して、
あとは一心に己のすべきことを見据える。

なるべく心を空っぽにして一礼。
鳥居をくぐる。
この大きな鳥居をくぐるのは人ではないのかもしれない。
しかし己の心を、
この鳥居ほどに大きく持ってあれ。
というメッセージのように思えて、
いつか星の海に、暗黒の闇の向こうへ。
静寂の世界に、音楽という振動を届かせられるように。
しっかり魂を磨き鳴り響かせたいと思いました。

大切な人への架け橋となるよう。

熊野では牛王神符を賜ることはできなかったのですが、
17日に天河神社である牛王神符頒布祭に行くかもしれません。
まあその前に15日のとんど焼きに
去年買ったお守りなんかを持って行きたいのですが。

奈良だけでも知らない凄い場所が沢山ありそうです。
丹生川上神社下社の素晴らしさには愕然とする以外にありませんでした。
水の神様。
いのちの水をたまわり、
ご神木や多くの木々からお出迎えのようなしぶきを頂きました。

これは天河神社でも、熊野でも同じでした。
スピリチュアルな話なんかではなくて、
もっと切実な、切迫した世界からのメッセージだと思います。

気がつかないフリをしていたら、たぶん一生そのままなんだ。
魂を磨く旅の途上。
その摩擦音を響かせて振動は熱になり太陽のように輝く。

太陽はもしかすると世界という心の鏡なのかもしれない。
鑑であり、火神であるかもしれない。
ゆえに我々は屈み太陽に祈る。
膝を折ることは敗北なんだろうか。
星座の下、静坐し正坐する。

いつだって音楽はメッセージを孕んでいる。
今日は今日にぴったりの音楽ばっかりでした。

奥田民生
「誰のための 道しるべなんだった それを もしも 無視したらどうなった」

そういえば奥井亜紀さんのUnder Currentを聴いていたとき、
色々とぐわぁああっと思いがめぐり、運転中に泣いてしまった。

一緒に行った岡本が車内で言った言葉が忘れられない。
okuiakiさんって「ai kioku」愛記憶さんなんですね。

ほんとだねー。
2011.01.05の日記で奥井さんが書かれたことの象徴のよう。
まさしくハートディスク。
タイムカートリッジの所以。

彼は今日、奥井さんの後ろでドラムを叩きたいと言っていた。
俺は彼のドラムを知っている。
歌い手に歩み寄り、
楽曲に彩りという背景を与える繊細で美しく深いドラムを。

そして俺は最初に音楽の楽しさを教えてくれて、
音楽を続けていく理由をくれた、奥井さんの音楽を愛しているから。

だからあえて言う。
きっと君の席はちゃんと用意されていると思う。
それだけの精神力と結果を持って生きてきたんだよ。
人にそれを見せ続けて来たのだ。
いつも俺を奮い立たせてくれたから。
たとえすぐには無理だったとしても、
まちがいなくその努力は報われる日がくる。

だから俺は俺のやるべきことを見据え、
どこにも逃げこまぬようにする。
影と共に立ち、全てを抱き参らせ反射させられるよう。
立ち返る。
本来に。

俺のような矮小からでも、光が漏れ出すことがあれば、
誰だってそれができるんだってわかるはず。
世界はこんなにも素直に出来ているから。

羽根がバレたくらいで消えんな、肩甲骨砕くぞ。

ども、円山です。
以前から「鶴の恩返し」に代表されるような、
異類との遭遇譚で見るなのタブーを扱ったお話を読むと
言いようのない苛立ちや、もどかしさを感じました。

たとえば鶴の恩返しの鶴は、
翁への本当の恩返しの方法を間違えたんだと思う。

人ならざるものが人に気持ちを伝える時には、
姿を人にかえるよりも、心を人に近づける方が良い。
助けた鶴に自らの羽根を着物にして恩返しされることを、
翁が望んだとはとても思えない。
自由に跳び回って欲しかっただけだ、きっと。

しかし鶴は恩返しをするために
種族をこえて人の姿をして老夫婦の家に現れ、
老夫婦の世話をし喜ばせたのだという。

それほどまでに感謝している老夫婦に対し、
「絶対に、覗かないでください」と含みを持たせて部屋にこもる。
さも好奇心をくすぐられた夫婦がこっそり覗くように、と。
なぜ鶴はそんな誘導をしたのだろうか。
わざわざ人に化けてまで恩返しをしたかったというに。

別れは必然だったのかもしれない。
なればこそ人の姿のままで、
ただの人として別れることができなかった。
助けてもらったことを伝え感謝を伝えたかったのだろう。

そして鶴の姿に戻っている所を老夫婦に覗かれ
自分の羽根を織り込んだ着物を残して飛び去ってしまう鶴。

せめて人でない自分を助けてくれた老夫婦に、
自分のことを覚えていて欲しいと思ったのだろうか。

己が人ではなく鶴だと知ったとしても、
老夫婦がそれを隔たりだとは感じないはず。
それが分かった上での行為としか思えない。
でなければ行動の説明がつかない。

鶴はそれでいいだろう。
感謝の気持ちを伝えることができたのだから。
だが残された老夫婦の気持ちはどうなる?

その鶴の必死な思いに応える術を知らぬ人は一体どうすればいい。
感謝とはお互いが響かせあうからこそ互いに笑い合えるのだ。
お互いが、助けあって感謝しあいたいはずなのに。
どちらかが消えなければいけない世界なんて、
もどかしすぎるじゃないか。

だから俺は恩返しじゃなくて音返しをします。
マルの音返しには見るな聴くなのタブーはありません。

だから、なるべく消えないように頑張ります。
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