電子書籍リーダーのこれから。
- 2009/11/28(土) 00:59:03
電子書籍リーダーってもっと進化して欲しいよなぁ。
小説サイズ、コミックサイズ、ワイドサイズとバリエーション展開して、
電子書籍リーダでマンガや小説とか読めるようにして欲しいな。
だからといって紙媒体のコミックをなくすんじゃなくて、
両立すればいいんじゃないかと思うんだ。
紙媒体のコミックを購入したら電子書籍リーダーに
作品のデータをインストールできるようなシステムを作ったりしたり。
紙媒体が必要ない場合は、
ネットや書店でデータのみを購入できるようにしたりとか。
当然その場合は書籍で買うより価格は廉価でないといけないけど。
正直データ関連の価格の高さは異常だと思うのだ。
mp3程度の音質のものを何故そんな価格で購入できるのか分からないし。
着メロや着うたなんかは個人的には悪徳商法だと思っている。
CDの音質ですらバカバカしいくらいに高い。
当時ならCDを作る原価も高かっただろうから仕方ないかもしれないが、
技術が進歩して安価に作れるようになっても、
音楽業界はCDの価格帯をずっと同じ価格帯でやろうとしてきた上に、
縮小再生産のようなサイクル型の音楽シーンを作ってきた事にも責任がある。
当時に比べると一枚に収録できる曲数は増えたが、
アルバムは曲数が多ければいいってもんじゃない。
マンガも一部ではデータ販売される時代になってきたが、
まだまだ浸透力を持っていない上に、
パソコンや携帯くらいでしか読めないしね。
要は不正な手段で作品を読むのを防止できればいい訳で。
更に言えば、ちゃんと面白いものを作ってもらえれば、
人は対価を支払うことに喜びを覚えるものだ。
とにかく、このままじゃ俺の部屋が本の重みで倒壊してしまう。
環境問題的にも紙の消費が抑えられるし良い事だと思うんだけどなぁ。
ぶっちゃけクリアするのが難しい問題点がかなり多いんだろうってのはわかる。
でもやっぱ時代が変化してきてるんだし、
これまでのままのスタンスは継続で、
色んな業界が足並みを揃えて新しい試みをして欲しいなーと。
部屋に溢れかえる書籍を見つめながら夢想する晩秋。
さっき夕食ついでに漫画を買いに行ったよ。
- 2009/11/27(金) 22:45:22
ここ最近で読んだマンガの感想とか書きたいんだが、
感想書くより読むのに夢中で全然書けない。
年内にはいろいろな感想を書いていきたいと思う。
一応さっき買いに行ったマンガの収穫。
・クトゥルフの呼び声 / 宮崎陽介(原作:HPラヴクラフト)
・PET リマスターエディション3 / 三宅乱丈
・将国のアルタイル3〜5 / カトウコトノ
まだ読んでないがラヴクラフトのコミカライズがどうなっているか楽しみ。
PETはまずイムリで三宅乱丈にハマって、
リマスターエディションのPETが書店に並んでいたので手に取る。
リマスター前のものを買おうかどうしようか悩んでいたので、
まさしくベストタイミングで刊行してくれた形だ。
ってか最近ビームコミックス系ばっかり買ってる気がする。
将国のアルタイルは2巻まで読んで、一応気になったので続きを購入。
とんねるず
- 2009/11/27(金) 09:21:37
ふと気付いたことがある。
そうだった。
思い出した。
俺は「とんねるず」が大好きだったのだ。
けれど今のとんねるずをお笑い芸人としては俺は見ることができない。
個々に一流の司会者やタレントではあれど、
テレビの中でコンビのお笑い芸人として勝負しているようには見えない。
それは彼らを活かすテレビ番組がないからだとか、
時代がそれを難しくさせているからだとかいう理由なのかもしれない。
けれど俺は好きだったのだ。
少年時代、彼らのお笑い番組を愛してやまなかった。
『生ダラ』や『みなさんのおかげです』を毎週楽しみにしていた。
その破天荒さやテレビ芸やコントが好きだった。
それらの面白さは確かに記憶に残っている。
『生ダラ』ではアナウンサーの福澤氏までもがスターになった。
北島三郎宅におしかけて勝手に酒飲んで無茶苦茶したり。
天然の輪島兄弟にスポットを当てたり。
海外ロケでマラガの海のおくりものボブ市川に闘牛をやらせたり。
定岡正二を上手くつかったり。
何より、スターにしきのという面白い存在を見出したのも生ダラだ。
けれど途中から企画が息切れしはじめて、完全に番組の勢いが失速した。
同時期に「みなさんのおかげです」も一度終了することになる。
普通に考えれば当然だ。
コント番組を長年続けることは基本的に不可能だ。
特にとんねるずのように
キャラクターコントのシリーズ物を得意とする場合。
前回のコントと同じことをする訳にはいかないが、
求められているものは同じキャラクターの違う面白さであり、
これを長年続けるというのは消耗の激しさが尋常ではない。
ゲストを入れたりしながら微妙な変化や化学反応を待つしかなくなるだろう。
休息は必要だろう。
しかし。
もうそろそろ、とんねるずの本気をまたテレビで見たい。
いつの頃からか長者番付には顔を出すが、
とんねるずの爆発的な笑いがテレビから飛び出すことが少なくなった。
とんねるずにしか作れない笑いの形というのは確実に存在するのに。
仲が悪いとかって話も聞くし、
ネタをまるで作らなくなったのは何か理由があるのかもしれないが。
それでも、もう一度とんねるずで爆笑したいなぁ。
決意2009末
- 2009/11/26(木) 09:34:36
アメリカで素晴らしい体験をしている仲間がいる。
俺は俺のやり方で、自分の道を探そうともがいている。
もがかなくちゃならない。
あいつと同じやり方じゃ俺の道は見つからないだろうから。
最終的に人は死ぬ。
だから自分に嘘をついちゃいけない。
でも当たり前だけど、よく誤魔化して逃げる。
いい加減もうウンザリだと何度思ったことだろう。
けれど、そうした苦悩と共に歩いていると、
少しだけ自信がついてくる。
結局、ビクビク怯えながら、
何かを必死に誤魔化しながら、
色んなことから目をつぶりながらでも。
今、俺は生きている。
自分に嘘ばっかりついてきた。
だからこんなだ。
変わろう。
変わろう。
自分なりの変化を。
自然なままで。
来年は俺の年にしてみせる。
会話
- 2009/11/26(木) 04:53:48
さて先日、少々イライラすることがありまして、
精神状態的にはあまり安定した状態ではありませんでした。
というかここ最近は結構ずっとそんな感じなんですが。
それはさておき。
その日は知人とコーヒーを飲みながら会話していた訳です。
無軌道な会話は相変わらずのこと。
その知人が
「インディーズのお笑いのライブがあるから一緒に行きませんか?」
と言うので普通に「いいよ、んじゃ行きましょう」
というような流れになりました。
そこで、どういったライブなのかが気になったので、
「それはどんな感じのライブ?」と問いかけました。
お笑いのライブといっても色々とあります。
名のある芸人さんのワンマンライブ。
若手さんのオムニバス形式のライブ。
インディーズでやってる方のお笑いライブというのは、
コンセプト系でまとめたものや
カルトやアンダーグラウンドなものが多い。
とはいえ俺もお笑いのライブからは結構足が遠のいている。
インディーズのお笑いライブを見るのは野外以外では初だ。
なのでその雰囲気を確かめるべく、そういう質問をしたわけですが。
しかしまあ。
彼の説明からではまったく概要が見えてこない。
「これまでにないようなものだから説明するのが難しい」
と言われたので、
「どういった風にこれまでにないようなものなの?」
と俺は聞き返す。
すると
「どうしてそうやって型にハメようとするんですか?」
と不機嫌そうな感じで逆に問いかけられた。
正直、持ってたコーヒーカップでドタマをカチ割りそうになってしまいましたが、
いつでも殺せるのでここは言葉だけの牽制で我慢。
説明が上手くできない言い訳に、
相手を否定する心根が気に食わない。
会話とは伝えるための手段であり、
そして伝えたいことというのは、他者には伝わりきらないものなのだ。
伝えたいことは伝わりきるなどと思っている阿呆は死ねばいい。
どうして伝わらないの?と泣くバカに
何故最初から伝わると信じ切れていたのかを問いたい。
だから人は言葉を繰り、頭を捻り、相手のことを理解しようとする。
それでも理解することなどできないから、
言葉というのは未だに人と密接に関わっている。
少なくとも。
俺は彼の推薦するそれをどういうものか知りたいと思った。
推薦するくらいならば、
最低限なぜそれを推薦したくなるのか自分が理解できていなければいけない。
例えばそのイベントのことを詳細に話した所で、
笑いとしての面白さは俺には伝わることはないだろう。
それは現場の空気や、
時間と空間を共有した場でしか生まれない笑いがあるからだ。
俺とてそんな話を聴きたいとも思わない。
自分の感性が、何か面白いと感じたのなら、
それを他者に伝える時に、どう言えばそれが上手く伝わるのだろうか。
そうしたことを常に念頭に置いておかなければ人は「会話」を忘れていく。
俺が聴きたかったのは、
彼がどういった部分に感銘を受け、
何故それを面白いと感じたのかということ。
どんなライブかを説明することができないなら、
なぜそのライブを面白いと感じたのかくらいは説明できるはずだ。
少なくとも本当に面白いと感じていたのなら、
それを理解させたいと思うはずだ。
そのための努力を怠った人間に悪し様に言われる筋合いはない。
もともと会話能力に乏しい人間だったが、
真摯に伝えようとする意思すらも放棄してしまったのかと。
凄く寂しい気持ちになった。
けれど。
俺もイライラしてたし、普段なら気にならないレベルのことかもしれない。
それに俺だって上手く他人に伝わる言葉を使えているなんて思い上がるつもりはない。
本当に人の批判なんてしてられないんだ。
まずは己を律し、己を見つめ、己を少しだけでも認められる人間になりたい。
そう切に願っている。
言い訳ばかりじゃカッコ悪くて生きてたくなくなる。
自分の人生に合否だせんのは自分だけなんだわな。





