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復活したエアロスミス、ニュー・アルバムの制作も

【元記事】復活したエアロスミス、ニュー・アルバムの制作も

リビングレジェンド・エアロスミス。
本国ではライブなども行っていたが、
honkin' on bobo以来、新譜の発表がなかった。

途中、活動休止やタイラーの脱退騒動、
ベース、トム・ハミルトンの喉頭がん。
ペリーが交通事故にあうも大事には至らなかったそうで、
ツアーには支障はないそう。
とりあえず多くのトラブルの全てが一応の収束を迎え、
再びニューアルバムを制作する意向とのことだ。

ロックの神様がまだエアロにはやることがあると言っているかのようだ。

ペリー自身も
「俺らはまだ最高のアルバムを作ってない。まずは自分らのために、
そしてファンのためにもやらなきゃならないって思っている」

と発言しているそうだ。

熱いじゃないか。
熱いじゃないか!!

たとえそれがビッグマウスだったとしても構わない。
そのハートさえ忘れなければ音楽には魂が篭る。
曲作りをやめずに続けようとする姿勢さえあれば、
ファンの前でプレイすることを喜ぶことができるバンドならば、
マジックは起こるはずだ。

恐ろしく永いキャリアの中で何度もの黄金期を生きたエアロ。
それでもなお最高のアルバムを作っていないと言える。
これほど恐ろしいことはない。
これほど頼もしいことはない。

結局はリリースされないかもしれない。
リリースされてもそのアルバムに感動できないかもしれない。

しかし、俺はもう感動をもらった。
エアロの新譜、全身全霊で期待させてもらおうじゃないか。

MSGも30周年のライブ IN TOKYOがDVD化されるようだし。
ここへ来て俺の青春が再び帰ってきた!
ロックはこうでないといかん!

熱いぞ!!!
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気になるコラム:「自信のない人だなぁ・・・」と思われる男性8パターン

「自信のない人だなぁ・・・」と思われる男性8パターン

mixiニュースから見つけた記事で、
記事元もスゴレン(恋愛指南系のサイト)なんで、
まともな記事なんかが書かれるはずもないってのは分かるんですけど。

要約すると。
評判を落とすことなく、女の子のハートをつかみ取るべく
自信がない人と思われない為に、
「『自信のない人だなぁ・・・』と思われる男性8パターン」を紹介する記事です。

まず抜け落ちてるのが、なぜ女性優位なのか。ということですけどね。
男性に向けて書かれているのに、女性を持ち上げすぎの時点で、
筆者の自信のなさが現れている気がするのは俺だけなのか。

それに前提に対してパターンの提示が不適格なものが多い記事のような気がします。


【1】自信のないことを見透かされないように、自慢話を繰り返す人
ありのままの自分に自信がないため、自慢話を展開し、自尊心を保つパターンです。自信を見せつける目的が裏目に出るので、自慢話は控えた方が良さそうです。


根拠のない自慢話をするような人間は男からも嫌われる。
そもそも「自信を持っている男」を見抜ける女性の能力に関する考察が抜け落ちてる。
「自信を持っているつもりになっている男」と
「その男に依存してしまう女」という関係を作り出してしまう原因になりやしませんか?


【2】「○○していい?」といちいち許可をとる人
自分の行動に自信がなく、いちいち許可をとるパターンです。女の子に気を遣うことは大切なことですが、度が過ぎた場合、「自信のない人」というレッテルを貼られる可能性があるので、注意したいものです。


この場合、自信がないのではなくて関係性を上手く構築できていないが故の問題でしょう?
レッテルを貼られることに怯えている男の方がよっぽど自信がない奴だろうに。


【3】他の男性を褒めると、無駄に張り合う人
他の男性に対する競争意識をむき出しにして、張り合うパターンです。虚勢を張ることで、逆に自信のなさを露呈することになるので、注意したいところです。女の子が他の男性を褒めても、「それはスゴイ男だ。」と言える度量がほしいものです。


逆にブリッコの女性を褒めると同じように張り合う女性も沢山いるわけで、
それはそういうものだとお互いが認識していないとマズイんじゃないの?
女性が言ったことに対してだけの度量を求める事自体が既にブレている。


【4】ダメ出しされた後、異様に凹む人
デートでの無礼などを指摘してくれるような、女の子もいるでしょう。しかし特に大切なのは、指摘された後のリアクションです。異様に凹んでしまい、自分を責め続ける男性に対しては、ウンザリする女の子もいます。


まあこれには同意。
でもそれは自信のない人だなぁと思われるというより、
鬱陶しい奴だなと思われるってことだと思うよ。


【5】すぐに謝る人
反省したとき謝れることは大切なことです。しかし、謝り過ぎた場合は逆効果です。自信のなさを露呈し、マイナスの印象を与える恐れがあります。謝罪ひとつにもバランスが求められます。


知らんがな。
受け取る側の問題でしょ。
それを気にしすぎてる筆者の自信のなさが露呈しちゃってるよ。


【6】言いたいことをハッキリと言わない人
言いたいことを言わずに、「何でもない」とはぐらかすパターンです。自己主張ができない男性は、「自信のない男」というレッテルを貼られ、マイナスの印象をもたれるリスクがあります。


言いたいことをハッキリ言う奴が自信を持った男だと思うなよ。
言わないということで自信を確立する男だっている。
この記事を真に受けてマイナスの印象とやらに怯えて、
言いたいことをズケズケ言うような男は大抵嫌われる。


【7】ちょっとした失敗にも「本当は○○しようと思った」と言い訳する人
些細なことに対して、言い訳するパターンです。言い訳することに一生懸命な姿に惚れるわけはなく、むしろ自分の「実力のなさ」や「自信のなさ」を露呈する結果となります。


言いたいことは分からなくもない。
でもやっぱりそれは自信のない人ではなくて鬱陶しい人だよ。
自信ってものを主観的な観点からしか定義してないから記事がブレるんじゃないか?


【8】何度も何度も同じ恋愛相談を持ちかける人
何度も同じ恋愛相談を持ちかけ、進展がないパターンです。女々しい男と思われるだけではなく、行動力を伴わない姿は、「自信のない男」と思われ、大きくイメージダウンするでしょう。


大メイン知らんがな。
大ラスに何を言うとるのか。
それは「自信がない男」じゃなくて「女々しい男」と自分で言うとるではないか。


全体的に自信がない男じゃなくて、鬱陶しい人間の話ですよね。これ。
こんなもん男でも女でもまったく同じ。

自信なんてもんは内面に少しずつ積み上げていくもので、
表面に現れる自信なんてのはパターン化なんてできない。
重要なのはそれを見分けられる力が当人にあるかどうかだけ。

レッテルを気にして自信があるように振る舞え。
という記事のどこから自信を獲得せよというのだろうか。

前提と提示が矛盾しすぎていて、恐れおののいたわ。

気になる記事:「ノルウェー上空に謎の螺旋」はミサイルの失敗?

「ノルウェー上空に謎の螺旋」はミサイルの失敗?
やだ、なにこれ、怖い・・・ノルウェイ上空で観測された謎の渦巻とは??

HAARP…なのか?
<追記:ミサイルの失敗でこんな風になるとは思えないんだけどなぁ>

ノストラダムス 預言詩 9,44
逃げよ逃げよ、すべてのジュネーブから逃げ出せ
黄金のサチュルヌは鉄に変わるだろう。
巨大な光の反対のものがすべてを絶滅する
その前に大いなる空(天)は前兆を示すだろうが


まずは大いなる空が前兆を示し始めたか。

一部の陰謀論サイトなどでは2012年は、
太陽活動の11年周期と関係があると言われている。
近年の温暖化も太陽活動の異常に原因の一端があるのではないかとも言われる。
太陽活動の周期にあわせて暗躍する組織のことを、
「巨大な光の反対のもの」ということもあるのかもしれないな。

マヤ文明の残した建造物が「石」で作られた精密なものであるというのも気になる。
考えすぎなのやらどうなのやら。
秘密結社が秘密結社として活動し始める前から、
そうした思想は文明があれば生まれたりするだろうなとは思うけれどね。
もしそうなら自分たちの遠大な計画に興奮したんだろうな。
ガキかw

2012年に近づくにつれて、
何かが起ころうとしているのは間違いない。
人為的なものなのか天為的なものなのかは知らないが。

明らかに不自然な現象や出来事も多いですしね。

それにまずノストラダムスや、
ノストラダムスの残した予言とやら自体も疑わなくてはならない。
陰謀側の人間かもしれない可能性も考慮しなくては。

とはいえ一人の人間にできることは限られています。
アホどもが世界をムチャクチャにしようとしているのなら、
ごっつ怖い顔でゲンコツしてやらないといけませんね。

<追記:一応言っておきますが陰謀論なども個人的には懐疑の対象ですからね!>

気になるニュース:歌手の「詩音」容疑者、麻薬所持・使用で逮捕

歌手の「詩音」容疑者、麻薬所持・使用で逮捕

最初に断っておきます。
俺は下品な記事は書きますが、
あまり下世話な記事をブログに書くのは好きじゃないんです。

歌手の詩音さんが薬物で逮捕されたというニュースを見ました。

俺は詩音さんの音楽を聴いたことがなかったですし、
その活動についても人間性についても存じ上げません。
ですから、あまりうかつなことを言うつもりはありません。

ただカラオケに行ったりして
詩音さんがプロモーションしているVTRが流れているのを見たことはありました。

その時に「ああ、岡崎京子のヘルタースケルターに登場する"りりこ"みたいな人だなぁ」
となんとなく思った記憶があります。

もちろん芸能界には他にも"りりこ"を感じさせる人は沢山います。
多分それは日本だけではないでしょう。

それだけに岡崎京子さんのヘルタースケルターという作品は、
人間と社会のいびつな関係によって、
人の心が互いにすり減らされあっていく過程を丁寧に描いたものだと思いました。
そして、そのいびつな社会に対して無責任な社会像までも描いていました。
社会が抱える問題、人が抱える問題の本質の一端を抉るような作品。
好きなんです。ヘルタースケルター。

人間は弱い。
そこを抉るように描く。
なぜ人は弱いのか。

なぜ人は道を見失うのか。
見失ったあとに何かを見つけることがあるのか。

混沌とした場所で、人は迷いながら、間違えながら、
狂ったように耐えて生きていく。
正気をよそおう。

みんな狂っているのに。

他者の前で「まとも」であろうとするのは、
自分の異常性を意識的にせよ無意識的にせよ認識しているからだろう。
俺だってそうだ。

麻薬とは一体なんなのだろう?

何故、人はそれを必要としてしまうことがあるのだろう。
どうして依存してしまうのだろう。
社会全体がその理由を考えようともせずに、
このまま規制のみで麻薬の断絶を目指すのは無責任すぎやしないだろうか。

麻薬を使用した人間を擁護するつもりは毛頭ない。

しかし社会は本当に麻薬の断絶を望んでいるのか?
ならばどうして麻薬が必要とされ依存してしまう環境が存在するのか。

規制では何も解決しない。
人はルールに縛られるのではなく、
互いを理解しあい共通のモラルを積み上げて行くことを考えるべきではないのか。

規制とは一方的なもので、
人と人との繋がりを無視したものだ。
規制ほど機械的で無機質な概念はないように思う。

当然、規制のない社会などというものは成立しないことも分かっている。

だからこそ。

人とは何か。
社会とは何か。
世界とは何か。
現実とは何か。
依存とは何か。

それを社会全体が考えて、
規制本来の意味を取り戻さなければならないのではないか。

無責任な社会。
そこは混沌。

規制を破ったものを責めるだけの人に、
本当に規制を任せておいて良いのだろうか。
規制によって人の心は豊かになるのか。

社会は混沌から脱することができるのか?

バベルの塔が再び顕現し言語が統一されたとしても、
それぞれの中にモラルの塔がなければ世界は相も変わらず混沌のままだろう。

気になるコラム:ゲーム漬けの子どもたち 読書や会話のある生活を

ゲーム漬けの子どもたち 読書や会話のある生活を

伊藤紀子という方が書かれたこの記事。
的外れな意見、偏ったものの見方、独善的な言葉遣い。
自分本位で実質本当に子供の事など考えていないように思えます。

しかし実名を出されているだけ、
無責任な記事を書く新聞記者や雑誌のライターよりは遥かにマシです。

しかし「子ども」の事を考えるという考え方。
なんておこがましいのだろうと感じます。

少なくとも。
世の中というのは絶えず変化しつづけますし、
常にクリーンな状態が保たれるような楽園のような場所ではありません。

だからもし本当に「子ども」の事を考えてあげたいのならば、
そうした混沌とした場所でも生きていく為の力をつけさせてあげるのが、
先輩としての大人の役割なんじゃないかと思います。
それが大人のエゴの折り合いの付け所ではないでしょうか。

清濁併せ呑ませるくらいの気概が大人には必要なはずです。
社会や世界というのはとても理不尽な場所です。
そこで生きていくにはどういう力が必要であるのか。
物事の見方や捉え方は千差万別です。
そしてだからこそ子供はそれらを無意識的に観察し成長します。

テレビやビデオ、ゲーム、パソコンゲーム、ケータイで1日4~6時間も費やす子どもたちがいます。画面上で何万人もの殺人と命のよみがえり体験を繰り返し、正しい死生観を獲得することさえ難しくなってきた今日のゲーム社会。そしてなによりゲームで脳の前頭前野が不活発になり、それにより「キレやすい脳」になると、多くの脳科学者が警鐘を鳴らしています。
(元記事より引用)

「正しい死生観」とは一体なんでしょうか?
人は「死」についてなど一生かかっても理解することはできません。
そして人は一生をかけて、あらゆる事象から「生」についてを知っていきます。
正しい死生観などという言葉を使い、自分はそれを理解したような立場から話す。
それが子供から見ていかに愚かに見えることか。

子供をバカにしちゃいけません。
ゲームの世界と現実世界の区別なんてついて当然です。
自分の身体はコントローラーで動かすことはできないんです。
コントローラーを動かすのは自分でしかありえず、
その向こうの世界にゲームという概念が存在することを知ります。

この構造的な意味性を理解していないのは、
自らがゲームという体験に対して疎いからでしょう。
知らないのにゲームを否定する。
何故でしょう?
子供のキレる理由がわからないから責任を転嫁してしまう事と同じ原理です。

理解できないものへの恐怖。
それは実は子供の頃から変わることのないものだと思います。
年齢を重ねたからといって大人になった、などと思い上がってはいけません。
大人だろうが子供だろうが、
「知らない」「分からない」ことに対しては常に素人です。
「素人」なればこそ「知ろうと」するのではないでしょうか。
いつだって我々は子供と同じラインに立っています。
少しだけ子供より見てきたことが多いというだけ。

少なくとも俺は幼少期からゲームやパソコンなどに、
一般の人よりも多く時間を割いてきました。
学校を休みほぼ一日中ゲームをやるということもザラでした。

ゲームの中には過激な表現やエグイものなどもあります。

しかしゲームの世界などより現実のほうがよっぽど残酷でエグイです。
これに関しては俺の幼少期の頃の環境が、
多くの一般の方々とは違っていたから得た認識かもしれませんが。

それでも子供というのは敏感です。
思春期になれば現実や社会の広がりを知っていくことに恐怖すら覚えます。
今にして思えば反抗期などはその不安のあらわれだったのかもしれません。

ゲームで脳の前頭前野が不活発になるというのも、
ただの言葉の引用にしかなっておらず。
前頭前野が不活発になることで何故キレやすい脳になるのか。
それを理解しておられないのであれば引用すべきではないでしょう。

また「今日の自分の脳の前頭前野は活発かな?」なんて考える方が、
人間としてよっぽど不健康な思考回路だと思うのですが。

人間の精神性などを全て「脳の動き」で説明しようとする。
多くの脳科学者とは一体どんな人達なのでしょう。
まずはそいつらの人間性をこちらに判断させて頂きたいものです。

メディア漬けの生活は、子どもたちがことばを獲得する大切な時期に家族との会話や、ホルモン分泌の要である睡眠リズムの獲得を奪っています。
(元記事より引用)

どれだけゲームをしていようが家族の会話や友人との会話は十分に成立します。
家族の会話がない問題とゲームの問題を同列に語る理由が見えてきません。
俺の小学生時代の睡眠のリズムの乱れは両親の職業柄でした。
しかしそれに対して不服を感じたことはありませんでした。
両親はそのことを俺に申し訳なく思っていたようですが、
俺はその環境でしかできない体験を多くさせて貰ったことを感謝しています。

さらに「子どもたちがことばを獲得する大切な時期に~」の部分ですが、
当時の俺は語彙力のほとんどをゲームやマンガ、テレビなどから手に入れました。
学校教育は暗記させるだけで感情的なベクトルを伴わないお粗末なものでした。

ゲームを作っている大人たちは子供をバカにしません。
「子供だまし」のものを子供は最も嫌います。

もし現在大人が「子供だまし」だと認識しているようなものでも、
子供が熱中しているのだとすれば、それには何か理由があるはずなのです。
まずはそれを理解してあげようとする所から
互いの相互理解が生まれるのではないでしょうか。
しかし子供の世界には入り込みすぎないでください。

難しいことかもしれませんが、
放っておかないと伸びない芽というものがあります。

様々な人と触れ合うというのは非常に大切なことです。
今の子供から遊び場を奪いゲームにばかり傾倒するようにしてしまったのは、
間違いなく大人社会なんですよ。
だからこそゲームはネットワーク化し仮想空間で人々が遊ぶようになった。
時代が呼んだ必然と言ってもいいでしょう。

自分たちが暮らしやすくする為に車社会を作り。
子供たちが安心して外で遊べない環境を作ってしまった問題は棚上げにして、
ゲームばかりするからキレやすくなると、のたまう大人。

そりゃそんな大人を見てればキレたくもなるでしょう。

真の友情をはぐくむべき時期にケータイメールに夢中の中学生。しかし、ケータイの伝達力は13%にすぎず、感情は伝わらないといわれています。そして目と目を合わすことができない子どもや、自分の考えや気持ちを直接相手に言葉で伝えられない子どもたちが増えてきました。
(元記事より引用)

もう指摘するのも面倒なほどです。
「真の友情」とはなんですか?それは大人になると分かるのでしょうか。
いつか分かるようになりたいものです。

ケータイの伝達力は13%ですか。何と比べて13%なのでしょう。
これでは伊藤さんの伝達力もあまり大したものではないように思えます。
感情の伝達など、どれだけ言語に長けていても伝わりきるものではありません。
しかし少なくとも、しっかりと作られたゲームなどでは、
物語や演出によって言葉だけでは伝わらないことを伝達してくれます。

伊藤さんはそういったゲーム体験をせずに、
誰かが使った言葉の組み合わせと
自分の思い込みだけでゲームを語っているように見受けられます。
それでは誰にも何も伝わることはありません。
同じような考え方の人のみにだけ共有されていくだけで、
ゲームを楽しめる子供への伝達力は恐らく13%以下でしょうね。
何と比較したパーセンテージかは、伊藤さんしか分からないでしょうが。

さて。
ここまで色々とライターの伊藤さんの意見に反論してきました。
だが伊藤さんの記事の後半は俺の主張と似ている部分もあります。
「自己コントロール力」への言及など。

それに確かに小学生くらいまでの子供には、
まだ触れるのが早いと思われるゲームも多くあります。
ザルとは言え年齢制限によって住み分けはされていますがね。
インターネットも小学生には情報が多すぎて処理しきれない場所かもしれません。

その辺りは大人が暮らしやすい社会をつくり
子供をはじき出してしまった実社会と同じように。
インターネットの構造も子供と大人の住み分けを考え直す時期が来ていると思います。

なにより大切なのは子供が自発的にやろうとしていることや、
能動的な姿勢を見せていることに対してエゴだけで反発しないことでしょうか。
「大人」も「知らない事」に対しては
「子供と同じ」であるということを肝に命じて欲しい。

そして例え親子であろうが個体として違う経験をするのですから、
自らのエゴを子供に押し付けようとするのもやめてあげて欲しいのです。
子供のエゴと親のエゴ。
どちらもぶつけあってようやく人間関係ではないでしょうか。

お粗末さまでした。
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